第六十三話 将軍御成
畿内情勢が安定を見せる中、長慶は将軍の三好邸御成の計画を進める。
当然、この任を与えられたのは久秀である。
そして、長慶は久秀に、この計画は義興と図るよう言い添えた。
「そういうわけで、また親父殿から難題だ」
ふてくされたように語る久秀に、義興は笑う。
「はは、そう愚痴るものじゃない。久秀にしか頼めないことなんだから」
「どこがだ。おれが将軍に睨まれてるのは知ってるだろう」
久秀はいよいよ不機嫌そうな仏頂面で言った。
事実、久秀は将軍に睨まれている。
嫌悪されていると言ってもよい。
原因は、京周辺の訴訟について、久秀がことあるごとに将軍裁許に異を唱えるためである。
畿内の権益は在地勢力と権門の利権が複雑に入り組み、一方を立てればもう一方どころでなく様々な場所で火が噴き上がる。
そうした中で、久秀にはたとえ将軍の裁決であろうとも、三好家に不利益をもたらす判決はこれを覆す役割が求められたのである。
さらには昨年、久秀は楠木正成の子孫を称する大饗正虎について、正親町天皇に楠木復姓および楠木正成の赦免を願い出て、これを許されている。
楠木氏といえば『太平記』において七生転生し朝敵足利を討つと誓ったとされる、足利将軍家にとっての仇敵である。将軍の不興は当然と言えた。
義興が笑って言う。
「だがそのおかげで、私と公方様の関係は良好だ」
不思議な話だが、これも事実であった。
義興は長慶とも違う、不思議な愛嬌がある。
それでいて、三好家と将軍家どちらに対しても、どこか遠くから見ているようなところがあり、常に公平な判断を下すことから、幕臣からの評価も高かった。
その評価はおおむね義興の性質によるところのものだったが、久秀としては己の苦労のおかげと言われると、悪い気はしない。
もっともそうでなくとも、義興と話していると幼いころの長慶の顔が浮かび、久秀は何事も断れなくなるのだった。
「それで、久秀はこの難問をどう解決する?」
「まずは伊勢殿に相談するしかないだろう。将軍家と三好家、双方の内部事情に通じているのは、今のところあの男だけだ」
久秀の言葉にうなずきながら、義興は意見する。
「それなら、こういうのはどうかな。まず、私が金閣を見に行く」
「なんだと?」
「そこに、将軍が偶然訪れる。これは奇遇ですな、偶然なので何のおもてなしもできませぬ、申し訳ないので日をあらためて拙宅へお越しください、というわけ」
まるでいたずらでも思いついたように義興は言う。だが考えてみてると、理に適っているように久秀には思われた。
取次を通して正式に申し込めば、その過程でさまざまな利害が絡み合い、問題は果てしなく複雑化していく。
しかし偶然を装い、将軍に直接その場で申し込んでしまえば、一回限りではあるものの直通の窓口を開くことができるのだ。
「やるか」
久秀はそう言って膝を叩き、立ち上がった。
永禄四年(1561)二月二十三日。
将軍義輝は、鹿苑寺を訪れ、そこで偶然にも三好義興一行と遭遇する。
「上様、あれなるは三好筑前殿に」
同行する伊勢貞孝が、その姿を認めて言った。
上野信孝などは何か不自然なものを察したのか、嫌悪感を露わにする。
「鉢合わせては悪しかりなん。金閣はまたにいたそう」
踵を返そうとする義輝に、貞孝は食い下がる。
「姿を認めて避けたとあっては、非礼に当たりまする。振舞酒を下賜するがよろしかろうかと」
偶然行き遭った家臣に酒を下賜するというのは、いかにも上位者たる者の振る舞いのように思われ、義輝は快諾した。
「ならば、そうせい」
貞孝が一行に声をかけ、用意の酒を振る舞う。
義興は将軍の前に進み出て、礼を述べる。
「上様のお越しとは存ぜず、大変な失礼をいたしました。その上、振舞酒まで頂いたとあっては、この義興、面目が立ちませぬ。返礼をばいたしたく、なにとぞ我が屋敷へと御成を給いとう存じまする」
義輝は驚き、つい聞いた。
「芥川山まで来いと?」
「そのようなご足労をいただくわけには参りませぬ、京の屋敷にてお迎え申し上げまする」
義興の答えに、怪訝な顔をして義輝が問う。
「京に三好屋敷など、無かろう」
「本日ただいまより、作事仕りますれば!」
義興はいかにも快活にそう答えた。
聞いて、義輝に微笑が浮かぶ。
その笑顔を見て、すかさず伊勢貞孝が言う。
「面白きこと。さすればひと月にて、将軍が御成遊ばすにふさわしき屋敷をご用意いただけますかな?」
「勿論に候」
急な成り行きに近臣たちはどよめいたが、すでに義輝が乗り気になってしまっている。
義輝はおおいに満足して言う。
「善き哉、ひと月にて設えて見せよ」
