田舎育ちの勇者が王様にタメ口きいたら、ブチ切れた王様が襲いかかってきた
魔王からの宣戦布告を受け、王の間はまるでお通夜のような空気になっていた。
国王フィリップは国民にはとても見せられない沈んだ表情を浮かべている。
「よもや我が国もこれまで……魔族に白旗を上げる他ないのだろうか……」
しかし、大臣のロダンが主君に告げる。
「まだ希望はございます……“勇者”です。勇者レイスに全てを託すのです」
「勇者レイス……。地方の村で生まれ、数々の武勲を挙げ、“勇者”と呼ばれるようになった少年とか」
「はい。彼ならば、魔族や魔王に対抗し、それを打ち倒すことも不可能ではありませぬ」
「おぬしがそこまで言うのならば……よかろう、会ってみよう!」
***
勇者レイスが王の間に通される。
年齢は16歳。剣や鎧を装備し、身なりは勇ましいが、まだあどけなさの残る少年であった。
冠をつけ、逞しい髭を生やしたフィリップが、国王として威厳のある口調で言う。
「よく来てくれた、勇者よ。余が国王フィリップである」
すると、レイスは目を輝かせ――
「へえ~、おっちゃんが王か! オイラはレイスってんだ! よろしくな!」
いきなりのタメ口。まるで礼儀がなっていない。
ロダンがたしなめる。
「勇者よ、陛下になんという口の利き方――」
「えぇ~? 別にいいじゃん。オイラ堅苦しいの苦手だし」
ロダンは慌てて振り返る。
「申し訳ありません、陛下。なにしろこの者は王都に来るのも初めてでして……」
直後、彼の顔は凍り付いた。
フィリップの顔面は血管が浮かび上がり、真っ赤なメロンといった形相となっていた。
「陛下……!?」
「うわっ、顔怖っ!」
怒りに震えながら、フィリップがレイスに言う。
「余にタメ口を叩くとは……なんという無礼者。しかし、今すぐ謝れば……許してやってもよいぞ……!」
これにレイスはあっけらかんと答える。
「へ? なんでオイラが謝らなきゃならねーの?」
完全に火に油を注いでしまった。
「ク、ククク……余は、余は……給仕に料理をブチまけられても、衣服に泥をつけられても、玉座に音のなるクッションが仕掛けてあっても、大抵のことは許してしまう。だがな……」
王の両目は血走っていた。
「今日会ったばかりの小僧にタメ口をきかれることだけは許せんのだぁぁぁぁぁっ!!!」
マントと上半身の服を脱ぎ去り、半裸となるフィリップ。
齢60とは思えない見事な肉体が備わっていた。
「オオオオオオオオ……!」
口から呼吸音を発するフィリップを見て、ロダンがすかさず解説する。
「あ、あれは王者の呼吸ッ!」
「なんだそれ?」
「陛下の鍛え抜かれた肺機能だからこそ可能な呼吸法だッ!」
フィリップの肉体がパンプアップしていく。僧帽筋が、胸筋が、上腕筋が、倍以上に膨れ上がる。むろん、下半身も強化されているだろう。
王者の呼吸により、大量の酸素が取り込まれ、肉体が活性化したのだ。
フィリップはレイスを睨みつけながら言う。
「勇者よ、この城を貴様の墓場にしてくれようぞ!」
王が消えた。
一瞬にしてレイスの後ろに回り込んだ。
「危ないッ!」ロダンが叫ぶ。
爆発のような音。
城が揺れる。
悲鳴が上がる。
フィリップのハンマーパンチが床に巨大なクレーターを作っていた。
「……む、外したか」
「あっぶねえ……」
レイスはかろうじてかわしていた。
「よくかわしたな、勇者よ……」
「おっちゃん、オイラを殺すつもりか!」
「ああ……そのつもりだ」
首関節を鳴らしながら笑うフィリップにレイスが剣を構える。
「だったらオイラもそのつもりでやってやる!」
「フフ……いい殺気だ。来るがよい」
レイスが剣で斬りかかる。
