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Dithyramb 2.0 part 4

 アビスの背後に、二対の光の輪が現れた。渦巻く輪の内側は真っ黒で、何処かへとつながっている穴のようである。


「──Bhargo devasya dhimahi」


 アビスが呟くや否や、ずるりと穴から巨大な鉄腕が這い出した。肌は青く、所々に菩提樹の実をあしらった装身具を付け、その手に三叉の槍を携えている。


「マントラに青銅四臂のアウゴエイデス。異教の疑神かよ」


 酒の神がアビスの召喚した腕を指して、アウゴエイデスと呼んだ。

 聞きなれぬ言葉に、私は首をひねった。記憶が確かならば、アビスが異界に格納している神としての身体を、ルル・ベルは高位なる自己(ハイアーエゴ)と呼んでいたように思う。相手の力量に応じてハイアーエゴの身体の一部、または全部を異界から呼び出し、手足として使役するのがアビスの戦闘スタイルである。つまり今回の相手は、腕二本で事足りると判断したのだろうか。

 酒の神が、轟雷を具して剛腕を振り下ろした。負けじとアビスが青銅の腕で受け止める。

 両者が昂っていることが傍目にも分かる反面、急に緊張が解けていった。神の意識が私からアビスへと移ったためだ。

 疑神開発はエネルギー問題に端を発する──とルル・ベルから説明を受けたことを、私は神々の争いを他所にぼんやりと思い出した。


 *


 随分と前のことだ。


「疑神開発はエネルギー問題に端を発する。もちろん化石燃料や電気のことではなく、魔法の伝導率に関する命題だ」


 ルル・ベルが小さな火を生み出し、蝋燭に灯した。暗がりの部屋に陰影が生まれる。


「神や悪魔と契約することによって、人という低次の存在は、その肉体機能を超える魔法という力の行使が可能となる。ただし力を借りるわけだから、契約以上のことはできないし、呪文を唱えたり図像を描いたりして力の貸主に申請し、承認されて初めて魔法の行使が許される」

「許認可制とは、オカミかヤクザみたいだな」

「然り」


 私の余計な比喩を、ルル・ベルが意外にも肯定した。ルル・ベルの立場から見ても、為政者だろうが反社会的組織だろうが似たようなものに映るのだろう。


「政府の入札にしても、破落戸が卸す薬物にしても、中抜きなりマージンなり発生する。どっちもモンキービジネスだ」

「エネルギー問題の話じゃなかったのか」


 アビスが珍しく話題を戻すように、合いの手を入れた。


「例え話さ」

「何の?」

「魔法の伝導率の、だよ」


 私とアビスに向けて、ルル・ベルが教鞭を振るうように人差し指を立てた。

 往々にして神や悪魔は、人々が住むこの世界とは異なる次元に存在している。別の世界から別の世界へ、次元の壁を越えて契約は履行され、魔法として行使される。


「この一連の流れ、大変に効率がよろしくない、ってことは想像に難くないよね?」


 私を凝視するルル・ベルに、おうだかああだかと胡乱に返事をした。電気抵抗や摩擦などのイメージが、頭の片隅に過る。


「ただでさえエネルギーなんてものは、安定供給が難しいんだ。魔法だって最終的に行使するまでに、その大部分の力が露と消える」

「悪魔ならまだしも、神が力を貸さないというのか?」


 私の疑問に、ルル・ベルとアビスが驚いたような顔をした。


「マツキヨ。オマエさん、神なんぞ信じてるのかい? アイツラ悪魔よりも性質が悪いぞ」

「そもそも契約なんてもんは、立場の弱い人間が不利になるように締結される。意外と初心うぶなんだな、マツキヨは」

「下手に関わると、ケツの毛まで毟られるぞ。信じる者は何とやら、だ」


 ふんす──と、ルル・ベルが鼻を鳴らした。


「まぁ、神との直接契約なんざ、普通はできないもんだ。たいがい眷属を間に挟むことになる。人と神では、いかんせん格というものが段違いだ。人間の格に見合った眷属が、その序列の中から推挙される。仮に神がイイ奴だったとしても、ド畜生な眷属がちょろまかしたりする」

「いや、さすがにそれは契約の不履行だから分かるだろ」

「マツキヨや。オマエさんは、超越者と交わす契約の文言を理解できると言うのかえ? 理解した上で交渉が可能だと? 出来るならばさっさと医療の真似事なんぞから足を洗って、どこぞの大国の法務機関にでも転職した方が良い。引く手数多だろうさ」


 婉曲なルル・ベルの嫌味に、私は苦虫を嚙み潰したような顔をした。底意地の悪いルル・ベルは、隙あらばこうして余人を──特に私を小馬鹿にして悦ぶのだ。

 嗜虐的で粘着質なルル・ベルの視線から逃げるように、私はアビスに水を向けた。


「伝導率の話だろ。話がそれてんぞ」

「いかにも。不誠実な契約履行もそうだが、実はそれ以上に厄介なことがある。アッチからコッチに力を持ってくるコストが尋常ではないんだ」

「アッチからコッチ?」

「アッチってのは、例えば神の住まう神域だったり、悪魔の根城の地獄だったり。彼岸でも幽世でも、好きなように呼べば良いさ。コッチは、オマエさんが住むこの世界。此岸でも現世でも、好きなように──」


 つまり隔たった世界を超えて魔法という力を抽出する場合、その大半が失われてしまうということだろうかと、ルル・ベルの説明半ばで聞くことを止めた私は、勝手に結論を想像した。

 するとルル・ベルが、私の考えを読んだかのように、その通りとこれまた勝手に首肯した。私の推測も、当たらずも遠からずなのかもしれない。


「有難がって拝んじゃいるが、その実、重課税された上に、混ぜ物されたガソリンみたいなもんを掴まされているんさね」


 正しいのか判然としないルル・ベルの例えに、私は形ばかりに頷いた。人単独では成し得ぬから神秘なのであり、程度の差こそあれ魔法として機能する以上、誰しもがやむなしと諦め、黙って契約内容に同意しているのやも知れぬ。

 よく分からぬ遣る瀬無さを覚えた私は、紙巻煙草に火をつけ、紫煙を深く吸い込んだ。


「そんなだから疑神が開発されたのか」


 正解とでも言わんばかりに、ルル・ベルが笑った。

 そして私に向かって手を伸ばした。紙巻を無心しているのだ。


「勉強代だよ」

「マツキヨ。俺にも」

「ご利益があるんだろうな?」


 笑う悪魔の恩恵を期待して、ルル・ベルとアビスに煙草を差し出した。


 *


 想起していた過去から立ち返ってみれば、アビスが天高く三叉の槍──トリシューラを掲げていた。がらがらと天が荒れ、風が巻き起こる。


「違う雲の下に生まれたってだけじゃねぇか」


 アビスが酷く邪な笑みを浮かべた。

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