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第35話 真実

 柚希は一瞬、放たれた言葉を理解できなかったような、間の抜けた表情を浮かべた。一拍置いて、縋るように虚白を見つめる。


「……虚白、あの女が、お前を使っているんだろ? 断れずに、ここまで来たんだろ?」


 柚希の眉が、見たこともないくらい下がっていた。祈るような声の響きが、「そうだと言ってくれ」と、語っていた。


 それを受けた虚白は、柚希に優しい微笑みを向ける。


「勿論だよ、七番。本当は俺だってこんなことを言いたくはないんだ。わかってくれるかい?」

「うん! うん!」


 柚希は、求めていた回答を貰えて、よほど嬉しかったのだろう。他に言葉が出てこない様子で、何度も何度も頷いた。


「じゃあ、七番。俺の為にも、戻って来てくれないか? お前を連れ戻せなかったら、どんな目に遭わされるか……」


 虚白は、目を伏せて、自分の体を抱きしめながら震えている。


 同情を誘うその仕草に、柚希は頷こうとし……しかしその動きを止めて、ちらりと私に目を遣った。それを受けて、私はじっと彼の瞳を見つめる。


 行かないで。虚白が、身勝手な物言いをしていることに、気が付いて。


 そう願いを込めて柚希の目をじいっと見つめる。


 黙って聞いてはいたけれど、あまりにも自分本位な発言に、私は心底憤っていた。

 私の強い思いが通じたようなタイミングで、柚希が頷いた。


「七番?」


 急かすように、虚白が柚希に声をかける。肩に手を置かれた柚希は、虚白と目が合うと、は、ふるると首を横に振った。


「あそこは、地獄だ。……虚白、俺と一緒に行こう。今、世話になっているところでは、殴られることもない。みんな、俺に優しくしてくれる。だから、虚白も……」


 柚希は、虚白に手を伸ばして、その手を掴もうとした。


 けれど、それはすぐさま、叩き落された。……他でもない、虚白本人の手で。


「え……?」


 理解できない、というように目を見開いた柚希が、自分の正面に立っている人物……虚白を、呆然と見つめる。


 虚白は、深いため息を吐くと、ガリガリと自分の頭を掻いた。


「はあ……めんどくせー……。そこは頷いておけよ。一体、拾われた先でどんな扱い受けりゃ、そんなポジティブな言葉が出てくんだよ」


 笑顔を引っ込めると、虚白は随分と目つきが悪いのだと言うことがわかった。その鋭い目を向けられた柚希は、事態を把握しきれていないようで、目を白黒させている。


「優しくしてもらえるだぁ? 冗談じゃねえ。あそこにいれば、仕事さえこなしゃ、良い暮らしができるってのによ。わざわざ出ていくわけねーだろ」

「虚、虚白……? どうしたんだ……?」


 困惑した表情の柚希が、もう一度手を伸ばそうとする。すると、近づいた柚希の腹に、虚白は容赦なく膝をたたき込んだ。


「柚希!」


 一瞬の出来事に、叫び声をあげることしかできなかった。


 柚希は、その場に膝をついて、けほけほと軽くせき込んだ。慌てて駆け寄って、背中をさする。うずくまっている柚希に向かって、虚白は吐き捨てるように言った。


「お前さあ、本当に気付いてないわけ? 俺が虚白と名付けられているのに、お前が七番と呼ばれている訳。俺が菓子を持ち込むほど、食料に余裕があるのに、お前が食事を貰えずに喘いでいる訳。お前に塗ってやった薬だって、俺が用意してやったんだ。それも、主人に貰ったもんだよ。お前にはそんなもの、用意されていなかったから、わからなかったか?」


 涙目の柚希が、顔を上げて虚白を見上げる。その目を見ながら、虚白は笑った。


「主人があんなにお前を煙たがったのは、俺がお前の力を押さえて、役立たずにしていたからだよ。まあ、冷遇されるのは当然だよなあ? お前は正真正銘の、ごく潰しだったからなあ」


 虚白の目は、一切笑ってはいなかった。

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