義輝にも存念があった。
もともと将軍の大名家御成とは、室町幕府において足利義満以来の重用な儀礼のひとつである。
これを盛大に催すことは、将軍を頂点とした家格秩序を確認し、世間に広く知らしめる意味合いを持っていた。畿内最強の三好家を、家臣として従える将軍を演出するのに、これ以上の舞台は無い。
権威の凋落いちじるしい将軍家にとって、今まさに必要な催事ではないか。
こうして、将軍御成の約定は、既成事実となった。
そして上を下への大騒動となる。
三好邸の作事を担当するのは、摂津池田家庶流から久秀近臣として取り立てられた池田教正。冠木門に奥四間、表九間と、急上昇した三好家の家格にふさわしい豪邸を、京は立売の地にひと月で出現させた。
この屋敷を、三好家および摂津の国人たちが揃って囲む。
警固の武士たちは皆、我こそはときらびやかに兵装を飾り立てた。
将軍家からは細川藤賢(典厩家当主・氏綱弟)、上野信孝、伊勢貞孝らに加え松永久秀も幕臣として出席。
朝廷からは相伴衆として勧修寺尹豊(公卿・権大納言)、広橋国光らが参加。
三好家からは長慶、義興はもちろん、細川氏綱も三好側として来席。家中からは三好長逸をはじめ、名のあるものどもは皆侍り、大宴席を成した。
宴席で振る舞われる料理一式を司るのは、進士晴舎である。
このときの献立は「永禄四年三好亭御成記」として詳細に記録されている。
亀の甲やかまぼこ、カラスミ、さざえ、鯨など珍味を交え、贅を尽くした七膳十七献に及ぶ長大な料理を、一日がかりで賞味するのである。
宴席でほどよく酒が回り、義輝は義興と膝を並べ、何事かを語らっていた。
久秀が聞き耳を立ててこれを聞く。
「かように酒を酌み交わしておるのは、いかにも不思議だ。そうは思わぬか」
義輝が言った。義興は義輝の盃に酒を注ぎながら応える。
「三好家と将軍家が、でございまするか」
「うむ、予は修理殿(長慶)に手痛く敗北した。何度もじゃ。いや、恨みには思うておらぬ。今となっては、よき学びであった。稀代の英傑から、多くを学んだ」
「過分なお言葉に」
義輝は首を振り、義興の言葉を否定する。
「いや、過分ではない。貴殿の父、三好長慶こそ覇王の器よ。さればこそ予は不安に思う。かくも偉大なる英雄が、予の下に在り続けるであろうかと」
「父も間もなく四十。この先の世をつくるのは、父ではなく上様に」
「この先の世か。貴殿はいかなる世を望む。天下を我が物としたいとは思わぬか」
義輝が、義興の目を覗き込む。
義興はこともなげに答えた。
「天下を得るより、いかに変えるかのほうが、面白うござる」
「天下を、変えると」
「はい。この先の天下をいかように作り成すか。それに比べれば、三好家が上か下かなど、私にはどうでもよいことです」
不遜とも言える言葉であったが、義輝は怒るよりもむしろ呆然として言った。
「そうか、そうであるな。考えてみれば、当然のことであった。天下を得たところで、それをどうするかが無うては、何にもならぬ」
「上様は、いかな世をお望みですか」
「予か、予は……考えたこともなかった。予はただ、強い将軍であらねばならぬと。幕府を再興せんと。それのみを考えてきた。世の姿か……何も思い浮かばぬ。いや、あらゆることが思い浮かび過ぎて、何を言っていいやらわからぬ」
「ふふ、それにござる。それこそ、楽しゅうござろう」
義輝の目から、猜疑の色が落ちた。
まるで兄弟に話しかけるように、義興に問う。
「貴殿はいつもこのようなことを考えておるのか。羨ましい。聞かせてくれ、貴殿はどのような世を望むのだ」
「左様ですな、例えばそこな松永弾正。天下に稀なる奇人にござるが、こやつのような奇人変人をありたけ掘り起こし、その才をことごとく花開かせとうござる」
おどける義興につられ、義輝が笑う。
「はっは、それは史上に例無き、可笑しな世になるであろう」
そこまで聞いて、久秀は席を立った。
すでに外は暗く、空には星が出ていた。
「久秀、涙もろくなったものだな」
背後から聞き慣れた声がした。振り返ると、長慶がいた。
長慶が久秀の肩を叩いて言う。
「若者たちの語らいに、胸が熱くなったか?」
「なんだ、お前も聞いてたのか」
「我らも、隠居のときが来たようだな」
久秀は涙を拭い、それから笑った。
「よせ、おれはともかく、お前はまだ早すぎる」
「そうだな、今少し、平らかな世を引き継ぎたいものだ」
二人はそれだけ語って別れた。
この主従には、それだけで十分であった。
天下の太平を願いながら、なお刃を抱かずにはおれぬ人々の哀愁を抱き、宴は続いていった。




