表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/47

第24話 団欒

「いただきます」


 普段から使っている挨拶を口にして、緊張しているのは、これが人生で初めてかもしれない。


 居間に柚希の姿があるというだけで、いつも過ごしている場所が全く違う場所に思えた。


「犬ちゃん、今日は来てくれてありがとうね~」


 澄子さんが、いつもと変わらない笑顔を浮かべる。


 周囲を明るく照らす澄子さんの笑顔だったが、柚希にはその笑顔もあまり効果がないようだ。


 素知らぬ顔をして、澄子さんの声をスルーした。


 半ば予想していた反応だったので、やっぱりか……とため息を吐くに留まった。澄子さんも、気にしていなさそうな表情だ。


 しかし、澄子さん本人が気にせずとも、噛みつくひとがいるのだということを、うっかり失念していた。


「キミさあ、自分が今、誰のおかげで生きながらえているのか理解してないわけ?」


 いつきさんだ。


 ……頭が痛くなってきた。


 けれど、よく考えなくとも、このひとが黙っていてくれるはずもなかったのだ。それを忘れていた私の方が、うっかりしすぎていたと考えるべきだろう。


「あの、いつきさん……。柚希も、悪気があるわけでは……」

「柚希って誰?」

「え?」

「名乗られてないから、知らない」


 いつきさんにも、一応犬神の青年を柚希と呼んでいることは話したけれど、恐らくそういう話ではないのだろう。


 彼が自分から名乗るべきだと、それが礼儀だろうと、遠回しにそう言っているのだ。


「それに、悪気がないだなんて、よく言えるよね。あからさまに無視をしておいて。ねえ、そんな目立つ耳を付けておきながら、聞こえてない訳ないよね? 自分の立場を理解しろって言っているんだけど」


 いつきさんの冷たい目が、柚希を貫く。


「いつきさん、柚希はまだ、体も全快ではありませんし……」

「だから何? 話をするのにそれは関係ないよね? そもそも、甘えすぎ……」


 なんとか柚希を庇おうとすると、いつきさんの言葉の矛先が私に向いた……と思った瞬間。澄子さんの、凛とした声が、居間に響き渡った。


「いっちゃん、意地悪しないの」


 それはまさに鶴の一声。機関銃のように放たれていたいつきさんの言葉は、ピタリとその音を止めた。


 ……不本意そうでは、あったけれど。むくれたいつきさんの顔を、そわそわと見てしまう。


「ごめんなさいねえ、犬ちゃん。……でも確かに、貴方をなんて呼んだらいいのか、私も悩んではいたのよ。犬ちゃんって呼ばれるのも、嫌ではない?」


 おっとりと澄子さんが柚希に話しかけた。いつきさんの言葉に、全身を固くしていた柚希は、そっと目を伏せた。


「……柚希」

「柚希ちゃん?」


 澄子さんの確認に、柚希は無言で頷いた。


「そう、とっても素敵な名前ね! 雛ちゃんに付けてもらったの?」


 柚希が、またこくりと頷く。


「流石私の自慢の娘ね!」


 どや顔で胸を張る澄子さんの姿に、私は頬が熱くなるのを感じた。


 今、そういう話の流れだったかな…⁉


 澄子さんは、事あるごとに私を褒めてくれる。それはくすぐったくはあるけれど、いつだって嬉しいことだった。


「……あいつは、お前の娘ではないんだろ?」

「あら、雛ちゃんに聞いたの? 本当に、貴方と仲良くしているのね」

「こたえろ」

「うふふ。答えは『いいえ』よ。雛ちゃんとは、確かに血こそ繋がってはいないけれど、私の可愛い娘であることに間違いないわ」


 澄子さんは、当然のような顔で笑う。私はその顔を見つめながら、泣きそうになってしまった。


 澄子さんは、普段から本当に私を可愛がってくれる。実の娘だと思っていると、そういってくれる。


 その言葉が、どれだけ私の人生を照らしてくれているか、彼女にはわからないだろう。


 無価値なはずの私が、それでも何か、役に立ちたいと。報いるために生きたいと。澄子さんの存在こそが、そう、思わせてくれているのだと、彼女は知っているだろうか。


「お前は、虚白に似てる」


 私の感情を置き去りにして、会話は進んでいく。柚希は、どこか遠くを見つめるように、目を細めていた。


「虚白? それは、柚希ちゃんの、大切なひと?」


 澄子さんの問いに、柚希は頷いた。


「そう、それは、とっても光栄なことね」


 多くは聞かずに、ただ受け入れてくれる優しい澄子さんの微笑みに、柚希は今度こそ、笑みを返した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