第六十六話 教興寺の戦い その3 久米田の戦い
京での戦とほぼ時を同じくして、畠山高政と安見宗房の軍勢が和泉に進出した。
六角承禎の京侵攻と軌を一にした作戦であり、三好家を畿内南北から挟撃する壮大な軍事戦略であった。
畠山勢は岸和田城を包囲しつつ、堺の西、家原にまで進出し、畿内南部の三好氏最大拠点である堺を攻略せんとする。
これに対し、実休は岸和田城東の貝吹山城に軍を進めた。
十一月に入り、安見宗房は貝吹山城を攻撃。
しかし決着はつかず、こちらも両軍にらみ合いの状況となったまま、年明けを迎える。
そして翌永禄五年(一五六二)三月、実休は安宅冬康および三好宗渭と合流し、篠原長房はじめ旗下の武将とともに軍議を開いた。
「安宅殿、宗渭殿の合流により、我が方の兵数は一万七千まで増えたものの、敵方はおよそ二万以上。数にては依然、敵に及びませぬ」
その篠原長房の言葉に、実休配下の勇将、吉成信長が付言する。
「数の差はさほどにあらずといえど、敵方は根来衆の鉄砲放ちども多数抱えておりますれば、戦力の差は兵数以上。これを覆すは容易にござらぬ」
眉間に皺を寄せて、実休が問う。
「京の様子は?」
「にらみ合いの模様。松永霜台、口ほどにも無きことにて」
長房の言は怒気をはらんでいた。
実休は物憂げに首を振って言う。
「ならば、負けだな。将軍が六角方につけば、まず京の戦線が崩壊する」
重苦しい沈黙が場を支配した。
それを打ち破ろうと、安宅冬康が言う。
「舟手衆によらば、すでに九州では雨が降り続いており、畿内にても近く長雨の気配との由。雨を待ち、一戦、打って出てはいかがか」
吉成信長がそれに続く。
「おお、雨の野戦ならば鉄砲が使えん。勝機があり申す」
「しかし、敵方は雨中決戦に応じましょうや?」
長房が疑問を口にすると、沈黙していた宗渭が口を開いた。
「ときが経たば自ずと六角の勝勢となるということは、畠山にとって、必ずしも望ましいことではございませぬ」
婉曲な言い回しであったが、長房は瞬時に思考をめぐらせて、ただちにその意図を理解して応じる。
「なるほど、六角のひとり勝ちとなっては、戦後、畠山は六角の風下に立たねばならぬゆえ、六角が京を制圧するより先に、武功を立てておきたいと」
「いかさま左様。兵力優勢なる状況での決戦なれば、畠山はこれに応じましょう」
降将の立場から宗渭は目立つ発言をはばかるが、それだけに口を開いたときの言葉には重みが有る。
軍議の方針が、どうやら固まってきた。
長房があらためて実休に問う。
「殿、雨を待って決戦の仕儀、いかが」
「……よかろう。京が崩れてから動くよりは、ましな策だ」
実休はそう応じて、軍議を終えた。
そして、雨が来た。
雲は厚く、風は弱い。長く降り続くことが明らかであった。
実休勢は密かに戦支度を進め、まさにその決戦前夜。
冬康は兄実休のもとを訪れた。実休は弟に背を向けたまま筆を執り、さらりと何やら書きつけると、放り出すように筆を置いた。
「兄上、歌にござるか」
冬康が聞くと、実休は苦い顔で応じる。
「辞世だ。駄作だがな」
「失敬」
冬康は短冊を手に取り、その歌を見て青ざめた。
草枯らす 霜又今朝の日に消て 報の程は終にのがれず
枯野、消失、逃れ得ぬ因果の応報。
死の予感に満ちた歌であった。
「兄上、これは……」
「飽いたわ。戦も、政争も」
そのような言葉がこの兄から出ることに、冬康ですら驚きを隠せなかった。
旧主・細川氏之を殺害し、その妻であった小少将を娶り、四国の半分を支配しながら、畿内に河内和泉の二カ国を領く大君主。
