第七十八話 永禄の変 その3 丹波失陥、義昭脱走
三好義継による将軍殺害事件、のちに言う永禄の変の影響は、しかし、畿内の勢力均衡という観点からすると限定的なものに留まった。
紀伊に逼塞する安見宗房は「天下諸侍御主」の弑逆であるとして、上杉謙信に書状を発し、謙信もまた「三好・松永らの首を悉く刎ねるべし」と神仏に誓って見せたが、実際のところ、彼らが兵を動かすことは無かった。
唯一はっきりと軍事的な行動を起こしたのは、丹波の赤鬼、赤井直正である。
とはいえ、赤井氏は宗勝による丹波攻略以来の宿敵であり、三好家から見ればもとより純然たる抵抗勢力である。離反というより、機を見ての再起といったほうが正しい。
加えて直正は義輝の母系である近衛家の血縁であり、挙兵には大義があった。
混乱に乗じて丹波天田郡の横井城(福知山城の前身)を攻囲した赤井直正に対し、丹波守護代の内藤宗勝(長頼)は即座に兵を率いて鎮圧に乗り出した。
「兄者に急使を走らせよ! 兵が足らん、国人たちも意図がわからず混乱しておる! 兵でも声明でも、なんでもいいからさっさと寄越せと!」
宗勝はそれでも、出撃せぬわけにはいかなかった。
赤井勢が城を囲むのを傍観していては、丹波の国人衆は雪崩をうって三好から離れてしまうだろう。
寡兵であっても後詰に向かうほかない。
幸い、赤井勢もまだ大兵力といえるほどには至っていない。
迅速に兵を動かし、横井城を囲んでいるうちに横撃を加え、勢力拡大を食い止めておけば、中央からの援軍を待って殲滅できるはずであった。
宗勝は即時に率兵、丹波の険路を北上する。
「……霧が濃いな」
丹波太郎山を進軍中、濃霧が宗勝の軍を包んだ。
時期は六月の末、梅雨の季節である。
たちまち視界が塞がれ、宗勝は隘路に立ち往生することになる。
「早く山道を抜けよ。横井城は目と鼻の先ぞ」
隘路に、濃霧。
宗勝の脳裏に、嫌な記憶がよみがえる。
義父・内藤国貞が討ち死にした際も、このような濃霧の中での戦であった。
そして、その悪い予感は的中する。
前方から法螺が聞こえた。
「敵襲! 敵襲――ッ!」
横井城を攻囲中のはずの赤井勢が、霧の発生を見て先制攻撃におよんだのである。
横井城の包囲をいったん解いたのか、それとも予想をはるかに上回る速度で攻城戦を展開し、すでに横井城は落とされたのか。
いずれにせよ、赤井直正の用兵は驚くべきものであった。
味方は隘路を縦長の陣形で進軍中、濃霧のため行軍速度は出せず、前方から敵襲。はっきり最悪の状況である。
しかし宗勝は、山間に盆地が点在する陸の群島がごとき丹波の地で歴戦を積んだ勇将であった。
声を張り、兵卒を鼓舞する。
「うろたえるな! 隘路なれば、敵も大軍は展開できん! 勇戦しつつじわりと退けば、崩れはせん!」
冷静かつ、勇気ある采配であった。
しかし、戦場にあって、誰もが冷静で勇気あるわけではない。
特に、政変のさなかにあっては。
後方から使い番が駆けてくる。
馬から転げ落ちるように降りた武者は、悲鳴を上げるように報せを告げた。
「後軍の波多野氏、ご謀反! 退路が塞がれておりまする!」
宗勝は天を仰いだ。
空は見えない。
ただ乳白色の霧が、あたり一面を覆っていた。
「……すまん、兄者。おれはここまでのようだ」
内藤宗勝、丹波にて横死。
赤井直正はこの勝利をてこに勢力を拡張、丹波半国を得る。
ここに三好家は丹波の支配権を失った。
そしてもうひとつ事件があった。
事件が起こったのは大和国、興福寺一乗院である。
興福寺を訪れた久秀に、僧形の貴人が問う。
「霜台殿、私も殺されるのでしょうか?」
問うたのは、一乗院門跡・覚慶である。
将軍義輝の実弟であり、義輝と同じく慶寿院の腹から生まれた同母弟。
つまり、義輝が早世した場合の将軍職継承権、第一位の人物であった。
興福寺には、すでに京で将軍義輝ならびに慶寿院、小侍従局が討たれたという報せがもたらされている。
久秀もその報せを受け、釈明のために興福寺を訪れていた。
「そんなことは絶対にない。あんたの身の安全は、おれが請け負う」
久秀はそう答えながら、不安に駆られていた。
将軍義輝の殺害、そんな計画は息子の久通から一言も聞かされていない。
しかし、あり得ないことだとは言い切れなかった。
久通と義継の急速な接近を、久秀自身、どこか危険に感じていたこともたしかである。
それでも、まさか将軍の殺害とは。
行動の段階が、ひとつもふたつも飛躍しすぎている。
いや、自分が老いたせいだろうか?
