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外面が良い俺は、今日もクソ上官にふりまわされる

作者: 黒いたち

「サイリくん、ちょっといいかね?」

 そういって俺を呼びとめるのは、わが部隊のトップ・オブ・クソ上官、カンザート隊長だ。

 にこやかな笑みをうかべ、部下思いの上官を気取っているが、実態はただの無茶ぶりメーカーだ。


「はい、何でしょうか」 

 俺は作り笑いをうかべながら答える。

 この笑顔が厄介事を引き寄せると知りつつ、やめることができない。

 なぜなら俺は“外面(そとづら)が良い”からだ。


「実はさ、今日の貴族の視察、君に任せようと思ってね」

「……は?」

「いやあ、私も行きたかったんだが、急な作戦会議が入っちゃってねぇ。頼りにしてるよ、サイリくん!」


 頼りにしてるなら、俺を副官(ふくかん)に昇格させろ。

 そう思いながら、俺は「承知しました」とほほえんだ。

 隊長が満足気に去ったあと、俺はかべに額を押しつけ、じわじわと絶望をかみしめる。


 貴族の視察など、面倒の(きわ)みだ。機嫌を損ねれば隊の予算が削られ、()びすぎればあとで隊員たちからの冷たい視線が突き刺さる。


「……やるしかねぇか」

 

 俺は深いため息をつき、装備を整えた。




「君がここの隊長代理か」


 視察に来たのは、公爵家の御曹司(おんぞうし)、レオナルト様。

 見た目は上品だが、目つきは鋭い。油断ならないタイプだ。


「はい、サイリと申します。本日は遠方よりお越しいただき、誠にありがとうございます」


 やわらかい笑顔で、礼儀正しく応対する。

 レオナルト様は、かすかに目を見開く。


「……君は、貴族の出か?」

「いえ、とんでもない。庶民の生まれです」

「品のある物腰だ。どこで学んだ」


 余計な詮索(せんさく)をされるのは面倒だ。

 俺は適当に話をそらしつつ、視察を無難(ぶなん)に進めようとする。


「では、訓練所をご案内いたします」


 レオナルト様を連れ、兵士たちが訓練をおこなう広場へとむかった。




 訓練広場は中庭にあり、頭上には抜けるような冬の青空が広がっている。

 澄んだ空気のなか、しろく薄い雲が流れていく。

 陽光はあるものの、温もりはとぼしく、はく息がうっすらと白くなった。

 

 中央では、兵士たちが木剣(ぼっけん)を撃ちあわせている。  

 すばやい剣の応酬(おうしゅう)がつづき、間合いを詰めたかと思えば即座に後退。

 なかなかの見ごたえがある。


「ふむ……悪くないな」


 レオナルト様が腕を組む。


「だが、あの右の兵士。踏みこみがあまい。さがるまえにもう一撃入れるべきだった」

「……お目が高いですね。彼はまだ実戦経験が浅く、攻めどきの見極めが課題です」

「ならば、実戦形式の訓練を取りいれろ」

 