権謀術数においては天下人たる兄・長慶を凌ぎ、天下を謀る謀将とまで言われるこの男の内に、いかなる感情が渦巻いているのか、誰もそれをうかがい知ることができていなかった。
冬康は己の不明を恥じつつ、実休が放り出した筆を拾い、即興で歌を詠む。
因果とは 遙か車の輪の外に めぐるも遠き みよし野の原
因果とは人の思い量ることのできぬ深遠をめぐるもので、その応報は同じ三好一族たる冬康もまた共に背負うという、実休の寂寥に寄り添う歌であった。
歌を受け取り、実休は笑う。
「歌ではかなわぬな」
冬康は実休の顔を見つめながら、穏やかに言った。
「歌のほか、兄上にかなうことひとつもなき不肖の弟なれば、我を残して死んではなりませぬ」
実休は、今一度冬康の歌に目を落とし、その句を唇に反芻し、それから言った。
「戦が終わったら、久しぶりに阿波へ参るか。共にな」
「是非とも」
二人はそうして別れた。
決戦の朝が明ける。
実休勢は貝吹山城を出て久米田に布陣した。
その陣を見て、慌てたのは安見宗房である。
宗房は部将を集め決戦に備えさせるとともに、ある陣へと駆け込んだ。
「監物殿、監物殿はおられるや!」
宗房の声に、陣の奥から異様な風体の男が一人、ゆるりゆるりと歩んできた。
具足の上に素絹の法衣を纏い、腰まで伸ばした髪を結って後ろへ垂らしている。そしてその肩に担ぐのは、口径一寸に及ぼうかという大鉄砲。
紀伊根来寺に日本史上最初の鉄砲隊を編成した男、津田監物算長である。
「美州殿(宗房)、実休はぞんな気ぃやろうね」
算長の言葉は宗房でさえときにその意をとりかねるほど、ひどくなまりのつよい紀州弁である。
宗房はあまりに緊張感のない算長の問いに、困惑しつつ答える。
「雨を待っておったのだ。鉄砲が使えぬこの機に、決戦を挑んでくる気配ぞ」
算長は笑う。
「あっはは、うといのう。根来に雨で鉄砲使えんような者は、一人もおらんのし」
「それは心強い。急ぎ迎撃の備えをば」
宗房がそう頼むと、算長のかたわらにいた男が、何事かを算長に耳打ちした。
算長はその男の言葉を聞いてうなずき、それからにやりと笑みを浮かべて言う。
「いや、おもしゃいこと思いついたのし。敵ゃ鉄砲使えんと思ちゃあるなら、わえらが消えても気づくまい。かだらにぞろ塗って、久米田のぬかるみ渡り、実休の背後を突いちゃろう。てきゃらは、まあ負けんよう、こらえちょってくれ」
そう言って宗房を帰らせると、算長は根来の鉄砲放ちどもを集めた。
「うまくいきゃあ、実休を撃てるかもしれんじょ。町撃ち能う者のみ二百ぱかり集めて行こら」
算長が作戦を説くと、根来衆は意気大いに上がり、まるで遊山にでも行くかのようにわいわいと騒ぎ出した。
「おう、行こら行こら。早合たぁんと持たんとあかんど」
異様な姿の男たちが、ぞろぞろと陣を出ていく。
彼らは惜しげもなく法衣を泥で汚し、笑いながらぬかるみへと身を沈めた。
久米田はもとより湿地帯である。
長雨により土はおおかた泥と化し、男たちの半身を容易に飲み込んでいく。
一帯には葦が生い茂りその姿を隠すとともに、雨の音が草摺の音すらかき消した。
実休勢にとって、鉄砲を防ぐために待った雨が、その実、この上なく危険な状況を生み出していたのである。
戦は当初、実休方の優勢に進んだ。
矢合わせにて鉄砲の少ないことを見切ると、先陣の篠原長房率いる阿波衆が早々に切り込み、白兵戦で安見勢を圧倒した。
押される安見勢を支援しようと他の部隊が動くと、宗渭の率いる摂津衆がこれをすかさず追い打つ。