常識的な思考に慣れすぎて、若い者たちがどのような考えで行動を起こすのか、読み切れなくなってきているのか。
そんなことを考えながら堂内を歩いていると、暗がりから声をかけられた。
「松永殿」
聞き覚えのある声である。
「何者か」
腰の村正に手をかけながら、そう問う。
声の主はあっさりと姿を現した。
「妻木三郎にござる」
「……妻木三郎。おお、あのときの! 生きておったか」
久秀は一転、笑顔を浮かべ、親しげに話しかける。
しかし、手は刀にかかったままである。
「根来衆の監視、予想を超えて厳しく、抜け出せずにおるうちに、戦となりましてございまする。面目次第もございませぬ」
「そうであったか。今はどうしておられる?」
「さる武家に仕官してござる。今は明智十兵衛と名乗っておりまする」
光秀がそう言って丸腰であることを示すと、久秀はようやく刀から手を離した。
久秀は光秀の顔をのぞき込んで言う。
「ふむ。あのときとはずいぶん、人相が変わったな」
「ほう、いかように?」
「自信を得たようだ。名乗りに力がある」
聞いて、光秀は笑った。
「あっはは、さすが霜台殿。たしかに今かつての己を振り返ってみれば、あの頃の私はひどく怯えていたように思います」
「そういうものだ。龍は雲を得てはじめて龍となる。稀代の英傑も拠って立つところを失えば凡夫に落ちる。凡夫に見える者も欠けていた何かを得て一挙に才が開花することがある」
光秀は一瞬、視線をどこかに泳がせてから、あらためて久秀に向き直り、威儀を正して頭を下げた。
「……いや、お会いできてよかった。もとより期待されておらぬものと思いつつも、何のご報告もせぬままでおるのは心苦しかったゆえ、胸のつかえが取れたような気分です」
そのしぐさに、久秀はわずかに奇妙なものを感じつつも、うなずいて言う。
「うむ。おれで何か力になれそうなことがあれば、いつでも来てくれ。乗れそうなら相談に乗ろう」
「次にお会いするときは、霜台殿からご相談を受ける立場になっておるやもしれませんよ」
「かもしれんな」
そうして、光秀は去った。
去ってから、久秀は違和感に気づく。
あの男、なぜ興福寺にいた?
おれに挨拶をするために来たわけではあるまい。
なぜ仕えている主君の名を隠した?
まさか……
久秀は背筋に冷たいものが走るのを感じ、覚慶の居室に駆け戻る。
果たして、覚慶は消えていた。
久秀が覚慶の脱出に気づいたそのころ、すでに覚慶は興福寺の寺域を出ている。
覚慶を抱えて走るのは奉公衆・米田求政。
先頭には細川藤孝が、示し合わせた合流地点である佐保川を目指す。
一乗院は興福寺の北西端である。
気づかれずに脱出さえしてしまえば、夜陰に紛れるのは容易であった。
佐保川の川沿いで、藤孝らは灯火を消したまま仲間の合流を待つ。
やがて、人影がひとつ、近づいてくる。
人影は約二十歩の距離で立ち止まり、歌を口ずさんだ。
「佐保河の小石ふみ渡りぬばたまの」
藤孝は闇の中で微笑を浮かべ、下の句を返す。
「黒馬の来る夜は年にもあらぬか」
万葉集、大伴郎女が詠んだ歌である。佐保川を天の川にたとえ、小石を橋に川を渡って会いに来てほしいという恋歌であった。
果たして、人影は近づき、顔があらわになる。
明智十兵衛光秀である。
「明智殿、松永弾正の足止め、見事でした。まさかかの御仁とお知り合いとは」
藤孝が光秀の肩を抱いて言う。
光秀は笑って返す。
「妙な因縁にござる。しかし、無事に脱出できたようでなにより」
光秀が奉公衆に召し抱えられて以来、このふたりはまるで水魚の交わりのように肝胆相照らす仲となった。
卑賎の出であるにもかかわらず無数の歌を諳んじる光秀に、藤孝がまず心酔し、なんの衒いもなくその教養を手ほどきする藤孝の無邪気さに、次いで光秀が惚れたのである。
今回の覚慶奪還作戦にあたっても、藤孝は実行部隊として、まず光秀を帯同することを望んだ。
仲間が増えたことでやや安心したのか、覚慶が藤孝に問う。
「こ、これからどうする?」
「そうですな、道は二つ。このまま川を下り、堺に出る道。あるいは川を渡って北上し、京へ出る道。いずれも出る先は三好の重要拠点にて、正念場はここからにございまする」
その藤孝の言葉に、光秀が意見する。
「第三の道があります」
「ほう、どんな?」
藤孝に聞かれて、光秀は声を低くして答える。
「佐保川沿いをこのまま遡上すれば、灯火無しで平城宮跡までたどり着けまする。そのあとは木津川を遡上して、笠置街道を抜ければ伊賀、甲賀には旧知の者がおりまする」
「伊賀か。旧知の者とは?」
「伊賀の仁木義政に、甲賀の和田惟正。いずれも六角氏の衰勢に不満を抱えておる者どもにございますれば、奉公衆への登用を持ち掛ければ一も二もなく協力するでしょう」
光秀の提案は、魅力的なものに思えた。
何より奈良を出てしまえば三好氏の領地を通過しなくていいというのが大きい。
藤孝もこの案を推した。
「それがよい。甲賀まで行けば、松永もさすがに追ってはこれまい」
こうして、一乗院門跡覚慶、のちの足利義昭は、大和を脱出したのである。




