第32話 正体
私は柚希の言葉に同調して、話の続きをすることにした。
「この件は一旦保留にして、話を戻しましょう。……柚希を探していた私は、彼が家の裏の山に行ったのではないか、と気が付いて、すぐに向かいました。なんとか山を登っていくと、山頂で柚希を見つけたので、声を掛けました。すると、柚希の背後にあったはずの影が、柚希の中に吸い込まれていくのが見えて……。その後は、皆さんも知っての通りです」
わざわざ首を絞められた、と言って、柚希に下手な罪悪感を抱かせるのも可哀想だ。そう思って、最後の部分で言葉を濁す。
「俺のうしろに影が……。それが、俺を操ったのか?」
「恐らくね」
当事者であるのにも関わらず、一番情報量が少ない柚希が、なるほどと腕を組んだ。
「私たちの方も、大して情報量的には変わらないわね。雛ちゃんの様子がおかしかったし、夜になっても帰ってこなかったから……。知り合いに雛ちゃんの居場所を占ってもらったのよ。頂上に着いたら、様子のおかしな柚希ちゃんはいるわ、死にかけている雛ちゃんはいるわで、びっくりしたわぁ。ダメよお、雛ちゃん、あんまり一人で無茶しちゃ」
身振り手振りをしながら語る侑李さんに、頭が下がる思いだ。
何も言わずに出てきてしまったのに、心配してわざわざ探しに来てくれたのだ。申し訳ない限りではあるが、今回は本当に助かった。
「そうよ、雛ちゃん。夜の山道なんて、危ないんだから。一人でなんて、余計にだめよ」
澄子さんにも念を押されてしまって、素直に反省する。
心配してくれるひとたちがいるのだから、急いでいたにしろ、あまり無計画で動くべきではないだろう。今後は気を付けたい。
「重要なのはここから先だ。特に犬っころ、よーく聞きな。僕たちが見たのは、実体のないあやかしだった。だからこそ、あれはキミの体に憑くことができた。それに、見たところ、キミの体から出てきた影には耳があった。だからあれは恐らく、犬のあやかしだ。実体のない、他人に憑くことのできるあやかし。僕たちは、それは恐らく犬神であると判断した」
柚希は、首を傾げた。
「犬神は俺だけど……。実体がないとか、体に憑くとか、よくわからないな。犬の姿に戻ったり、邪気を払ったりすることは出来るけど……」
心底不思議そうな顔をする柚希に、そんなものなのか、と思った。
けれど、私とは対照的に、他のひとたちの表情が、柚希の発言で曇ったのがわかった。
「……そういえば、柚希さんは捨てられていたのでしたよね。やはり、自分が何者なのかは本能でわかりましたか?」
不意に、黙り込んでいた太郎さんが、そんなことを尋ねた。柚希は気恥ずかしそうに頭を掻く。
「実は、俺も自分が何のあやかしなのか、わかっていなかったんだ。だって、捨てられる前の記憶が全然なかったから……。だけど、虚白と元主人は、俺を犬神だって言った。だから俺は、自分は犬神なんだってわかった」
その話を聞いた瞬間、もしかして、という考えが頭をもたげた。その思考が的外れか否かを判断するために、あやかしたちの顔を見回す。すると、一同揃って渋面をしていた。
やっぱりそれって、もしかして嘘を吐かれていたら、わからなかったり、する……?
どういうメリットがあってそんなことをするのかは、わからない。
けれど、それができるかどうかでだけで考えてみると、できる可能性は否定しきれないように思えた。
「……そうか。まあ、兎も角、僕たちは少なくとも犬のあやかしだと思った。恐らく犬神であろうと考えている。……キミの知っている中で、その元主人に関わる犬のあやかしに心当たりはあるかい?」
珍しく深く突っ込まなかったいつきさんの問いに、柚希は間髪入れずに答えた。
「それなら、虚白だ。あいつは、狛犬だから。でも、相手が犬神なら、俺以外に心当たりはないし、関係ないだろ?」
その場にいた、柚希以外の全員が、言葉を失った。




