【閑話】 エリオットの苦悩(エリオット目線)
私はエリオット。ルクセリオン国は、膨大で豊かな大地があるのに、この国では変に珍しい鉱石が取れてしまうので、思った以上に農家が少ない。
輸入に頼っていることもあるので、食料自給率は低いと言っていい。
交易が盛んなのはいいことなのだけれど、その分トラブルも多いので、兄のアルバートのような騎士団の存在は欠かせない。
将来国を治める兄上の補佐として、知力武力共に鍛えるように教育されてきた。
幼いころから剣術も魔術も学んだ結果、一番興味を持ったのは農業だった。
なぜなら遠征に連れて行ってもらったとき、この土地の魅力に気づいてしまったから。
森には手が付けられていない緑がまだ数多く残っていて、貴重な薬草も豊富にあると。
(薬草も多いし、土地も肥えてる……。しっかりと基盤さえ作れば、今後輸入に頼ることもない!民の生活はより安定し、安心に暮らせる……!)
だが、いざ農業を始めてみると、賛同してくれるものは誰もいなかった。
「農業?そんなことしなくても、輸入でどうとでもなるではありませんか。ルクセリオンは商業国家なのですよ」
たしかに貴族のほとんどが、外国との商売や、鉱石の加工、工業、服飾をメインに仕事をしている。
今、足りてるのだから。そう言って、目先の利益を捨て、大した金になるかもわからない
土をわざわざ耕してみようと思う者はどこにもいなかった。
(鉱石が掘れなくなったらどうする?近隣諸国との交易が途絶えたらーー?)
その時、真っ先に飢えてしまうのは、国民だ。
(今すぐには、大きな改革は行えずとも、できることをしよう)
そう思って始めた農業の勉強は、農業が盛んな国の資料を参考に、国民の知恵も借りつつ、どんどん進んでいった。
とはいえ、そこまで大規模なこともできないため、森で薬草を採取し、その効能を確かめることが増えていく。いつしか自分で薬や栄養剤を作ることができるようになった。
そんなある日、聖女が見つかった。
平和と安定を与えると言われる伝説の聖女。
たしかにミレイユはとても心根の優しい女性だったが……少々厄介なことが多い。
「住む場所がないのですね……おかわいそうに。そうだ、あそこで働かせてもらえばいいのではないですか?住み込みで!」
巡礼中に出会った聖女に助けを求める異国の怪しい一団の話を聞き、近くの縫製工場を勝手に紹介し始めたのだ。
「えっ?いや住み込みまではいいのです……ただ家を与えていただければ」
「働かざる者食うべからずでしょう?」
「えっえーっとですね、ミレイユ様。私たちはただ癒しが欲しいので……」
「さっき確か縫製職人の方がいらしたの。あ、ほら、そこに…!」
一団を率いる男は明らかに違う国の者なのに、流暢に言葉を話すことを、不思議にも思わない。
「ミレイユ様、お待ちください!」
そして私たちが止めるのも聞かずに、工場まで連れていきはじめたのだ。
「ミレイユ様、彼らの素性もわからない旅人です。勝手に住まわせることはできません」
「どうしてですか?ルクセリオン国が気に入ったと言っていましたよ。救いを求めるものは受け入れなければならないのでしょう?」
(ちゃんと説明したのに……)
通行証を持っていれば、商売をしながら、転々としているはずだ。住むにも手続きが必要なのは当たり前だし、簡単に住む場所が必要というはずがないのに。
聖女とわかってから、きちんと国の情勢について教えたが、ミレイユはちっとも理解することはなかった。
「マテオール」
「はっ」
護衛騎士としてついているマテオールを、小さく呼ぶと、すぐに陰から現れる。
「彼らを保護して調べてくれ。不法入国ならすぐに帰還の手続きを」
「かしこまりました」
結局不法入国だった彼は、正規のルートで国に送り返されることになった。
(結果的には、正さなくてはいけないことに突っ込むので、間違いではないのだが……!いろいろ遠回りが大きく、さらに問題が大きくなってしまうのはなぜだ?)
そもそも見つけた時から、怪しかったので聖女には近づけずに処理するように部下に手配していたのに、わざわざ遠くから「こんにちはぁ」と声をかけて、救いの声を聞き出しはじめた。
(孤児院育ちで昔から、分け与え合いながら育ってきた、慈愛の心を持つ聖女。それはわかるがーー、彼女が首を突っ込むと面倒事がとても増える……!)
=仕事が増えるということだ……!
それでも彼女の行動は結果的には間違ってない。正しい心で行われるのだから。
(欲を言うのもおかしなことか……聖女として祀り上げられた彼女はまだわからないことも多くて当たり前だ。周りがきちんとサポートしてやればいいことなのだし)
だけど、私がそばについていない時、ミレイユは攫われてしまった。
「も、申し訳ございません…!湖の水をアルバート殿下に飲ませてあげたいからと急がれてるところ、近道を知ってるという者にそのまま連れていかれてしまい……!」
(や、やられた……!)
人の善意しか信じてないミレイユは、そのまま疑うことも知らずについて行ったのだろう。
結果、聖女が何者かに誘拐されてしまう大事件に発展した。
私よりも近い位置にいた兄上が、ミレイユを見つけ出したと聞いた時は、心底ホッとした。
だが、同時に同行させていたマテオールの双子の弟、キリューから話を聞いて、血の気が引いた。
「ただの病に苦しむ村人だと……?」
族でもなんでもない、本当にミレイユに助けを求める人たちだったのだ。
「はい。ですがちょうど隣国との境目にある村で……。アルバート殿下は敵国が聖女を狙った!と怒り狂われております」
確かに、その地は明確な国境線でずっと議論が積み重ねられてるけれどもーー。
(いくら何でも、病人たちを置き去りにするなんて……!なにが聖女誘拐の罪だ……!それこそ兄上のしたことは、外交問題に繋がる!)