竜の牙で作られたとされる、勇者にしか扱えない「ドラゴンソード」が王の肩口にヒットする。
「陛下ッ!」
叫ぶロダンだが、フィリップの肩には傷一つついていなかった。
「オイラの剣が通じない……!?」
「猿芝居をしおって。勇者よ、手抜きはよくないぞ」
「え……?」
「余が見抜けていないと思っているのか。勇者、貴様は“剣を持たない方が強い”と」
「……!」
ギクリとするレイス。
「剣を持っている貴様は、それこそ竜が爪も牙も尻尾も使わず、スプーンか何かで戦うようなものだ」
レイスにとって素手ではなく、剣で戦うのはまさしく“手抜き”だったのだ。
「分かった……オイラも本気でやるよ、おっちゃん!」
レイスがドラゴンソードを床に捨てた。その瞬間、レイスの威圧感が増す。まるで一回り巨大化したような――
フィリップもまた、気合を入れる。
「ならば余も……王羅開放ッ!」
王の全身から銀色の光が放たれる。
勇者は剣を捨て、王はオーラを放った。ここからが第二ラウンド――
「行くぞおっちゃん!」
「来いッ!」
レイスの右拳が、フィリップの腹に炸裂する。
拳がめり込み、「ぐはぁ」とうめき声をあげる王。
「まだまだまだァ!!!」
勇者のラッシュ。一撃一撃が大砲を遥かに上回る威力。殴られっぱなしになる王。
だが――
「甘いッ!」
アッパーカットでレイスを打ち上げる。天井に打ち付けられたレイスが床に激突し、再び天井までバウンドするほどの威力。
二人は止まらない。
王の間を思う存分飛び回り、激しい攻防を繰り広げる。
フィリップのハイキックが命中。
レイスの頭突きが炸裂。
フィリップの左ストレートがレイスを吹き飛ばす。
レイスのエルボーがめり込む。
「王羅砲!」
フィリップが右手から放ったエネルギー砲を、レイスも負けじと受け止める。
「へへ……すげえなおっちゃん!」
「貴様もな!」
ここでロダンが二人に叫ぶ。
「二人とも、おやめくださいッ! このままでは城が壊れてしまいます!」
戦いを止める二人。
「確かにその通りだ……。王として城を壊すのは避けねばならん」
「どうする? おっちゃん」
「勇者よ、飛べるか?」
「もちろん!」
「よし、場所を移すぞ! 決着は天でつけるッ!」
フィリップが飛んだ。レイスも飛んだ。天井を突き抜け、二人は瞬く間に雲の上へと飛んでいってしまう。
「わ、私も……!」
ロダンも飛行能力で追おうとするが、侍女に止められてしまう。
「あとはもうあの二人の戦いです。邪魔はしない方がよいかと」
「うむ……そうだな」
王と勇者――どちらが勝つのか、もはや大臣にも分からなかった。
***
雲の上にたどり着いた二人。
フィリップがレイスに質問を投げかける。
「勇者よ、王と神はどちらが偉いと思う?」
「えぇと……そりゃあ神様だろ?」
「うむ、正解だ。並みの王ならば神よりもランクは下だ」フィリップの目がギラリと光る。「だが、余は違う!」
右手を掲げるフィリップ。
「余は神をも従える! 神よ、来い!」
フィリップに呼ばれ、老人の姿をした神が彼のそばにひざまずいた。
「神でございます。お呼びでしょうか、フィリップ様」
「これより勇者と戦う。お前の力を余に貸せ」
「仰せのままに……」
神は自らのパワーを王に授けた。
「うおおおおおおっ!!!」
フィリップの体が今度は黄金に光り輝く。
「これが……神・王羅!」
「すげえ……!」
「さて、第三ラウンドといこうか? 勇者ッ!」
黄金の光を纏ったフィリップが襲いかかる。
地上から数千メートルの地点で、両者の拳が音を越えた速度でぶつかり合う。
「ぬおおおおおおおお!」
「でやあああああああ!」
壮絶な殴り合い。
