第19話 約束
夕飯をご一緒しませんか、と声をかけると、犬神の青年はきょとりと首を傾げた。
「何でだ?」
理解できない、と顔にそのまま書いてある。少し、唐突な提案だっただろうか。
今までは、青年の食事は部屋に個別に届けていた。食べているところを見られているのも嫌だろうと、食事を届けたらすぐに部屋を後にしていたから、猶更不思議に思ったのかもしれない。
「その、実は、食事は本来、住民たちと居間で摂っているんです。犬神さんは、傷が癒えていませんから、勿論ここでいいんですけど……。その、犬神さんの食事を運んで、居間で食事をとってまた食器を取りに来るのは、二度手間といいますか……」
心底不思議そうな表情を浮かべる青年を前に、もごもごと言い訳を並べ立ててしまった。
けれど、そのどれもが私の伝えるべき言葉とは、違う気がした。私は、すうっと息を大きく吸って、勢いよく口を開いた。
「あの! 誰かと一緒に食べたほうが! 食事が美味しくなると思うので!」
私の迫力に気圧されたのだろうか。青年は、ぱしぱしと何度か瞬きをしていたが、目を逸らさずに見つめていると、そのうちこくりと頷いた。
やった!
「ありがとうございます! それじゃあ、今日の夕飯は一緒に食べましょうね!」
嬉しくなった私は、満面の笑顔で青年に小指を差し出した。彼は、びくりと体を揺らして、戸惑った表情で私の差し出した小指を見つめた。
……しまった、つい。調子に乗りすぎちゃった。最近怯えられなくなってきたとはいえ、体の接触となると、話は別だろうに。
さあっと血の気が引くのを感じたけれど、今更どう引っ込めたら良いものなのか、わからなかった。
私がまごついていると、青年は震える手で、私の真似をするように小指を立てて、じいっと自分の手を見つめていた。
もしかして、触れるのが嫌だというよりは、指切りを知らないのかな?
そう思った私は、ゆっくりと彼の手に自分の手を近づけて、そっと小指同士を触れさせた。青年の肩が大きく揺れるけれど、指を離すことはしなかった。
よし、もう少し……。この様子なら、いけそうだ。
そのまま指を絡ませていくと、青年が、目をまん丸くさせてこちらに視線を向けた。
その純粋な驚きに満ちた表情を眺めていると、なんだか悪いことをしているような気になったけれど、せっかくここまできたのだから、このまま指切りをしてしまいたい。
「約束、です」
それだけ言って、ぱっと指を離した。自分がやりだしたことではあるけれど、あんまり長く触れているのは、可哀想だと思ったのだ。
「やく、そく……」
青年は、私の言葉を繰り返して。それから、先程結んだ小指を、じっと見つめていた。




