第30話 会議
改めて明石屋の住民たちに、居間に集まってもらい、諸々の事情についての共有。それと、今後どうしていくかという話し合いをすることになった。忙しそうにしている澄子さんには申し訳ないが、どうにか時間を作ってもらった。
「コホン……それでは、えー……」
皆を収集した私が進行をすべきだろうと口を開いてみたはいいものの、どう切り出せば良いものなのかと、言葉が続かなかった。困っておろおろとしていると、侑李さんと目が合った。
「……明石屋会議、始めましょう!」
ぐっと拳を握る侑李さんに、私はすかさず拍手をした。
助かります、侑李さん!
「じゃあ、えーっと。話を整理していきましょうか。まずは柚希ちゃん、貴方がここに来るまでの経緯を聞かせてもらえる?」
話を振られた柚希が、素直に頷く。
「……俺は、昔、ひとりで山の中に倒れていたらしい。そこを、少し前まで主人だった祓い屋の女に拾われた」
「やっぱり、祓い屋のところにいたのね」
いつきさんたちの予想は、やはりあっていたらしい。
「それにしたって、妙な話だけれど……。まあ、そこは、今はいいか。僕が聞きたいのは、その状態からどうやってキミがこの家に運ばれることになったのか、という点だ」
「……俺は、主人に嫌われていた。なんでも、『犬神は汚らわしい』らしい。祓い屋に使われているあやかしは、他にもいた。そのうちのひとりが、俺を目にかけてくれて、おかげでどうにか生き延びていた」
誰も口にはしなかったが、それもわかっていたことだった。何しろ、大怪我だけに飽き足らず、彼の体は見るからに不健康そうだったのだから。
「だけどある日、俺の体に限界が来た。俺は、仕事中に意識をなくした。……気が付けば、主人の屋敷に戻っていて、それから俺は三日三晩、折檻を受けた」
「そんな!」
両手で口を覆いながら、衝撃に声を上げる。
柚希の口から、折檻という単語がさらりと出てきたことからも、それが彼の日常に根付いている言葉なのだとわかる。それが余計に痛々しく感じた。
「だって、柚希が気を失ったのだって、その主人って人の扱いのせいじゃありませんか。粗雑な扱いをしたせいで、体にガタがきてしまったんですから。それなのに、どうしてそんな……!」
柚希はふるると首を横に振って、悲し気に目を伏せた。
「成功したら自分がえらいから。失敗は全部俺たちのせい、主人はよくそう言っていた。……とにかく、俺はそれで死にかけて、主人の元から逃げ出そうと思った」
淡々とした口調で語られるが、その内容が壮絶で、どんな表情をすればいいのか分からない。ただひたすら、真剣に彼の話を聞くことしかできなかった。
「時間をかけてケガを治して、仲間に協力してもらって、俺は屋敷を抜けだした。そこまでは順調だった。だけど、どうしてか屋敷の外に、もう既に追手がいた。まるで、俺の計画がバレてたみたいに。……結局、追手と戦うことになって、俺は命からがら何とかこの町まで逃げてきた。それで、力尽きて倒れた。これがここに来るまでに起こったことだ」
柚希の話が終わると、部屋には重い沈黙が訪れる……かに思われた。それくらい、柚希の語った経緯は、壮絶だったから。
けれど、そうはならなかった。何故なら、我が家にはいつきさんがいるからだ。
「なるほどね。まあ、概ね僕たちが想像していたものから、大きく外れてはいないんじゃないかな。でも、キミが明確に『逃げ出してきた』のだということがわかって良かったよ。もっと早く話してもらいたかったものだけれどね」
腕を組みながらフン、と鼻を鳴らすいつきさんは、あくまでも自分のペースを崩さない。いっそ清々しい程のいつきさんの態度には、感心してしまう。
彼には、同情するとか、共感するとかいう機能が、ついていないのかもしれない。
失礼ながら、そんな風に考えてしまうほど、さっぱりとした物言いだった。……その隣にいる侑李さんなんかは、対照的に、ため息を吐いて頭を抱えていたのだけれど。
「では、情報をすり合わせて、現状の把握をしていこう。キミたち、どうやら忘れているようだけれど、死にかけた人間がいるということを、理解した方がいい」
ちらりとこちらに目線を向けてきたいつきさんの言葉に、ハッとした。
柚希の話の余韻に浸りそうになっていたが、そもそも危機的状況に陥ったからこそ、こういった場を設けたのだ。話に対する自分の感情云々より、まずは現状の把握、それから、これからの方針を決めることを優先すべきだろう。




