第六十四話 教興寺の戦い その1 一存の死
永禄四年(1561)閏三月、上洛以降三好政権の行政を支えてきた斎藤基速が没した。十代将軍・足利義稙以来、その死の間際まで畿内の行政にかかわり続けた、職業人としての大往生であった。
久秀は理玖をともない堺で法事を終えると、妻の心労を慮ってそのまま有馬の湯へと足を伸ばす。
そこで、久秀は十河一存と行き合った。
昨年、畠山高政が長慶に背いて以来、一存は和泉の国人たちを統率し、畿内南部で紀伊の根来衆を受け止める役目を果たしてきた。
その果敢な武勇と、利害相反する国人たちを統御する政治手腕は、末弟ながら三好家の柱石として、ますますその重みを増している。
その一存が、今、死病に冒されていることを、久秀はここで知ることになった。
浴衣を着た一存は幽鬼のごとく異様にやつれ、ひと目で病の重いことが知れた。
有馬の湯は『枕草子』にも「湯はななくりの湯。ありまの湯。たまつくりの湯」と挙げられ、古来より療養法として知られているが、一存のそれは一見して、もはや湯治でどうにかなるようなものではない。
それでも、一存は明るく笑った。
「はっは、見てくれ。こんなに肋が浮いてきちまった」
「讃州、いつからだ。お前、病が重いとは少しも……」
久秀が悲痛な声で聞くと、一存は穏やかに答えた。
「去年の秋ころから、がたがたっと来た。兄上たちはご存知だが、和泉は萬満(一存の次男)が継いだばかりで、おおっぴらに休むわけにもいかなくてな。あんたには伝えそびれちまった。すまん」
「何を言いやがる、おれのほうが謝りたいくらいだ。何か……何か今からでも、おれにできることはないか?」
久秀はかえって自分が一存にすがるようにそう聞くのを情けなく思いながら、それでも聞いた。何かひとつでも、してやれることが欲しかった。
「そうだな、おれはもう覚悟してるが……お夕が泣いてな。おれが死んだら堺に越させるゆえ、気遣ってやってほしい」
夕姫は九条稙通の養女であるが、一存のもとに嫁いでからは二男を成し、人も羨むほど仲の良い夫婦であった。一存はまだ齢二十九である。夫人の愁嘆の限りないことが察せられた。
「わかった。堺にゃおれの実家もある。任せてくれ」
久秀の答えに一存はうなずき、そうして立ち上がり、去り際に言う。
「それと、言うまでもないことだが、おれが死んだら、和泉は荒れるだろう。紀伊の根来衆が今か今かと狙ってやがる。奴らァ手強いぞ。練達の鉄砲放ちで固めた軍は、単に数で比べられるもんじゃねえ。おれも何度か煮え湯を呑まされた」
「鉄砲か。どう対処する」
聞かれて、一存は首を振る。
「一言で言えるようなもんじゃねえ。とかく鉄砲は弓とまったく違う。ありゃあ、三十間あるくそ長い、見えない鑓だと思ったほうがいい。特に根来衆の使う砲術は奥が深い。奴らの鉄砲は、おれたちの手元にある鉄砲と違うものだと思え。わかった気にならんことだ」
そう言って、去っていった。
その後、十河一存が永禄四年四月に没した。
一存死後、十河家の家督は嫡男の孫六郎が継承し、松浦家に入った次男・松浦萬満とともに、三好実休がこれを後見することとなる。
実休は四国経営を篠原長房、三好康長(咲岩)ら腹心に任せると、自身は河内高屋城に入り、河内・和泉の畿内二国計略に注力することとなった。
そして五月、長慶は三度目の盛大な千句連歌を催す。
長慶の千句連歌は毎回明らかに政治的な興行であり、このときの千句の目的は、畿内全域に拡大した三好政権の盤石ぶりを披露するとともに、新たな畿内統治の中心地が飯盛城となることを広く知らしめることにあった。
