第39話 暗転
大学から家に帰る際には、バスを乗り継ぐ必要がある。そのため、私はいつもバスが来る時間まで、駅前で時間をつぶしてから帰宅していた。
この頃は、柚希が本を読みたがるので、彼に手渡すための本を吟味していることが多い。今日も、馴染の本屋で時間をつぶしていた。
「あ、これなんか良さそう……!」
最近の柚希のお気に入りは、児童文学作品らしい。私も一緒になって読み漁っているが、大人が読んでも考えさせるような内容のものが多く、なかなか面白い。おかげさまで、柚希も随分と語彙力が豊富になって、その成長っぷりには舌を巻く。
海外児文学作品を出版しているレーベルの棚から、一冊を引き出す。味のある表紙のイラストをめくり、パラパラと見てみると、どうやらお姫様が出てくる内容らしかった。
私が夢中になって本を選んでいると、トン、と背中が何かにぶつかった。驚いて振り返ると、後ろにいた人と、目が合った。どうやら、私の後ろを通ろうとして、ぶつかってしまったらしい。
「すみません」
そう頭を下げられたので、私も同じ言葉を口にして頭を下げる。それでおしまい……のはずが、その人はその場に留まっていた。じっとっとこちらを見つめているようで、背中に視線を感じる。
私の前にある本が取りたいのかな? それとも、奥の方に行きたいからどけっていう無言の催促?
「あの……何か?」
言いながら振り返ると、ぶつかった女性は、スマートフォン手にしながら、愛想よく笑った。
「あの、地元の方ですか?」
「ええ、まあ……」
「行きたい場所があるんですが、たどり着けなくて……。不躾で申し訳ないんですけど、案内していただけませんか?」
……あやしい。
普段なら、それほど気にせずに了承していたかもしれないが、考えてみると、おかしな話な気がしたのだ。
どうして、私に頼むのだろうか。明らかに本を吟味している最中の人の手を止めさせて、頼む内容ではないだろう。
それに、道に迷っている最中だというのに、本屋の中をうろついているのも、おかしくはないだろうか。脳裏に、太郎さんの言葉が思い起こされた。
『もしかすると、貴女を狙うようなことも、あのひとであれば、するかもしれません』
……考えすぎだろうか? でも、用心するのに越したことはないし……。
「……すみません。今、ここでお教えできる範囲でしたら、口頭でご説明します。ですが、直接ご案内するほどの時間は、取れないかと思います」
警戒しながら、そう口にする。すると、女性は顔を伏せて、「そうですか……」と呟いた。次の瞬間、私の目の前で、女性が倒れた。
「え……?」
困惑している内に、段々と意識が混濁していく。全てが不鮮明に歪んでいく世界の中で、甲高い笑い声を聞いた気がした。




