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第七十二話 義継

 義興の葬礼は京都大徳寺(だいとくじ)にて、長慶の帰依する禅師大林(だいりん)宗套そうとうと大徳寺紫衣衆(しえしゅう)がその一切を取り仕切った。


 葬儀が盛大に営まれる中、長慶および三好家の重臣たちは一堂に会し、内議に及ぶ。議題は当然、義興亡き後の三好家当主選任である。


 列席するのは長慶以下、三好本宗家の家老として三好長逸、松永久秀、三好宗渭。長慶の実弟、安宅冬康。阿波三好家より篠原長房、三好咲岩。


 一族の長老として、長逸がまず継承順位を示した。


「慣例から言えば、前当主嫡子が第一位となるが、幼年におわす。次位はすでに阿波三好家を継承されておられる、千鶴丸せんつるまる殿(長治ながはる)であるが」


 これに篠原長房が異見を述べる。


「阿波家と本宗家は分立するが実休殿よりの慣例であり、統治においても四国衆の権益を代弁できる御方が阿波家を継ぐが最善と心得る。阿波三好家は実休殿をうしのうて後、家臣一同千鶴殿をお支え申すべく誓詞せいしを取り交わしたばかりなれば、千鶴殿の本宗家継承は避けたき次第にて」


 間を置かず、咲岩もこれに賛意を示す。

 ふたりとも、実休の死の直後から、いつ崩壊してもおかしくなかった阿波三好家を驚くべき手腕でまとめ上げ、教興寺の戦いでは三好家の勝利に大いに貢献した。

 その裏に血のにじむような努力があることを、誰もが知っている。


 長逸は他の面々にも異議のないことを確認すると、残る候補者を挙げた。


「となれば、残るは阿波家次弟の千松丸せんまつまる殿。あるいは安宅家の神太郎じんたろう殿、十河家の孫六郎まごろくろう殿、松浦家を継承されておられる孫八郎まごはちろう殿」


 これに久秀が所見を述べる。


「千鶴殿が阿波三好家を継承され、本宗家を弟の千松殿が継ぐは、家中混乱の元となろう」


「さるにても、安宅家、十河家、松浦家、いずれも唯一の男児にて」


 長逸が困り顔で言うと、安宅冬康が覚悟を示すように言う。


「松永殿の言、もっともにござる。安宅家、十河家、松浦家いずれかより本宗家に養子入りのうえ、当主不在となる家は阿波家より改めて当主を迎えるが、家中序列を長幼の序と合わせる意味でもよろしかろう」


