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第41話 どうして?

 夕陽の朱い光が鳴りを潜め、夜のカーテンに星々のライトが灯され始める。廃墟の中にいても、窓から差し込む光から、その時間の経過を感じることができた。


 今日はもう、来ないかもしれない。


 あまりにも少ないヒントで探し出すように言われたところを、ばっちり見ていた私は、そんな風に思っていた。となると、今日はここで夜を明かす必要が出てくる。


 夏で、よかった。


 そうでなければ、タオルケット一枚ないここで、夜を過ごす覚悟など、出来なかったことだろう。


 とはいえ、気温差があるから、普通に寒いと言えば寒いんだけど……。


 私が小さくくしゃみをすると、虚白は私に一瞬視線を向けたが、すぐに目を逸らした。


 その手には煙管が握られていて、それを口元に運んでいる。白銀に複雑な文様を刻み込まれたその煙管は、月の光を浴びて、淡い光を放ちながら、紫煙を燻らせていた。


 虚白はどうやら、月を見ているようだった。目を細めて、感慨深げに月を眺めるその様は、どこか寂しそうに見えた。


「……何をしているんですか?」


 虚白の意外な表情に、思わず声をかけると、彼は煩わし気に眉を寄せる。今にも舌打ちを零しそうな表情に早くも後悔しかけていると、徐に虚白は口を開いた。


「見てわかんねえか?」


 返事があったことに内心驚きながら、私は小さく首を上下に動かした。すると、今度こそはっきりと舌打ちをしてから、虚白はガリガリと乱暴な仕草で頭を掻いた。


「煙草吸ってんだよ。見りゃわかんだろ」

「それは、わかりますけど……。月を見ていたじゃありませんか。な、何か、考えていたのかなって……」


 目に見えて機嫌の悪そうな様子の虚白に、怯えながらも言葉をひねり出す。虚白は、ギロリとこちらを睨みつけると、再び視線を月へと戻した。


「別に、テメエには関係ねえだろ」

「私、貴方に攫われたおかげで、今こんなに寒い思いをしながら、埃臭い床に転がされているわけなんですが……」

「生きてて儲けもんだな」


 良心に訴えかける言い方をしてみたけれど、こと虚白に関しては、全く意味を為さないようだ。私は一瞬ムッとしたが、腹を立ててみたところで、出来ることはない。


 ため息を吐いて、何かすることはないかと考えてみる。


 けれど、考えてみたところで、何ができるわけもない。逃げる算段や、柚希たちの心配なんかについてのことは、一通り考えつくしてしまった。私が拘束をされていて、ここがどこかもわからなくて、虚白という監視がいる状態で、私にできることなど結局ないのだ。


 ……黙っていると、不安になる。


 私は結局、再び虚白に話しかけた。


「どうして、柚希を拾ったんですか?」


 返事はないだろうな、と思いながらの言葉だった。予想通り、虚白は返事をせずに、ただ口から白い煙を吐き出す。その煙を何となく目で追っていると、不意に、虚白が口を開いた。


「……何かに使えると思ったからだよ」


 まさか言葉を返してくれるとは。


 私は驚愕しながら、慌てて言葉を紡ぐ。聞きたいことが、実は沢山あったのだ。


「そもそも、柚希は記憶を失くした状態で倒れていたところを、貴方に拾われたと言っていました。その時点では、貴方も祓い屋の元にいたわけではないのでは……?」

「俺を生んだ人間が死んで、路頭に迷っていたのさ。命を弄ぶように生み出しておいて、子孫も残さずあっという間に逝っちまいやがった。まあ、いい気味だったがな。――俺のようなあやかしは、人間社会に溶け込んで生きることは難しい。かといって、人間に作られた形式上、頼れる仲間なんてもんはねえ。だから結局、人間にすり寄るしかねえと判断するのに、時間はかからなかった」


 つまりは、犬神を生んだ人間が亡くなってから、次の主人を見つけるまでの間に、柚希に出会ったのだ。その時、彼は柚希を「使える」と判断した、と。


「でも、祓い屋の元に行く前なら、柚希にそれほど利用価値はなかったはず。違いますか?」


 私の方をチラリとも見ない虚白は、ふうっと煙を吐き出す。


 結果的に柚希は確かに、彼にとって利用価値のある存在になった。自分という存在そのものと、柚希の存在を入れ替えてしまうことで、彼は自身の地位を高めた。


 けれど、打ち捨てられ、震えていただけの柚希に、どれだけの価値があったのだろうか。だって、柚希の価値は、彼らの主の無知と偏見によって、たまたま生まれただけにすぎないのだから。


「それなのに……それなのに、貴方はどうして柚希を拾ったんですか?」


 ずっと不思議に思っていた。それと同時に、もしかして、という淡い期待があったのだ。それは、あれから……。育ての親が私を置いて行ったあの家を、未だ出られない私がずっと抱いている、期待のような、希望のような。そんな感情を、柚希も抱いているのではないかと、そう思っていたからだ。


 虚白は、ただひたすらに月を見上げながら、今度は何の言葉も返してはくれなかった。

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