第33話 僕に考えがある
「絶対にその虚白とかいう奴が、犬神じゃない!」
侑李さんは、バン! と大きな音を立てて、机を叩いた。
皆の心情を代表した侑李さんの言葉に、苦笑するほかない。
情報共有を済ませた後、夕飯の支度があるという澄子さんと、当事者である柚希を除いたいつものメンバーで、再び集まり、二度目の会議を行っていた。
その開幕が、侑李さんの咆哮だったというわけだ。
「でも、柚希は自分が犬神で、虚白は狛犬だって言っていましたよね……?」
「どちらかと言うと、能力からして逆だと思うんだけどね」
いつきさんは、顎に手を当てて、考え込む仕草をしている。流石のいつきさんでも、あの場でそれを直接柚希に告げるのは憚られたらしい。
「そうですね……。それに、どうやら柚希さんは、他人に指摘されて自分が犬神だと思ったようですし……。本人に記憶や自覚があって、正体が明らかにされたわけではない時点で、そもそもの信憑性が薄いですね」
「確かに、そうですね。私も、その指摘自体が嘘だったとしたら、柚希にはそれがわからなかったんじゃないかって、思っていました」
「キミにしては、中々賢い考えじゃないか。その通りだ。どうにも、あの犬っころは親代わりだとかいう奴に対して、盲目的な素振りだった。それならば、自分で気づくタイミングがあったとしても、自分自身の方を疑うんじゃないかな?」
いつきさんの話した内容には、説得力があった。実際に、いつきさんにマーキングを指摘された時も、その話の正当性に気が付きながらも、どうにか反論しようとしていた。
それに、私がマーキングは見守るためのもので、それが悪用されたのは、主人に命令されたからなのではないかと指摘した時も、縋るようにそれに同意していた。きっと柚希は、虚白を深く信頼しているのだ。
「柚希、主人だったという人に、酷い目に遭わされていたらしいですし……。自己肯定感も低いのかもしれないですね」
皆は、私の言葉になるほどと頷いてくれた。もし、私のように自分に価値がないと考えているのなら……自分自身よりも恩人の方を妄信してしまうのも、わかる気がした。
「結局のところ、柚希ちゃんを狙ってきたのが、祓い屋の子なのか、それとも虚白って奴の独断なのか……。まだ判断が付かないってことよね」
面倒だわぁ、と心底嫌そうに眉を顰める侑李さんの姿に、苦笑する。
けれど、彼の言っていることには、全くもって同意だ。柚希の言うことを全面的に信じるのならば、祓い屋の元主人という人物が最も疑わしいことになる。
しかし、いかんせん、虚白というひとには、信用できる要素が少なすぎたのだ。
どうしたものかと悩み始めると、いつきさんがパンと手を叩いた。その音に釣られ、皆が彼に注目する。
「兎に角、真相を確かめないことには、安全が確保されたとは言えないね」
「そうねえ。また危ないことになったりしたら……心配だわ」
いつきさんの言葉に、澄子さんが眉を下げる。
「澄子の憂いを晴らすためにも、事の真相を確かめるためにも……。僕に、考えがある」
いつきさんは、その場にいた皆の顔を見回して、ニヤリと笑った。見覚えのあるその笑顔に、私は背筋を震わせたのだった。




