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第六十二話 正親町天皇即位式

 永禄元年(1558)十二月、ついに義輝は永禄改元を認め、長慶との和睦を受け入れ、京に帰還する。

 五年ぶりの将軍入京である。


 晴元はこの和睦を受け入れず、若狭わかさへと逃れていった。

 氏綱は京で長慶と会い、勝利を祝す。


「御見事。これでようやく、肩の荷が下りた」


「しかし結局、晴元殿には和睦を受け入れていただけませんでした」


 氏綱は頭を振り、諦めたように言う。


「晴元もいずれ悟るでしょう。もはや京兆家はその役割を終えたのだと。いえ、五十年にも及ぶ家中闘争によって、自ら潰えさせてしまったのだと」


 そうして話題を義輝に移す。


「公方様は相変わらず上野信孝を重用されているようですが、入京にあたって伴われた奉公衆には、新たな顔がありましたな」


「はい。進士しんじ美作守みまさかのかみ晴舎はるいえ)と申す者、新たに台頭いたしたようにて」


 氏綱は長慶の顔を覗き込みながら問う。


「進士氏といえば、かつて京で貴殿に切りつけた者も、進士氏であったが」


「左様に。とはいえ、特に存念はござらぬ」


 長慶はさらりと言う。

 元服してから十年にわたって父の仇に仕えてきたこの男にとっては、人に命じられて自分を殺そうとした男程度、恨むに値せぬのであろう。


「それは重畳。公方様の寵姫たる小侍従こじじゅうつぼね、美作守殿の娘と聞き及んでおります。さればこそ、彼の者を取り込むことが、肝要に候」


「なるほど、それで取り立てられたと。しかし、いかに懐柔すべきでしょう」


 長慶の問いに氏綱はしばし考え、そして言った。


「そも進士氏は将軍の包丁を預かる家。三好家と将軍家の和与をば演出するべく、三好邸への将軍御成を願ってはいかがか。さらばこれを差配するは美作守でありましょう。その縁を以て、三好家との取次といたさばいかがか」


「妙策にござる。氏綱殿、心以て感謝いたしまする」


 氏綱は微笑み、そして事実上の隠居先となった淀城よどじょうへと帰っていった。




 明けて永禄二年、将軍の帰洛を受けて、各地から諸大名が上洛する。

 二月に尾張より織田信長、四月に美濃より斎藤義龍、越後より長尾景虎(謙信)が上洛し、それぞれ将軍義輝に拝謁した。


 長尾景虎は特に、関東管領・上杉憲実(のりざね)の処遇問題を抱えており、この裁許を得ることが急務であった。義輝はこれを景虎に一任し、関白・近衛このえ前久さきひさは血書まで交わして関東平定を助力する方針を示した。


 九州からは大友おおとも義鎮よししげ宗麟そうりん)が九州探題きゅうしゅうたんだいへの補任を願い出て、義輝がこれを認めた。関東管領上杉氏の名跡を継いだ景虎が関東を、九州探題に任じられた義鎮が九州を治めるという、全国統治の青写真が描かれつつあった。


 このように義輝-長慶間の和与は、新たに成立した義輝政権の課題を、畿内安定から一足飛びに全国支配へと拡大させたのである。


 当然、足元の畿内でも状況は進展する。


 晴元の失脚により後ろ盾を失った波多野氏に対し、松永長頼は八上城攻撃を開始する。

 頑強な抵抗を続けた波多野氏もついに八上城を開けわたし、丹波は三好家のもとに平定された。


 さらに翌永禄三年には、備讃瀬戸びさんせとを挟んで実休との間に緊張が高まっていた毛利氏が、永禄元号の使用を開始する。朝廷に対して多大な献金を行い、対三好家の緊張が緩和された。


 畿南では、遊佐長教亡き後の尾州畠山家を統率してきた安見やすみ宗房むねふさが、主君である畠山高政(たかまさ)と反目。

 高政が高屋城から堺へと逃れる事態に発展した。


 紀伊の根来衆と結んだ安見宗房は、十河一存の軍を和泉で破る威勢を見せたが、長慶と久秀が二万の軍勢をまとめて南下すると、高屋城を捨てて大和へと逃走した。


 代わって高屋城に入ったのは、三好実休である。

 実休の入城に当たって、長慶は実休と会見して言った。


「河内は畠山氏から奪う形となる。暗い役回りを押し付けてしまうな」


 実休は笑って答える。


「阿波での下剋上を見逃してもらった手前だ。このくらいはやらせてくれ」


 そうして、実休としては珍しく、長慶の心情をいたわって言った。


「木沢長政の台頭によって、畠山氏の家中はずたずたになった。遊佐長教が生きておれば、まだ立て直しようもあったろうが、もはや高政では統治不可能だろう。気に病むことはない。これも天下のためだ」


 これによって高屋城を奪われた形となった畠山高政は、勢力の挽回を狙って長慶に背いたが、十河一存と三好実休の連合軍に手もなく敗北。

 紀伊へと落ちていった。




 畿内に平穏が訪れる中、京では正親町天皇の即位式が実施される。

 当然、この即位式を警固するのは三好長慶、そしてその嫡子・孫次郎あらため義興よしおきである。


 京の街全体が厳かな空気に包まれる中、即位式は粛々と進められた。


 二十余年前、この街は天文法華の乱において焦土と化した。

 その傷跡はもはや癒え、洛中での戦は天文末年から十年の間、行われていない。京の諸人は、三階菱の旗が翻るさまに、もはや戦乱ではなく安定を見ていた。


 即位式を終えた正親町天皇は、三好長慶と義興に松の庭で謁見する。

 天盃てんぱいが与えられ、御剣ぎょけんが下賜された。


 長慶は守護家相当の修理大夫しゅりのだいふに、義興は三好家重代の官途名と同じ筑前守に、それぞれ正式に任じられた。

 さらには松永久秀にも、正式に弾正少弼だんじょうしょうひつの任官が許された。


 天下をどよもすほどの、圧倒的な家格の上昇である。

 長慶は芥川山城を義興に譲り、宿縁の地、飯盛山城へと入城する。三好長慶、最後の拠点となる地である。

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