表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/47

第12話 逃げない

「餓えた犬を土に埋めるんだよ。生きたままね。こう……首から上だけが地面から出るようにね」


 いつきさんは、首のあたりに、床と水平になるように倒した手を当てて見せた。


 首と体を区切るように当てられた手は、まるで首を切っているようにも見えて、ゾッとした。


「えっ!」


 衝撃を受けて声を出してしまった。犬を生き埋めにするだなんて、話の入りから既に物騒すぎる。けれど、話はまだまだ終わっていなかったらしい。


 いつきさんは、ちらりとこちらに視線を投げてから、すぐにまた口を開いた。


「それから、餌をギリギリ届かない場所に置く。すると勿論、餓えた犬はどうにか餌を食べようと、思い切り首を伸ばすだろう? ……その首を、切り落とすんだよ。真っ二つにね。そうすれば、首が飛んで餌にたどり着く」

「ひっ」


 思わず息を呑む。


 先に犬神の青年を見てしまっているせいで、彼の首がごとりと地面に落ちるのを想像してしまった。


「その首を祀るのさ。そうすると、犬の怨念がこもった霊体ができるわけだ。それが犬神。犬の首を切り落とした一族は代々、犬神憑きの血筋となって、犬神憑きの怒りを買うと、心身を狂わされるって話だ」

「ということは……あの青年は、霊なんですか?」


 さあっと顔から血の気が引くのを感じる。けれど、いつきさんには「いまさら何を言っているんだ」と呆れた顔をされるだけだった。


「本来は、憑き物だからね。その体は宿主となる人間ということになる。けれど……あやかしの存在は、どんどん曖昧になってきているからね」

「曖昧に」

「ああ。人間は、あやかしの姿を忘れてきている。結果として、犬神は犬神というあやかしの姿を、独立して取っているのだろうね」


 いつきさんの説明はいまいち掴みづらかったけれど、あやかしの姿、というより、その在り方が変わってきていると。そういうことなのだろう。


 確かに、犬神といわれてその正体がどんなものなのか、すぐにわかる人など稀だろう。


 人間があやかしを作ったのに、人間があやかしの正体を忘れている。だからこそ、その形が変化してきている、ということなのだろうか。


 なんとなく理解したような気になって、一人でうんうん頷く。それから、あれっ、と思って顔を上げた。


「犬神が危険なあやかしっていうのは、犬神憑きの怒りを買うと、心身が狂わされるって部分からですか?」

「キミ、本当にちゃんと話を聞いてた?」


 首を傾げると、大きなため息を吐いたいつきさんが、呆れた顔をこちらに向けた。


 今日はなんだか、いつきさんの呆れた顔ばかり見ているような気がする。いや、気のせいじゃなくて、れっきとした事実なんだけど……。


 けれど、呆れた様子を隠そうともしないくせに、説明だけは丁寧にしてくれるのだから、なんだかんだで彼もひとが良いのかもしれない。


「犬神は、人間の非道な手段によって作り出されたあやかしなんだ。つまり……人間に恨みを持っている」

「あっ」


 いつきさんの言葉に、血の気が引くのが分かった。


 確かに、そんな酷いことをされたのなら、人間を恨むのも当然だろう。


 それに加えて、彼を使役していた祓い屋も、粗雑な扱いをしていたようだし、人間が嫌いだと言っていた。


 だとすれば、人間である私に対して、攻撃をしてきてもおかしくないのだ。


「雛ちゃん……澄ちゃんは、ああ言ったけれど。正直雛ちゃんがあの子の面倒を見るのはおすすめしないわ」


 顔を顰めて、侑李さんが言う。それは本当に、心の底から私を心配して言ってくれているのだということは、流石の私にもすぐに理解できた。


 やめた方がいいのかもしれない……。


 そう思った。何よりも先に、恐ろしかったのだ。


 それに、そんな風に人間に対してマイナス感情を抱いている相手に対して、私ができることなんてなにもないんじゃないのかな……。


 やっぱりやめておきます、と言おうと、自然と下がっていた視線を上げる。


 すると、いつきさんの目が視界に入り、その瞬間、私は吐き出そうとした弱音を飲み込んだ。


 怖いほど冷めた目だった。


 何も言わずとも、その目が「逃げるのか」と語っていた。


 自分たちあやかしから散々逃げておいて、ついには自分から申し出た澄子さんの手伝いからも逃げるのか、と。


 私には、恩がある。その恩を、返さねばならない。そう思っている感情でさえも、嘘なのかと。そんな風に、疑われている気がした。


 いつきさんが私に向ける言葉や態度は、いつだって辛いと感じる。何故ならそれが、いつも図星だからだ。


「……いえ、大丈夫です。やります。やれます」


 気が付けば、口からそんな言葉が放たれていた。


 いつだって、いつきさんの目に黙り込んできたけれど、ここだけは。


 私が、綾部家の人たちに対して、恩を返したいと思っているということだけは、嘘だと思ってほしくなかったのだ。


 無意識の内にしてしまった発言だったけれど、私は唇を噛み締めて、気合を入れなおすことで、前言を撤回することを防いだ。


「一度は自分からやると言い出したことですし、それに……彼が人間を嫌っているのは、最初からわかっていたことです。私の目には、憎しみより恐怖が強いようにも見えました。だから……せめて、その恐怖が和らぐ様に、見てあげたいんです」


 私の言葉を聞いたいつきさんが、眉を上げて口の端を上げた。


「へえ……。意外だね、てっきりキミは直ぐにやっぱりやめる、と言い出すと思ったのだけれど……。でも、そう言うのならば、せいぜい気を付けるべきだね。くれぐれも、澄子に迷惑をかけないよう」

「ちょっと、いつき!」


 いつきさんを咎める侑李さんの厳しい声を聞きながら、私は再び唇を噛んだ。


 いつきさんが、私にこういう物言いをするのは、私の今までの行動によってのものなのだ。


 ならば、私がすべきことは、言葉を返すことではなく、行動で示すことなのだろう。


 いつきさんの目をまっすぐ見つめて、そう思う。面白そうな顔をしたいつきさんが、「見ものだね」と口笛を吹いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