 おっと、こいつも無茶ぶりメーカーか? とも思ったが、笑顔をくずさずに「承知しました」と答える。どうせ視察は今日だけだ。




 つぎに武器庫に案内する。

 厚い木の扉をあけると、ひんやりとした空気が肌をなでた。

 外の光に慣れた目には、薄暗さがきわだつ。


 窓はちいさく、たかい位置にあるため、さしこむ光はほそい筋となって床に落ちる。

 壁にかけられた武器の影がぼんやりとのび、静寂が場を支配する。

 かすかに油と金属のにおいが混じり、つめたい石の床が、足音を(にぶ)く響かせた。


 レオナルト様は静かに奥へとすすみ、(たな)から剣をとりだす。

 光の下で角度を変えながら(なが)め、かすかに眉を寄せた。


「……()ぎが甘いな」

「そちらは、近日中に手入れを予定しております」

「予定ではなく、常に最良の状態にしておけ」

「承知しました」




 つづいて食堂にむかう。

 だだっぴろい空間に、木製の長机がならぶ、簡素な(つく)りだ。

 ちょうど昼時で、パンとスープを手にした兵士たちが、楽しげに談笑していた。


「食事の質は?」

質素(しっそ)ですが、栄養は考慮しています。肉と野菜をバランスよくーー」

「実際に食べてみよう」

「はい?」


 レオナルト様は迷いなく、食事を受けとる兵士の列にならぶ。あわてて俺もつづき、なぜか一緒に昼食をとるはめになった。


 レオナルト様は、洗練された動作でスープを口をはこぶ。


「……」


 その沈黙がこわい。


「どうでしょうか」

「……塩が足りない」

「……なるほど」

「そして肉の質が悪い。歯ごたえはあるが、うまみが足りん。安価な部位を使っているのか?」


 お貴族様が召しあがっている肉と比べたら何だって安価だわ。


「……コスト削減のために、すこし(すじ)の多い部位を」

「調理でごまかせる範囲を超えている。長く煮込めば多少やわらかくなるが、うまみをひきだす技術が追いついていない。調理法を見直せ」

「承知しました」

「野菜も不足している。根菜ばかりでは栄養がかたよる。葉物をもっと取りいれろ」

「冬場なので、確保が難しいかと」

「難しいではなく、やれ」

「承知しました」


 レオナルト様のするどい指摘が飛ぶたび、俺は平静を装いながら承知する。

 一緒にとった昼食は、ストレスで何の味もしなかった。

 

 食堂出たところで、俺はそろそろ視察が一区切りすることを期待していた。

 しかし、レオナルト様に止まる気配はない。


「つぎは医務室にむかう」

「承知しました。こちらです」

「兵舎も見ておこう」

「承知しました」

「見張り塔の状況も確認したい」

「承知s……」


 ――まだやるのか!?


 もちろん顔に出さないが、困惑はおおきい。


 貴族の視察など、ふつうは適当に終わる。

 現場の状況などどうでもよく、「見た」という実績さえあればいい。


 だが、レオナルト様は違った。

 実際に自分の目でみて、問題点を指摘し、改善点を考える。

 本気で、砦の状況を知ろうとしている。


 しかし、それが改善につながるかは、また別問題だ。

 どうせ貴族は、財源(ざいげん)の現実を知らない。

 知ったところで、「やる気の問題」にすり替えられるのがオチで、やる気の問題でどうにかできる状況はとっくに過ぎた。


 つまり俺は今、かぎりなく無駄な時間と労力を使っており、カンザート隊長が視察を丸投げした理由を思い知ったにすぎない。


 それでも。

 塔の上から遠くを見つめ、真剣に考えこむレオナルト様を見ていると、この人の部下は恵まれてるんだろうな、と思った。


 


 みじかい冬の陽が暮れる。

 石壁にとりつけられた鉄の燭台(しょくだい)が、あたたかい光を放っている。


「サイリ、今日は世話になった」


 レオナルト様は、まっすぐな目でそう告げた。

 実直な礼に一瞬とまどうが、もちろん笑顔はくずさない。

 

「お役に立てたなら幸いです」


「おーい、サイリくん! どうだね、視察の調子は!」


 とおくから、太い声がひびいてきた。


「……隊長」


 ふりかえると、我らがクソ上官、カンザート隊長が、腹をゆらしながら悠々と歩いてきた。


「おお、レオナルト様! 本日はご丁寧なご視察、誠に感謝いたします。本当は私がぜひご案内したかったのですが、かなわず残念です」

「カンザート隊長か。君の指揮のもと、優秀な部下がしっかり育っているようだな」

「お褒めにあずかり、光栄です!」


 カンザート隊長の媚びた笑い声を聞きながら、俺は胸中で毒づく。

 ――俺の踏み固めた道を、涼しい顔で歩きやがって。


 だが、それでも俺は笑う。

 俺が外面をくずさないのは、出世のためだ。

 軍で上に行くのは、上官の受けがよく、貴族とも適度に付きあえる人間だ。

 俺は平民だが出世したい。給金を増やしたい。もっと上の地位について、楽に金を稼げるようになりたい。

 そのためなら、多少のストレスは耐えてやる。愛想よく振る舞うくらい、簡単なことだ。

 