飯盛千句と呼ばれるこの連歌会には、宗養、辻玄哉、里村紹巴ら一流の文化人をはじめ、長慶が養育する細川晴元の子、聡明丸(昭元)や、幕府の奉行人から飯尾為清、三好家から安宅冬康らが参加。
畿内各地の名勝を歌に詠み込むことで、三好家の支配領域拡大を内外に宣言した。
そのさなか。
大和で築城を指揮していた久秀のもとに、広橋保子が訪れた。
久秀はにこやかにこれを出迎える。
「松永霜台、不覚を取り申した。急のこととは言え、保子殿に何のもてなしもできぬとは」
久秀はそう言って笑ったが、即座に人払いを命じた。
人が去り、久秀が問う。
「吉報ではござりませぬな」
保子は緊張した面持ちで答える。
「はい。喫緊の事態にございます。兄よりの報せによれば、六角承禎(義賢)が畠山高政と結び、京に兵を入れる兆しありと」
「早いな。一存の死をこうも早く突いてくるか」
久秀は眉をしかめながら、長慶に急報すべく、早くも筆をとる。
「おそらく、両者を動かしたのは、畠山家旧臣の安見宗房かと」
「まるで木沢長政の再来だ。家格低く有能な者を長慶は好んで取り立てるが、それを恩義に感じる者ばかりではない。耶蘇教では『聖なるものを犬にやるな、向きなおってあなたがたにかみついてくるであろう』というそうだが、まさにそれだな。幕府方でこれに呼応する者は?」
久秀の問いに、保子はややためらいながら答えた。
「確たることではありません。が、兄は政所殿(伊勢貞孝)ご謀反の様子と」
「なんだと」
久秀は驚き、筆を止めた。保子が首を振る。
「お聞き流しくださいませ。不確かな報せにて」
「いや、義兄上は敏いお方だ。根拠無く名は出すまい」
伊勢貞孝が敵方と通じているとすれば、三好家の動きも筒抜けと見るべきであった。久秀は急ぎ書状をまとめると、長慶のもとへ早馬を飛ばす。
「保子殿、そなたは信貴山に戻り、久通に戦支度するようお伝えください。おれは芥川山へ行く」
言って、久秀は駆けた。
主を守るために駆けるとき、この男は誰よりも早い。
今は、義興が彼の主だった。
「久秀、駆けつけてくれてありがとう。六角勢の進出に備えよう」
義興は久秀の急報を受けると、そう感謝を述べた。
「だが私のことは心配しなくていい。駆けてきたのは、暗殺を恐れたからだろう」
そう問われて、久秀は答える。
「そうだ。もし伊勢殿だけでなく、将軍まで裏切っていたら、京への出仕は危ない」
「彼は裏切らないよ。そこは安心していい」
義興は、気負いもなくそう言った。
「お前の気持ちはわかるが……」
「久秀、道具を見るとき、実物を目で見て、手で触れることで初めてわかることがあると教えてくれたのはあなただ。信じてほしい」
言われて、久秀はうなった。
義興は長慶とは違う。違うが、あるいは長慶を越えるかもしれない。そう感じさせる何かを、内に育てつつあるように思えた。
「わかった。お前がそう言うなら、きっとそうなんだろう。おれは飯盛山に寄ってから、大和に戻る」
「頼みます。河内、和泉の二正面で敵を受ける実休殿が危ない」
久秀は再び馬を駆り、摂津を南に走る。
飯盛山城に着くと、長慶は慌ただしく何事かの準備に取り掛かっていた。
「久秀、ちょうどよかった。会見に帯同せよ」
「会見? 誰とだ?」
久秀が問うと、長慶は声を落として答える。
「細川晴元だ」
長慶の声は低く、しかし断固とした意志を感じさせる。
ついに、晴元との因縁を断ち切るときが来たのだ。