 そこで、宗渭がぽつりと言う。


「十河殿のお子、孫六郎殿、孫八郎殿は、九条家との縁があり申す。将軍家は近衛家と近いゆえ、近衛家と利害相反する公家、権門の支持を三好家に集められましょう」


 この一言に、篠原長房、三好咲岩が同調した。


 表立っては口に出さぬものの、彼らとしては安宅家に警戒の念がある。

 実休、一存、義興が相次いで失われた今、長慶と直接の血縁を持つのは安宅冬康ただ一人である。


 彼が健在のまま安宅家から次期当主を迎えるとなれば、新たな三好家において安宅家の影響力が圧倒的なものとなり、阿波三好家をしのぐであろうことは明らかであった。


 加えて咲岩が述べる。


「さらば孫六郎殿しかるべく存ず。幾度かお会いしたが、一存殿の武勇に加え、実休殿を思わせる知恵を感じさせ、次代の三好家当主たる資質をお持ちの方に」


 各人、この意見に反論はないように見えた。

 長逸は長慶に意志を問う。


「大殿、孫六郎殿しかるべきとの儀、いかがでありましょう」


 長慶はしばし考え、それから逆に、長逸に問うた。


「長逸殿、何か存念があるように見ゆるが」


 問われて、長逸は一瞬、逡巡するような表情を見せたが、すぐにそれを振り払うように答えた。


「……いえ、私も孫六郎殿しかるべく存じます」


「ならばよい。ここにおいては、皆の合意が何よりの大事である。十河孫六郎をば我が養子に迎え、三好家の当主を譲ろう」


 こうして三好家の家督は十河孫六郎が継承し、彼はのちに三好義継(よしつぐ)と名乗ることとなるのである。




 衆議のあと、久秀は長逸を捕まえて聞いた。


「日向殿、待たれよ。孫六郎殿のこと、何かご懸念をお持ちなのでは」


 長逸は周囲を見渡し、余人のおらぬことを確認してから、ぼそりと言う。


「霜台殿ならば、お解りいただけるかもしれませんが……」


「言うてくだされ。日向殿の抱く懸念なれば、軽視すべからずと存ず」


 久秀にそう促され、迷いながらも、長逸は言う。


「孫六郎殿は、元長公に似ておられる」


「元長公に……」


 それのどこが問題かと問おうとして、久秀はふと思い当たるところがあった。

 久秀はかつて安宅家の先代、安宅治興(はるおき)の元長評を聞いたことがある。曰く、人を恐れさせる君主であったと。


「なるほど、長慶や義興とは違うと」


「そうです。とはいえ、単なる私の不安に過ぎません。これをもって当主たるべからずとは、とても」


 元長に似ているといって当主としての適否を問うということは、そもそも元長の資質を否定していることになる。

 長逸が口を閉ざすのも当然であった。


「だが、懸念はわかった。我らがお支え申し上げるほかあるまい」


「幸い元長公のころとは状況が違います。大殿のお人柄もあり、今や三好家を無法の賊と捉える者はおりません。新当主殿には、世情安定までこうべを低く、忍耐をうべきやに思います」


 久秀はうなずき、結束を約して別れた。

 ここから三好家が坂を転がり落ちるように没落していくことなど、このときはまだ、誰も見通すことなどできるはずもなかった。




 間もなく十河孫六郎(義継)は三好本宗家へと養子入りし、三好家当主後継の許しを得るべく、将軍義輝に謁見する運びとなった。


 謁見に先立ち義継と対面した久秀は、義継をひと目見て思う。


 ――生き写しではないか。


 かつての三好元長に、である。

 思えば父の一存も元長によく似ていた。

 それを自ら知っていたからこそ、一存はあえて過剰に自身の武を喧伝し、陽性の性格を押し出し、あえて人に与しやすく見られようとしていたのではなかったか。


 義継には、自らの英気を押し隠すところがない。

 父の一存から武人としての威厳を、母の照姫から貴人としての気品を受け継いだ彼は、齢十六にして紛うことなき英雄の様相を具えていた。

 長逸の不安は、おそらくはここから来るものであろう。


「三好孫六郎にござる。霜台殿、よろしくお引き立てを賜りたい」


 義継は久秀を前に、そう淀みなく名乗った。


 自らの子のように愛し育てた義興の後継となるだけに、久秀自身、どうしても義継への評価は辛くなるだろうと予想していたが、むしろ第一印象から言えば、義継は義興に勝るとも劣らぬ器量を具えているように思えた。


 共に謁見に従う長逸が、義継に指南を与える。


「よろしいですか。義興殿は将軍家との融和を何よりも優先なされた。結果、前の大戦で将軍家は三好家を最後まで見放さず、それによって勝利を得たのです。この関係を維持すること、これが何よりも肝要でございます」


 義継は素直にうなずき、長逸に問う。


「公方様に何か問われたら、どのようにお答えすればよろしかろう」


「まずは一にも二にも、三好家は将軍家をお支えするという姿勢を示すのがよろしいでしょう。恐れながら、新当主殿は強さ、賢さが外に現れ過ぎておりまする。そこから野心を勘ぐられては、無用の敵を生みまする」


 長逸には珍しく、率直に過ぎる言葉であった。

 しかし、義継もまたいくらかはそれを自覚しているのか、反発する様子は無く、するりとそれを飲み込んだ。


「心得ましてござる」


 長逸もこれに安堵した。




 そして、謁見の当日。


 謁見はあくまで義継の三好家継承を将軍が承認するという形式上の目的から設けられたものであったが、将軍義輝は特に望んで、義継との面談の時間を取った。


 無論、義輝のみの存念ではない。

 将軍家としても、三好家の次期当主がいかなる人物で、将軍との間にどのような関係を構築しようとしているのかは、重大な関心事である。


 ことに義輝と義興の関係が良好であったために、新たな当主との関係がこじれることを危惧する者も多かった。


 何より義輝自身が、友たる義興を失ったことの衝撃を受け止めかねていた。


 そうした中で謁見は進み、義輝と奉公衆らもまた、義継の英姿に期待と不安の相半あいなかばする感覚を抱いた。

 その雰囲気を感じ取った義継は、ひたすら将軍家への忠誠を強調する。


「三好家は変わらず将軍の盾となり、城となる所存にて」


 かねて打ち合わせの通りである。

 しかし、それが義輝の目には奇妙に映った。


 ――こやつ、これほどの器量を持ちながら、なぜかくも平身低頭するのか。


 やがて、焦れた義輝は、義継に問いを発した。


「して、貴殿は天下をいかに考える」


「はっ。天下を差配されるは上様にござれば、上様の思い描く天下をいかに実現するか、それに心を砕くばかりにござりまする」


 長逸も、久秀も、この義継の回答に何の疑問も感じなかった。

 しかしそれは、奇しくも教興寺の戦いの前に、伊勢貞孝が義輝に向かって発した答えと同じものであった。

 そのことを、義輝のほかに誰も知らない。


 義輝は謁見ののち、愛妾である小侍従こじじゅうの局に漏らした。


「三好の新当主、虎狼かもしれぬ」


 猜疑の芽が、ここにぽつりと芽生えていた。

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