 だが、そんな心の奥底に沈殿したものが、思わぬ形で影響を及ぼすことになる。


 ふわり、と空気がゆれた。

 小さな光があらわれ、ゆっくりと宙を舞う。


「……なんだ?」


 レオナルト様が目を細め、カンザート隊長はぎょっとして後ずさる。


 光はちいさな人になった。

 透きとおる羽に、あわい金髪。


「……妖精?」


 誰ともなくつぶやく。

 カンザート隊長は、ぽかんと口をあけた。


「バカな……妖精など、伝承の中の存在じゃあ」

「いや」


 レオナルト様は妖精をまっすぐに見据える。


「妖精は実在すると、古い記録にも残されている。ただ、その姿を見た者は極めて少ない」


 妖精はふわりと舞いながら、なぜか俺の肩に腰かけた。


『……サイリ』


 耳元で、甘くにじむようなささやきがおちる。


『ドロッドロで、ぐっちゃぐちゃの感情。とっても美味しかったよ』


 俺は一瞬、背筋を凍らせる。

 妖精はクスクスわらい、俺の頬をちょんとつついて、舞いあがる。

 レオナルト様が、妖精を凝視しながら、ぽつりとつぶやく。


「……聞いたことがある。妖精は人間の渦巻く感情を(かて)とする、と」

『もっと味わいたいなあ。もう一回、ちょうだい?』


 俺のまわりを飛ぶ妖精に、レオナルト様が静かに問う。


「妖精。それは一体、どのような感情だ」

『熱くて、にがくて、ぐにゃっとねっとり――』

「緊張ですかね!!!!」


 大声でさえぎる。

 レオナルト様とカンザート隊長は、同時に俺をみた。

 俺はわずかに視線をふせ、ひかえめな笑みをうかべる。


「お恥ずかしながら、視察のご案内には慣れておらず、少々緊張してしまいました」


 そういって、耳のうしろに軽く手をそえる。

 力みすぎず、かといって砕けすぎず、絶妙なバランスを保った仕草(しぐさ)だ。

 誠実で初々しい青年――好感を抱きやすい人物像に、俺はなりきる。


 レオナルト様は俺を見て、口角をわずかに持ちあげる。


「そうはみえなかったが」


 さすがに鋭い。

 俺はやわらかく笑いながら、内心で冷や汗をかく。


「恐縮です」

 

 ここで少し照れたように目を細める。

 よし、これでなんとか乗り切れ――


『ピリッとしてほんのり苦い。のどの奥にじんわり広がる焦燥感(しょうそうかん)が、たまらないわぁ』


 まてまてまてまて!

 なにを言いだすこのクソ妖精!!


「もう、やめてくださいよ! 俺がまだ緊張してるのが、バレバレじゃないですかぁ!」


 妖精に文句をいう(てい)でふたりに背を向け、最小で最速の声をだす。

 

「いますぐ消えたら、あとで好きなだけドロドロをやる」

『あらぁ』

「3秒以内。3、2――」

『やくそく、よ』


 妖精はパッと消えた。

 

「……いなくなった?」


 レオナルト様は、静かにつぶやく。

 カンザート隊長は、すこしの間ぽかんとしたあと、しばし考えこむ。


「うーん……サイリくん。やっぱり捕まえよう」


 やっぱりって何だ、無茶ぶりメーカーが。


「でも、もう消えてしまいましたし」

「サイリくんが緊張したら、もう一回出てくるんじゃないかなぁ」

「あーでもほら視察も終わって、妖精も消えて、反動でけっこう落ち着いちゃってますね、俺」

「そっかぁ……じゃあ、しょうがないね」


 カンザート隊長は、納得したようにうなずく。

 俺はホッとし、心からの笑みをうかべ――


「今後はもっとお偉いさんの視察を増やそう! そしたらまた出てくるから、そのときに捕獲しといてね」

「いやいやいやいや、まってください」

「レオナルト様、本日はご多忙の中、視察にお越しいただき、誠にありがとうございます。ささやかではございますが、お食事をご用意しておりますので、ぜひお召し上がりください」


 レオナルト様はカンザート隊長に、すこし待つようにいい、俺に向き直った。


「また妖精が現れたら、報告を頼む」


 低く落ち着いた声で要請する。妖精だけに。

 思いついたくだらない冗談で、よけいに心がささくれ立つ。

 それでも俺は、笑顔で答えた。


「承知しました」


 レオナルト様はひとつうなずき、カンザート隊長と歩き去っていった。

 俺の口角がぴくぴくと痙攣(けいれん)しだす。


 視察が増える? 高位貴族がいっぱいくる? そのたびに妖精が出てくる?

 俺はかべに額を押しつけ、絶望をかみしめる。押さえた胃が、ギリギリと痛みはじめた。




 こうして仕事も無茶ぶりも増え、ドロッドロに磨きをかけた俺の感情を毎夜味わいつづけた妖精は、一ヶ月足らずで『濃すぎて胸やけしてきた』と(あわ)れみの目をむけてきた。

 そういうなんやかんやをぼかしてレオナルト様に妖精報告の手紙を週一で出していたら、なぜか食堂の肉の質があがり、夜間見回りの控室に、暖房器具が増えた。


 個人的に王都の高級焼き菓子が届いたりするようになるころには、レオナルト様に俺の外面(そとづら)はかんぺきに見破られており、なんやかんやで彼の近衛騎士という大出世を果たす。

 しかし貴族社会の腹の探りあいストレスが半端なく、やっぱり無茶ぶりメーカーだったレオナルト様に、俺は毎日ふりまわされている。

 すばらしく手厚い福利厚生をめいっぱい使い倒しているにも関わらず、今夜もまた、妖精にくっつかれては憐れまれている俺をみて、レオナルト様は上品な見た目で、遠慮なく爆笑するのであった。

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