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over again  作者: れもすけ
第八章
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~ グレイヴ ~



「あー……つっかれた!」

 白地に赤と黒で縫い取りを施した礼服のまま窓辺の絨毯にばったりと倒れ込み、ジェイルは腹の底から息をついた。兄の帰城を聞きつけ正門で出迎えたグレイヴは、金色の髪を踏まないようにその足元に腰を下ろす。

 王の名代でスウェンバック大公の葬儀に参列し、その後の始末を終えてきたジェイルは見るからにぐったりとしている。もともとの白い肌にくっきりと落ちた疲労の影が、グレイヴの胸を罪悪感で突き刺した。


「なにが疲れたって、あの書記室の小僧だよ。お供についてたガルムがいつの間にか近衛に出戻っちゃってたから、上司がいなくて暇なわけじゃない? ちょうどいいから小間使い代わりにしてたら、不満ありありで」

 書記室の、と聞いて思い出したのは、深い赤色の髪をした少年の姿だ。確かヤヨイの到着より数日前からスウェンバックにいたようだが、自分のことに手いっぱいでよく覚えていない。

 一足先にランドボルグへ向けて発つヤヨイに、なにかやたらとベタベタしていたことは記憶に新しいが。


「……僕にできることはみんなしてきた。後のことは、親父殿と兄上に任せておこうよ」

 形よい唇から静かに紡ぎ出された言葉に、グレイヴは顔を上げた。ジェイルの青白い瞼は伏せられたまま、まるで精巧な人形のような面立ちに息を飲んで見入る。

「君はよくやったよ。もう十分苦しんだ。アサヌマからも詳細な報告が来てるし、もうだれも君を疑ったり責めたりしない」

 ああ、解放されようとしている。グレイヴはうつむき、涙が出そうになるのをこらえた。

 同族の血で汚れた手を、ぎゅっとこする。近衛の証だった指輪の跡が残る右手。幅が広く、少し短い近衛の剣を置いたとき、はずした指輪。この仕事(・・)をやり遂げたら返上しようと決めていた職務。


 生きた叔父と最後に対峙したあの日、ガルムは血が滲むほど唇を噛み締め、己の激情を飲み込んで見守ってくれた。恋人の死の真相を知って最も復讐の刃を振るいたかったはずなのに、過去の清算より未来への布石に重きを見出して。

 そして策謀と誤解で離れた場所に自ら戻るために、グレイヴが脱いだ近衛の制服を羽織った。いまは兄のそばに控え、正式な下命を待っている。


 騎士団の空気がかわったことは、ほかならぬグレイヴ自身が帰城した折に肌で感じた。よそよそしくぎこちない彼らの態度は、自分たちが総長の手によって反王派の駒にされていたことを知って受けた衝撃を、うまく受け止められないせいだろう。

『外』から来る者が一度は自死の道を選んでいても、それがいまの彼らを排斥する理由にはならない。そのことに理解を示す者もあらわれ、動揺と混乱は静かに収束しつつある。無論、長年信じてきたものに背くことを拒み、騎士団を離れたものもあったが多くはなかった。


「ヤヨイはイゼのところにいるんだっけ」

 襟元をくつろげ、絨毯の上に寝そべったジェイルが見上げてくる。

「君は、これからどうするの?」

「……俺が聞きたい」

 立てた片膝に肘をつき、グレイヴはどこということもなく視線を彷徨わせた。

 いまもって王がアルガンダワへ行けと言うのなら、それに従う。ただ、それが方便だったことにはさすがにグレイヴも気づいていた。


 彼の地を根城にしていた反王派は、グレイヴを叔父の傀儡として王位を狙い、ことが成った暁には暗殺する計画だったという。

 つまり叔父が行動を起こす――王族籍を持ったままのグレイヴに、騎士団の声に押される形で叛旗を翻させる――前の段階でアルガンダワへ赴任するとしたら、それは王権派からの宣戦布告と彼らが受け取ることを、王は知っていたのだ。

 すべてが終わってしまったいま、本当にグレイヴがアルガンダワへ行く必要はないだろう。ましてヤヨイを伴ってなど。


 騎士団には長くいた。十五年には満たないが、それでも彼らを家族同然に思っていた。あの中のだれが叔父に与し、陰で舌を出していたかは知りたくない。知らないまま、離れてしまいたかった。

 思えば、周囲が少しずつどこかおかしくなっていくことを、自分でも感じていたのかもしれない。虚ろな瞳をしたヤヨイにあれほどまでに強く惹かれたのは、いつか同じものに取り込まれてしまいそうな予感が……自分にあったからではないだろうか。


(――馬鹿な……)

 堪えきれない自嘲は、ため息の振りをして吐き出した。

 後悔や悲しみで冷たく凍える胸に、ヤヨイを想うときだけ小さく火が灯る。胸の片隅から少しずつ沁み出すぬくもりは、やがて爪の先まで広がってグレイヴを優しく包んだ。

 いつか青白い部屋で盗み見た抜け殻のような娘の横顔が、記憶の中で咲き綻ぶ花のような微笑みを浮かべるのと、同じ速度で。


 スウェンバックでヤヨイと再会してから、既に八日が過ぎている。

 ディージズはジェイルの密偵と連絡を取りつつ遠回りをして時間を稼いだが、実はランドボルグとスウェンバックは馬を飛ばして二日の距離だ。任務を完遂したと報告する文書を王の近衛に託し、それを受け取った王がジェイルをスウェンバックに寄越すまでに五日。あの日――ヤヨイとの距離をかえた日の午後、到着したジェイルと入れ違いにスウェンバックを出発した。

 自分が殺した男の葬儀に平気な顔で参列する余力は、グレイヴの中のどこを探しても見つからなかった。


 ヤヨイを馬上に引き上げて鞍の前に座らせ、後ろから抱きしめるように手綱を繰っての帰途は、幸福感と虚しさがない交ぜになって胸が詰まった。細い身体を支えているように見せかけて、実は自分のほうこそ彼女に縋っていたのではないかと思う。

 疲れた。

 悩むのにも、苦しむのにも――ヤヨイの笑顔や仕草に、一喜一憂するのにも。

 叶った恋の甘さを噛みしめ、味わい、浸るのにも存外体力が必要だ。でもそれだけ彼女を想っている証でもあるし、きつく抱き返してくれた腕の感触を思い出せばどうということもない。

 いまだけだ。色々なことがありすぎて、少しだけ弱くなっている。こんな自分を見せずにすんだのだから、王の沙汰待ちという拷問のようなこの時間もありがたい。


 ふと見やると、心身ともにくたびれ果てた様子の兄は、いつの間にかお気に入りのクッションを抱えて小さく寝息を立てていた。




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