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over again  作者: れもすけ
第四章
21/48

3




「まったくもう、怒鳴らないでよねー。君みたいに年中大声出したり聞いたりしてないんだから」

 ジェイルは耳たぶを引っ張りながら恨めしげに言った。

 言われてみれば、キーンと耳鳴りがしている。応援団長の全力エールをアリーナ席で拝聴したくらいのダメージだ。大太鼓もドンドンと鳴っている。と思ったらそれは自分の心臓の音だった。


「つくづく単純な弟を持って幸せだよ、僕。どうでもいいところに食いついたときは、どうしようかと思っちゃったけど」

 と肩に頬がつくほど首をかしげるジェイルは、グレイブの反応をうかがっているようだった。ふっ、と力が抜けたグレイヴの腕がわずかに下がり、ヤヨイの髪がツンと引っ張られた。指輪に引っかかった、とすぐに気づく。


「お、まえ、わざと――」

 喘ぐようにうめいたグレイヴに、ジェイルは「はぁ?」と裏返った声を上げた。

「あたりまえでしょー? 君がどれだけ『外』がー『外』がー、ヤヨイがーヤヨイがーってうるさかったと思うのさ」

「うわっ、ジェイル!!」

 グレイヴの手があわただしくヤヨイの頭をつかみ、耳の位置を探してさまよう。だがジェイルのほうが早かった。


「ヤヨイ、グレイヴはずっと君のことが好きだったんだよ。不器用で顔が怖いからわかりにくいかもしれないけど、君が可愛くて仕方がないんだ」

 どうだ、と言わんばかりに胸を張るジェイル、ぱき、と凍りつくグレイヴ。


 ヤヨイはただ、「はあ……」と答えた。


「…………」

「…………」

「……え?」

 不自然な沈黙に声を低めると、グレイヴの腕がぱたりと落ちた。数拍の後、あらためて身体に巻きつく。


「……まぁ君がランドボルグに来てまだ十日やそこらだから、唐突に聞こえるかもしれないけどさ。ここから先はグレイヴに聞いてよね、僕そこまで親切じゃないから」

 口をすぼめて眉を上げ、ジェイルはヤヨイが物申す前に視線を天井に向けた。

「いいじゃない、『外』の人間が王族と結婚した例はないよ。こういうの、君たちは『玉の輿』っていうんでしょ? 興味ない? それとも、興味ないのはグレイヴのこと?」

 ん? と重ねて問われ、ヤヨイは息を吸い込んだ。そして吸い込んだまま飲み込んだ。

追いつかない。なんだろう、なにもかもが追いつかない。なにがなにに追いつかないかもわからない。


「ちょっともー、君ってほんとにお馬鹿さんだったのね。質問にはさっさと答えなよ。まあいいけど、僕は僕なりに解釈するから。だんまりさんに拒否権はないからね」

 なにか渋いものでも食べたような顔で、ジェイルは鼻に皺を寄せた。

「もういい? あとは親父殿の許可とるだけ? じゃあ聞いてみよう、その扉を開けたらきっと転がり出てくるよ。ねえ、親父殿?」

 と言いながら扉に大股で歩み寄ったジェイルは、礼儀も遠慮もない素早さで観音開きのドアを開け放った。たじろいだように息を飲むグレイヴの腕が緩み、その隙に振り返ると、横に飛びのいたジェイルの陰から数人の男性がよろめきながら出てくるところだった。


「お、王様――」


 目を丸くしたヤヨイに向かって、ジョージ・クルーニー似の王様はぴっと片手を上げた。

「おお、ヤヨイ。今日の愛らしさもまるで荒野に咲く野菊だな」

 エメラルドグリーンの瞳を輝かせ、背中に張りつく何人かのおじさんで肘を押しのけながら微笑む。本当にドアに耳をつけて盗み聞きをしていたようだ。しかも団体で。


「陛下はともかく、兄上までなにをなさってるんですか」

 あきれ返ったグレイヴの声。王様の左肩から覗いているのは、ロアード王子の揺ぎない無表情だ。だが青い瞳にかすかな動揺がうかがえるのは気のせいか。ロアード王子は無言のままおじさん団子から抜け出し、乱れた着衣をなおし始めた。


「ご機嫌うるわしゅう、陛下。お聞きのとおりですが、いかがです?」

 何事もなかったような表情で、ジェイルは早口に言った。そうしながらも伸び上がって室内を覗き込み、顔をしかめる。ヤヨイからはおじさん団子と身長差のためになにも見えなかったが、吹き出てくる風に少し生臭さを感じた。

 ……オージェルムのおじさんが十人も一室にこもっていると、生臭くなるのだろうか。嫌な新発見だ。


「いかがもなにも」

 むんと胸を張った王様は、添えられたグレイヴの腕ごとヤヨイの頭をつかんでぐらぐら揺すった。

「いまその話をしていたところだ。俺も孫ができる年だからな、そろそろ不肖の倅どもにも身を固めさせねばならん。――ふむ。らぶらぶダナ?」

 ふと王様は自分の手の下を覗くように屈み込み、ヤヨイとグレイヴを交互に見やった。


「はぁ、らぶらぶ……」

 困った。完全に意味不明だ、そんな単語知らない。ヒロからもらった辞書にそんなの載ってたっけ? ヤヨイは首をひねった。そして次の瞬間、くわっと目を見開いた。

 

 ――ラブラブっ!?