激突のたび、衝撃波が飛び散る。
大気が揺れ、雲が弾け、雷鳴が轟く。
流血しながら、二人は笑っていた。
しかし、拳は決め手にならない。
ならばとフィリップが距離を取る。
「ゆくぞ……神・王羅砲!」
両手から光の奔流が放たれる。
大陸を丸ごと消し飛ばすほどの威力である。
しかし、勇者は――
「だああああああっ!」
拳でそれを弾き飛ばした。
「なるほどな……」
ニヤリと笑うフィリップ。
「やはり、神の力など不純物にしかならんか」
神の力を捨て、神に返す。
フィリップにとって、神の力は足枷にしかならなかった。
神は役に立てなかったことを恥じて土下座している。いや、雲の上でやっているので雲下座だろうか。
「ならば……本気を出そう!」
「すげえや、おっちゃん……まだ本気じゃなかったのか!」
「王とはそういうものだ。頂点に君臨する者として、そうやすやすと本気など出せぬ。だが――好敵手が現れたのならば話は別ッ!」
再び王者の呼吸。
「オオオオオ……カァッ!!!」
フィリップがついに全身からプラチナ色の光を出す。
ひとたび吹き荒れればこの惑星を一瞬で消滅させるほどのオーラを、巧みに制御している。
これこそまさに真・王羅!
そして、両手にエネルギーを溜め始める。
「すっげえパワーだ……!」
「勇者よ、全宇宙を10度は消滅させられる余の奥義……受ける覚悟はあるか?」
「あるっ!」
「よくぞ申した!」
王が最大の技を放つ。
「真・王羅砲!!!」
あまりにも純粋な力の塊が、凝縮され、閃光となって放たれる。
宇宙を10度消滅可能なエネルギーが勇者一人だけを滅ぼすよう向かっていく。
レイスはそれを正面から受け止める。
「ぐうっ!」
「よくぞ受け止めた! だが、それだけでは余の奥義を破ったことにはならぬ! はねのけなければ魂ごと存在が滅し、永久に“無”を漂うことになろう!」
決死の形相のレイス。
「うう……うおおおおっ!」
受け止めた両手が軋む。心が折れそうになる。
「勇者よ、貴様はその程度か! 故郷で貴様を待つ者達もガッカリすることであろう!」
「……!」
レイスは思い出す。
田舎に残している両親を――
幼馴染の少女を――
友を――
村人達を――
今までに出会った人々を――!
「オイラは……オイラは……生きて帰るんだぁぁぁぁぁっ!!!」
レイスは見事、真・王羅砲を受け止め切った。
だが――
「うう……」
受け止めるのが精一杯だった。
力尽きて、地上に落ちる。
それをフィリップは優しく受け止めたのだった。
「勇者よ、よくやった」
「あ……」
「あの奥義を受け止めたということは、貴様は余と対等……タメ口をきいてもよいぞ」
「いいえ……王様」
フィリップが「王様」という言葉に驚く。
「オイラ……王様の強さがよく分かりました。礼儀を守ることの大切さも……だからオイラ、ちゃんと敬語で話します! まだ慣れないけど……」
「そうか……では地上に戻ろうぞ、勇者よ!」
「はいっ!」
こうして勇者のタメ口をきっかけに始まった超決戦は終わりを告げた……。
***
フィリップが玉座に座る。
「では改めてやり直そう。勇者よ、余が国王フィリップである」
「オイラは勇者レイスです! えぇと……陛下!」
礼儀を身につけたレイスに、フィリップも嬉しそうにうなずく。
敬語を使われるのが嬉しいのではない。勇者という好敵手に出会い、その彼が成長したことが嬉しいのだ。
「さっそくだが、勇者よ。おぬしの力を借りたい。魔王を――」
「そのことなんですが……陛下」大臣のロダンが割り込んできた。
「なんだ?」
「魔王は……先ほど白旗を上げてきました」
「なぜだ!?」
完
何かありましたら感想等頂けると嬉しいです。