表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/47

第43話 柚希:向き合う時

 雛は、口元に薄らとした笑みを浮かべて、体に未だまとわりついていた縄を地面に落とした。首を横に倒したり、肩を回したりする様子からは、雛らしい仕草を読み取れない。


 けれどそれは、確かに馴染みのある仕草だった。


「……虚白」


 呼びかけると、雛……いや、雛の体に入った虚白はこちらに目を遣って、ちらりと歯を見せて笑った。


「ああ、よし。問題なく動けそうだ。さて……これで、女の抵抗を気にすることも、お前に攻撃される心配もなくなったわけだ」


 言いながら、雛は床に倒れていた虚白の体を強引に引きずって、部屋の奥の方にぽいと捨てた。


 ……雛の体に、虚白が入っているとはいえ、元は自分の体だ。とは言っても、本当の意味で虚白は体を持ってはいないらしく、今引きずっているのは前の主人が作った義体のようなもの、らしいのだけど。


「虚白、大人しく雛を離してやってくれ。じゃないと、俺にも考えがある」


 声を張って告げると、雛……の体に入った虚白は、ハッと笑い声をあげた。


「随分と上から物を言ってくれんな。お前、いつの間にか随分と偉くなったもんだよなあ。いつも俺の陰に隠れて、震えてたくせによ」


 虚白が、わざと俺を煽るような物言いをしているのだということには、いい加減気が付いていた。


 だって、あいつの目は、ずっと理性的な光を宿して、俺の様子を窺っているのだから。つくづく、冷静な男だと思う。


 しかし、虚白はずっと、勘違いをしているようだ。それが、今の俺と、虚白の距離を明白にするようで、それがなんだか悲しいような、申し訳ないような感じがして、俺の喉をチクチクと刺激した。


「虚白……。俺は、お前の知っている俺とは、もう、別の俺なんだ」

「あ? お前、まさか本当に自分が偉くなったとでも言うつもりか? 俺を見下すつもりか?」


 虚白の目がぎょろりと俺を睨みつける。それに対して、俺は目を伏せて、首を横に振った。


「違う……。違うんだよ。全然、そうじゃないんだ」


 どうやら、虚白は俺の言うことを、まともに取り合ってくれる気はないようだ。その様子を見て、俺はそっと右手を上げる。


 すると、その仕草に応える様に、背後から明石屋の住人たちが姿を現した。できれば、話し合いで解決したいという俺の意思を汲んでくれた彼らには、感謝してもしきれない。


 虚白は、現れた面々を視界に収めると、目を見開いて驚愕した。


 ああ、やっぱり、そうなんだな。


 虚白は、俺が誰かに頼る、という行為をする可能性を、全く考えていなかったのだろう。完全に、俺がひとりで来るものだと、思い込んでいたのだ。


 バカだな、虚白……。連れ去られたのは、雛なんだ。俺が何かを言うより先に、助けの手が伸びてくるに決まっているのに。ああ、そうじゃないのか。誰かが来ようとしても、俺がついては来させないと踏んでいたのか。


 確かに、以前の俺なら、そうしていたのかもしれない。虚白が、裏切りや情報漏洩を恐れて、たったひとりでここに居るみたいに。虚白以外の、誰の事も信じられずに、ひとりで。賢い虚白ならば、気が付かない筈がないのに。


 俺が虚白以外を信用しないはずだという思い込み。それから、俺にとって今大切なのは、雛だけだっていう思い込み。その二つの思い込みが、あまりに激しく、重すぎたのだろうか。


「決着は、柚希さんがつけたいんですよね」


 太郎が、穏やかな声で言いながら、拳を鳴らした。それに頷くと、太郎は駆け出し、虚白に向かって凄まじい速度で迫っていく。


 それと同時に、珍しく大人しい様子のいつきが、そっと口を開いた。


「その体から……」


 けれど、いつきが言い切るより先に、虚白は突然咆哮した。言葉がそれによってはじかれて、いつきが舌打ちをこぼす。


 けれど、すぐ側には太郎が詰めてきている。虚白は、後ろに大きく飛びのこうとして……ニヤリと笑った。


「この体に傷はつけられねえだろ!」


 挑むような態度の虚白に、しかし太郎は慌てた様子がない。そのまま距離を詰めて、それから優しく、指先でトンと額を押した。


「は?」


 虚白の口から声が漏れ出て……すぐに雛の体が崩れ落ちた。太郎は、慌てた様子もなく雛を抱きかかえて、すぐにこちらに向かって歩いてきた。


「こちらの用事は終わりました。柚希さん、どうぞ」


 余裕そうな歩みを見せる太郎の背後で、元の体に戻った虚白が、顔を片手で覆いながら、肘をついた。立ち上がろうとしているようだ。


「何故だ……何故こんな……! 縊鬼の声は、届かなければ何ということはないはずでは!」


 不可解そうな様子の虚白に、名前を出されたひと……いつきが、やれやれと首を横に振った。


「今のは、僕の力ではないからねえ。単純な話、澄子からもらったお札の力だよ。キミ、あまり綾部家とあやかしものとの繋がりを、舐めない方が良い。キミのあずかり知らないような、希少な能力を持つ者との繋がりだって、彼らは保持しているんだよ」


 そう。これは、以前おとりとして使われたとかいう時に、雛が持たされていた札を使ったのだ。その証拠に、太郎の腕の中にいる雛の額には、札が張りつけられていて、彼女の顔を隠していた。その姿は、何かの本で読んだキョンシーとかいう外来物の同族みたいだ。


 虚白は、ギリギリと歯を噛み締めながら、真っすぐに俺を睨みつけていた。俺はそれを、じっと見つめ返す。


 侑李が、「頑張んなさい」とでも言うように、ポンと俺の背中を叩いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