 ヤヨイは自分が、本当はいまのいままで気絶していたのではないかと思った。

 だってついさっきまで、タイプのまったくちがう綺麗系長髪兄弟のケンカをおろおろしながら見守っていたはずなのだ。なのに気づいたら突然目の前に王様がエラい人たちと転がり出てきて、ヤヨイの母国語で「ラブラブだな」なんて言っているのだから。夢、夢だとしか思えない。ジェイルに真性おバカ認定されたのも夢にちがいない。


 だが団扇のように大きな手で頬をつままれ、「長男の嫁は(とう)が立っていていかん、娘にするなら十代に限る」と満足げに微笑まれるに至り、ヤヨイは受け入れざるを得ない現実に目の前が暗くなった。

 下瞼がひくりとふるえ、そっと視線を巡らせば、思案げに遠くを見つめるジェイル、無表情ながらも目元をやわらげるロアード、お地蔵さん、温水洋一、教頭先生、係長などなどヤヨイが勝手にあだ名をつけていたエラい人たちの、ゆるぅい笑顔。

 そしてあまりに自然にそこにあって意識すらしていなかった、眼球から約五センチ先に見える、紺色の上着。


「……っぃぁぁあぁぁっ!!」


 思い切り悲鳴を上げたはずなのに、まるで寝言で叫ぶように咽喉が詰まってか細い声になっていた。

いっそ夢ならよかったのにと性懲りもなく考えながら跳んで離れようとしたが、ボタンに引っかかった前髪のせいでかなわない。それに気づいたグレイヴが、ぎこちなく腕をといて髪をはずしてくれた。だがその手は間髪入れずに、逃げようとするヤヨイの肩をがしっとつかんだ。

 後ろからおじさんたちの生ぬるい視線を背中に浴びて、ヤヨイは窓から飛び降りたくなった。目測でも横幅が狭すぎて、お尻がつかえそうだったのでやめた。あのときはあんなに周到に準備して決行したけど、身投げってほんとは発作的にやるものなんだ! と笑えないことを考える。


「なかなかの出来だったでしょ? おじさん好みで」

 心底嫌そうな口調に涙の滲む目を上げると、ジェイルが辟易とした顔でこちらを見ていた。間違いない、あれは臆面もなく教室でイチャつくカップルに同級生たちが向けていた眼差し。反してやけにハイテンションな王様は、歌のような抑揚をつけた嫌味を次男坊に放る。

「三文芝居だな。鼻をほじる程度には暇がつぶせた。かなり危なかったが、寸前で間に合ったぞ」

「それは重畳。できれば事前通達してほしかったですけど」

 ジェイルは軽く肩をすくめ、グレイヴはヤヨイの肩をぐっと握った。ヤヨイは廊下に突っ立って、理解不能な会話を右から左へ聞き流し、うつむいたまま呆然としていた。偉い人であるはずのおじさんたちは、口々に同意の言葉を述べている。


(……なんなの!?)

 パニックだった。なにが起きたのかよくわらないけど、ヤヨイの意見などだれも聞いてくれていないことだけはわかる。


 ドン、とドアを叩く音に顔を振り上げると、王様が分厚いドアに肘をついてもたれていた。濁りのない輝く瞳は、ヤヨイでなくグレイヴの姿を映している。

「幸いロアードが娘を産ませた女は、将来王妃になってやってもかまわんと言っている。近衛の編成もしなおさねばならんし、この際だからおまえはアルガンダワの領主にでも落ち着くがいい」

「しかし父上――」

 グレイヴが反論しようと声を上げるのを、王様は顎先を上げただけで制した。

「近々、おまえたちを王族籍からはずし、正式に臣籍を与える。慣例どおり一代大公を名乗り、地方の政に精を出せ。といってもまだ数ヶ月は先だがな」

 嬉しかろう、と唇の端を吊り上げる王様の言葉にグレイヴは無言だったが、肩をつかむ手は緩まなかった。


 王様は不意にエメラルドグリーンの目をいっぱいに瞠り、ヤヨイに豪快な笑みを見せた。

「ヤヨイ、本当の父と娘になれるな。産むなら女だ、男はいらんぞ!」

 返事どころかうなずくことすらできなかった。


 よくないことが起きている。とてつもなくよくないことが、またしても自分の与り知らぬところで、いや目の前で起きている。ヤヨイはこれまでとちがう、不吉で大音量の動悸に心臓発作で死ぬのではないかと思った。どうしよう、AEDの使い方わからないッ! と我ながらつっこみどころ満載なことを考える。


 腕組みして立つジェイルは身じろぎもせず、部屋の奥に引っ込む王様に向かって声をかけた。

「親父殿、僕はまだもう少しランドボルグで厄介になりたいんですけど?」

「好きにしろ。グレイヴ、入れ!」

 大声で呼ばわれ、グレイヴはびしっと背筋を伸ばして踵を打ち合わせ、短く答える。

「はっ!」

 そしてヤヨイの肩は重石を失い、戸惑いの勝った紺色の瞳が一瞬だけヤヨイをとらえた。

 グレイヴは口元に拳をあて、頼りなく眉尻を下げた顔を真っ赤にしていた。





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