「すぐに出るぞ…!」
半日かけてついた村では、兄上たちが抵抗した村人を連れて行った跡があった。
子どもや病人、看病に疲れてる女性たちだけが、そこにいた。
(信じられない……!)
「今すぐ、助ける……‼動けるものは水をくんできてくれ…!」
キリュ―と共に看病にあたるも、薬が足りない。
(医療班が動かせれば……)
しかし、ろくなケガも見当たらないミレイユの治療に当たらされていて、こちらに呼ぶことも叶わない。
他の貴族に私が要請すれば、自ら外交問題を露呈することになる。
(誘拐された事実があるとはいえ、聖女が病人を救おうともせず、第一皇子は『なにもしない』というむごい罰を与える)
良くも悪くもどちらの国かわからない場所だ。
兄上のしたことは、国を守る者としても、褒められた行動ではない。
(隣国に知らせるか?いや、知らせたところできっと意味がなかったから、ミレイユに助けを求めたんだ……)
最後の薬を、病気で苦しんでいる兄弟、より症状の辛そうな弟に与える。
隣で自分も苦しいのに、10歳にも満たない兄は、弟の方を向いて「よかった。元気になるぞ」と弟の顔を撫でた。
(目の前の人を救えずとして、何が王族だ……!)
「大丈夫だ。私が必ず助ける」
兄に誓うと、コクンと頷いて、小さく私を信じるように笑った。
隣で同じく、病人の吐しゃ物を手際よく片づけるキリュ―を呼ぶ。
「私は薬草を取りに行く。重症化を防ぐ、時間稼ぎにはなるだろう。キリュ―は近隣領地の貴族に医師たちの要請を。一刻も早く、必ず救うぞ」
「……かしこまりました」
私の命令が、どういう意味を持つか、キリュ―はわかってる。
森へと立ち上がろうとしたその時、彼女たちがやってきた。
「私たちは国境を超える医師団です!」
といって、何も聞かずに治療にあたってくれた。
彼女たちのおかげで、村は清潔感を取り戻し、回復に向かっていった。
(お礼が言いたい……。なにもできなかった私をも助けてくれた彼女たちに)
手伝ってたくれた医師たちは、近隣の村や街から高い報酬で集められたらしい。
(雇用主はあの女性か)
甲高い声で指示していた彼女を探すと、村を去る直前だった。
「せめて名前をーーー」
「きっと、また会えますわ」
とびきり優しく、暖かい声だった。
深くフードをかぶっていて、顔すらも見えなかったのにーー。
聖女よりも、ずっと。私には聖女に見えたんだ。
(いったい、誰なんだ)
彼女のことが、知りたくなった。
だから驚いた。
兄上の王位継承の儀で、高く声を上品に張り上げる彼女に。
(待て……この声は、もしかして……)
兄上を追いかけまわしていたあの、レオナ・アストレア嬢が?
(まさか……、いやでも……)
聞けば聞くほど、彼女に似ている。
動けなくなっていたその時、記憶と同じ声が聞こえてきて確信した。
「ようやくあなたの隣に、堂々といられる」
(彼女だ)
「私と結婚しましょう。エリオット様!」
どうして気づかなかったんだろう。
兄上がミレイユのために、帝国統一をする中、なんども現れた『国境を超える〇〇団』。
彼らはその時その時でメンバーは違うものの、いつもミレイユと兄上に翻弄され、フォローをしないといけない私を助けてくれた。
彼女をもう一度見ることはなかったけれど、どこからか視線を感じることは何度もあった。
「追いましょうか?」
気にしていた私を見かねたキリュ―とマテオールが何度もそう聞いてきたっけ。
「いや、いい。出てこれない理由があるんだろう」
彼女が顔を見せてこないなら、会わないほうがきっといいーー。
求婚を終えて1時間後、家族……いや王族会議が始まった。
「父上も母上もどうかしています!あのレオナ・アストレアですよ⁉散々ミレイユを困らせてきた女です!」
断固反対するアルバートに、父上と母上は、でもぉと困ったように話してる。
「でもねえ、そうはいってもミレイユだって足りないところもあったでしょう?」
「それに、アストレア家との婚約は願ってもないことだ。今まで王家に嫁がずに、繁栄してきた根っからの商売の才覚もあるだろうし……」
(あの場で父上たちが返事をしたのだから、今さら覆すこともできないだろうに)
兄上はレオナ嬢をよく思っていないらしいが、どうでもいい。
(きっと、知らないところでミレイユ様がなにかやらかしたんだろう)
彼女は別室で待機してもらっている状態だ。
そろそろ兄上も、わかる頃だろうから早くこの場を収めるとしよう。
そして兄上たちが結婚すれば、仕事も増えるとわかっていた。
帝国統一を果たしたといえ、まだまだ片づけなければいけない問題は山積みだ。
結婚なんてする暇もない。
仮に、結婚したとしても、国を維持することが第一優先になり、申し訳なくも妻をないがしろにする生活になってしまうんだろう……などと思っていたが……。
まさか、こんな気持ちになるなんて。
(はやく会って話したい)
求婚する彼女が差し伸べた手を、迷いなくつかんだことを、彼女は気づいているだろうか。
エリオット、苦労人の上、社畜です!
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
次回は、ドキドキ初デートです!
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