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第11話 あやかし

 犬神の青年から話を聞きだすことに成功した翌日。大学から帰ると、居間には侑李さんといつきさんがいて、なにやらじゃれ合っている様子だった。


 ふたり、喧嘩も良くするけど、仲が良いよね……。気の置けない仲ってやつなのかな。


 兎にも角にも、ここにいてくれるのなら、丁度良い。青年から得た情報を共有したかった私は、早々にふたりに話を切り出した。


「ふん、犬神か……」


 私の話に、真っ先に反応したのはいつきさんだった。けれど、彼が関心を持ったのは、私が気になった話とは別の部分の内容だったようだ。


 いつきさんは、青年が澄子さんを傷つけるような危険なあやかしであるか否か、という部分が一番気になっていたようだし、それも当然のように思える。


 けれど、自分の中で消化しきれていない内容を話し合いたい私は、自分からその部分に触れることにした。


「その、個人的には識別番号という言葉の方が気になったのですが……」

「キミ、他人のことを気にしている場合じゃないからね」


 けれど、ぴしゃりと言い放たれて、口を噤んだ。


 確かにそれはそうだ。現状、未だに青年が何故血だらけで倒れていたのかも、彼がどういうひとなのかもわかっていない。


 だからこそ、私が気にすべきは青年の身の上話ではなく、自分や澄子さんの、身の危険に関わるかもしれない内容……つまりは、彼がここに連れてこられるまでの経緯である、ということを、いつきさんは言いたいのだろう。


 正論を吐かれて黙り込んでしまった私を見て、フォローをするべきだと思ったのだろうか。侑李さんが、少し慌てた様子で口を挟んだ。


「あのね、雛ちゃん。犬神って、結構危険なあやかしなのよ。だからいつきは、そちらの話を最優先で考えるべきだと言っているの。ええとね、犬神は、憑き物の一種らしいのだけれど……」

「憑き物、ですか?」


 馴染みのない言葉だ。


 首を傾げると、侑李さんは大きく頷いた。


「犬神は、人間が作り出したあやかしなんだよ。まあ、それはどのあやかしもそうだと言われたらそうなのだけれど」

「はあ」


 侑李さんの言葉を補足するように放たれたいつきさんの発言に、私は相槌を打つ。


 けれど、その内容が全く掴めていないのだという事実を、間の抜けた私の声が証明してしまっていた。いつきさんが、呆れた顔を隠そうともせずにこちらを見ている。


 うう、そんな顔で見られても、わからないものはわからないんだから、仕方ないじゃないか。


 そんな私の考えが透けて見えたのだろうか。困り顔をした侑李さんが、ううんと少し唸ってから、口を開いた。


「雛ちゃんは、あやかしがどうやって生まれたのか、聞いたことがなかったんだっけ?」

「はい」


 即答する。いつきさんにまた冷たい視線を向けられてしまったけれど、知ったかぶりをするより、正直に申告した方が、人として幾分かましだと思ったのだ。


 ……十年以上、あやかしと一つ屋根の下で暮らしておきながら、そんな根本的な話さえ知らない方がおかしい、というのは、自分でもよくわかっていた。


 毒にも薬にもならないような、軽い世間話しか、彼らとはとはしてこなかった。


 いや、彼らとだけじゃない。誰に対しても、踏み込んで接することがなかったのだ。


 ……自分でも、ちょっとどうかっと思う。もう成人するっていうのに、親しいと断言できる友人の一人すらいないんだから。


 けれど、侑李さんは、そんな私に対しても、呆れた様子も見せず、穏やかな微笑みを向けてくれた。


「そう、それじゃあ、あやかしの生まれから話しましょうか」


 そう前置きをして始まった侑李さんの話は、とても不思議な内容だった。簡単にまとめると、こうだ。


 あやかしとは、人間の想像から生まれた生き物であるらしい。


 そもそも、日常生活の中で、何かおかしな……「あやしい」ことが起きる。それに対して、人間はこう思ったのだという。


 これはきっと、何者かが起こした事象なのだ、と。そうして、あやしいことを起こす生き物、すなわちあやかしを想像した。


「……それって、人間の想像が、あやかしを作り出した……えっと、つまり具現化したってことですか?」


 なんだかとても信じられないような話をされて、私は顔を顰めてしまった。けれど、侑李さんは至極真面目な顔のまま、頷いて見せる。


「そうよ。今ではもう、本当に信じられないような話かもしれないけれど。人間の信じる力というのは、貴方達が思っているよりずっと、凄いものなのよ。アンタたちの想像力によって生まれた私たちが、保証するわ」


 侑李さんの言葉に曖昧に頷く。プラシーボ効果なんてものもあるくらいだから、人間の思い込む力というのは確かにバカにできないものだとは思う。


 けれど、それが無から有を……何もないところから、生き物を生み出してしまうような力まであるとは、私にはどうしても思えなかった。


 そんな私の考えを見透かしたのだろうか。侑李さんは、ゆるりと首を横に振った。


「一応、前置きとして話しただけだから、信じてもらえなくても問題はないわ。問題なのは、ここから先の話。つまり、犬神の作り方の話ね」

「犬神の……作り方?」


 なんだか不穏な言い回しだ。眉間に皺を寄せると、「その続きは僕が話そう」といつきさんが名乗り出た。嫌な予感がする。


 いつきさんが自分から話し始める内容って、いつも過激だったり、ひとが話しづらいと感じる内容ばかりなんだよね……。

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