安宅冬康、吉成信長も手勢を同時に動かし、全軍躍動して畠山勢に体勢を立て直す暇を与えなかった。
「お味方優勢の模様!」
実休の本陣に、伝令が駆け込む。
馬上から戦場を見ると、たしかに味方が大いに敵を押し込んでいる。
「長房の軍が突出している。決して孤立させるな」
実休はそう下知し、旗本から大兵を割いて長房勢の後詰へと向かわせた。そして、急速に前進する前線との距離を詰めるため、自らも軍を前へと進める。
その砌。
実休勢の背後に、真っ黒な泥に塗れた異形の集団が姿を現した。
泥濘の中から突如現れたその男たちは、巨大な笠を被り、その下に雨の中でも絶えぬ火種を灯している。
そして彼らが手にするのは、十匁玉を放つ大口径の侍筒である。
「見さんせ、運がええのし。ここで鉄砲燻べちゃれば、敵ゃ総崩れじょ」
物見が言うと、算長は笑みを浮かべた。
「待て待て、実休のかだらが見えちゃある。こら腕の見せぞころじょ。わえらはもそそっと近寄って、実休をば狙撃しちゃろ」
言うと、算長は選りすぐりの鉄砲放ち十名と物見、それから無名の男を連れ、葦に隠れつつおよそ一町歩の距離まで接近する。
尋常の鉄砲手が的に当てられる限界の、倍に近い距離であった。
「よおし、ここらでええじょ。わえらの腕なら、間違いのうぶち抜ける。こら天下の獲物じょ、決して外すなよ」
算長の合図で、無名の男が南蛮製の遠眼鏡を除く。
男は狙撃に加わらない。
その代わりに、実休の生死を確かめる役割を任された。
訓練を積んだが、まだ一町先の的を射抜くほどの技術には至らなかったのである。
しかし、その戦略眼は算長の一目置くところとなり、戦場では常に算長のかたわらに侍り、意見を具申している。
男が遠眼鏡に実休の肉体を捉えたことを告げると、算長自らも鉄砲を構え、狙いをつけた。
続いて十名が一斉に鉄砲を構える。
「ひとおつ、ふたあつ、みいっつ……放てい!」
算長の号令とともに、十丁の鉄砲が次々と火を吹いた。
男の遠眼鏡には、実休の姿がはっきりと映っている。
その実休の腹部を、まず算長の放った弾丸が貫いた。
実休が自らの肉体の異常に気づく間もなく、続いて七発の銃弾が、その肉体に吸い込まれていく。
七発のうち五発までが、はっきりと鎧を貫き、肉の内側まで食い込んだことが確認できた。
いずれも十匁玉である。
口径は1.9cmにおよび、玉自体の重量はおよそ36g程度。一発でも鎧を貫通すれば内臓を破壊されて致命傷となる破壊力であろう。
「七発命中、五発貫通!」
男の報告に、算長は会心の笑みを浮かべて言う。
「よおし、そんなら死ぬろう。引き上げじょ」
言って、算長は後方へと駆けていく。
その姿を認めた実休の馬廻りたちは、突然の主君の死に動転しつつも、狙撃手たちを果敢に追いかける。
その馬廻りたちを、算長ら狙撃部隊の後方で待機する、およそ二百名の根来衆が的にする。
弾は驚くほど精密に騎馬武者たちを撃ち落とし、算長までのわずか一町、騎馬であればおよそ十秒の距離を、一騎も詰められぬまま、二十余騎の前途有望なる寵臣たちが、ことごとく鉄砲の餌食となった。
根来衆は算長を迎え入れると、そのまま前進を続け、三好勢の前線部隊に後方から鉄砲を撃ちまくる。
総大将討死の報と背後からの銃弾が、三好勢を混沌の渦へと突き落とした。
軍としての統制はたちまち消え去り、地獄が現出する。
凄惨な混乱の中で、多くの骸をさらしながら、三好の将たちは散り散りに逃げるしかなかった。
世に言う久米田の戦い。
長慶の家督相続以降、三好家最大の敗戦であった。




