第五十五話 国貞の死
義輝を朽木に追放し、幕臣の所領没収を宣言してその力を削ぐことに成功した長慶は、休む間もなく堺で秘密裡に之虎改め実休と会談する。
阿波守護の細川氏之を実休が討ち果たした、その後事を定めるためである。
長慶は席に着くなり、はっきりと言った。
「事情は問わぬ。是非も問わぬ。貴様のことゆえ、殺しても阿波を統治能うと判断してのことであろう。であれば、そのようにせよ」
実休は苦笑し、平伏する。
「かたじけない。四国には波ひとつ立てさせぬ。任せてくれ」
将軍を追放し、なお追い討たなかったこの兄は、やはり器が違う。
そう実休は内心で認めながら、その大器ゆえに兄が背負わされるものの重さに、歯がゆさも感じていた。
実休が顔を上げて問う。
「それで、将軍はどうする。氏綱殿はなんと?」
「義維公の再度擁立を持ちかけてはみたが、当然、却下された。わし自身も、現在の状況で義維公を天下の公儀に担ぎ出せるとは思っておらぬ」
「ならば義藤、いや義輝を呼び戻すか。その場合、晴元は殺さねばならんだろう」
「それはわしのほうから断った。今、義輝公を京にお呼びしても、騒乱の種にしかならぬ」
聞いて、実休は眉をしかめた。
「ならば、どうする」
「将軍不在のまま、畿内を治めるのだ」
実休が目を丸くし、沈黙する。長慶が続けて問うた。
「能わぬと思うか?」
「いや……能うかもしれんが……誰も踏み込んだことのない領域だ。六角定頼も、我らが父・元長も、細川高国も大内義興も、明応の変を起こした細川政元でさえ、将軍を擁立してその正当性を担保した。これまで天下人と呼ばれた者のうち誰一人として、将軍不在のまま天下を治めようとした者はいない」
「その誰も踏み込んだことのない場所へ行くのだ。我らが」
実休には、時代という名の錆びついた扉が、軋みを上げて開いていく音が聞こえるような気がした。
しかし、三好政権はその走り出しから手痛い敗戦を喫することとなる。
同時期、松永兄弟は新参の石成友通らを率い、内藤国貞とともに丹波へと侵攻。
波多野氏の数掛山城を攻めていた。
数掛山城の在する亀岡盆地は太古、湖であったと伝わる。ゆえにこの土地は霧深く、かつ谷が入り組み、複雑な地形を成している。
行軍には危険を伴うが、亀岡は山ひとつ超えればもうそこは桂川である。京への侵入容易く、放置できぬ土地であった。
松永勢は先頭に土地勘のある内藤国貞を配して進軍する。
狭隘地の城を大軍で攻めることはできない。峡谷に小勢を入れ、盆地の平野部に本隊を待機させるしかなかった。
その中で、長頼が気になる報せをもたらした。
「兄者、義父殿の体調、どうも思わしくないらしい」
前線で包囲部隊を指揮する内藤国貞が、病を発したというのである。
「いかんな。部隊の入れ替えは能うのか?」
「義父殿と議さねばなるまい」
「おれも行こう。場合によっては、撤退の判断を下さねばならん」
松永兄弟は小勢を率い、谷に入る。
国貞は陣中に床を敷き、臥せっていたが、二人の来訪を見て起き上がると、目を吊り上げて怒りだした。
「馬鹿者! 総指揮官が狭隘の地に、手勢も連れずに入るでない! 出ていけ!」
怒号したが、すぐに激しく咳き込む。
その国貞を労り、長頼が言う。
「すまぬ、義父殿。しかし、この戦ひとつより、義父殿の御身が大事だ。ここは一旦、全軍を退いて、体勢を立て直そう」
「婿殿、おぬしは山地での戦を知らぬ。谷に軍を入れ、一度城を囲んだら、容易には退けぬのだ。わしのことはよい、早う谷を出て、後軍を指揮せよ。今、もし奇襲をかけられたらば……」
再び咳き込む国貞を床に戻させ、長頼は久秀に言う。
「どうする、兄者」
「内藤殿の言、もっともであろう。おれは後軍に戻る。しかし……」
久秀は逡巡する。
ここに内藤国貞を置いていくのは危うい。
今、内藤氏ひいては丹波衆の支持を失えば、将軍不在での京の安定統治という長慶の大目標に大きな影を落とすことになる。
長頼は久秀の懸念を汲み取って答える。
「ああ、わかってる。おれはここに残ろう。義父殿に万一のことあらば、おれが指揮をとる」
久秀は頷き、供回りを具して道を引き返す。
時刻はすでに夕つ方、日暮れまで間もなくとなり、霧が立ち込めていた。
「乳の如き霧だな。もう城が見えん」
久秀は何気なくそう呟き、そしてぞくりと背筋に冷たいものを感じた。
「まずい、引き返すぞ!」
言って、駆けた。
間もなく、鉄砲を放つ轟音が聞こえてきた。
奇襲である。
おそらくは、久秀らが先陣に入ったのも、何処かから見られていたのであろう。
久秀は腰の村正を抜き、道を塞ごうとする敵兵に構わず馬で突っ込み、国貞の陣中へと駆け込んだ。
馬を降りる久秀に、長頼が駆け寄る。
「兄者、何故戻ってきた!」
「馬鹿野郎、逃げるぞ! 道は霧で一町先も見えねえ、後軍はおれたちが襲われていることに気づかない!」
国貞が起き上がり、槍を持って言った。
「精兵二十騎預ける。それで退路を切り開きつつ、後陣へと退け。わしが囮となれば、丹波兵どもは嬉々としてこちらに群がって来よるわ」
「義父殿、あんたも逃げるんだ!」
長頼の言葉に、国貞は穏やかに笑って言った。
「晩年に良い婿を得て、わしは満足しておる。死ぬ時は、戦場で死にたい。若人を生かすために死すというのは、格好のいい死に方じゃろ」
「馬鹿なこと言うんじゃねえ、一緒に行こう!」
「大内義興、細川高国、三好元長、六角定頼。わしは多くの英傑を見てきたが、三好長慶、あの男は別格じゃ。大乱百年にして、天下はようやくこれを治める男を得たのかもしれん。長慶だけではない。三好兄弟に松永兄弟、脇を固める人材も多士済々。貴様らなら、誰もできなかったことを成すことができると、信じておる」
国貞は咳を押し殺し、気力を振り絞って立つ。
「さあ、もう行け。娘と、孫を頼む」
長頼は泣いていた。
久秀は主から離れ自分たちを護衛する国貞の精鋭たちに頭を下げ、馬に跨る。
そこからは、死地であった。
後陣までの道を一直線に切り抜け、隘路を出ると、霧に紛れて後陣にもすでに敵勢が襲いかかっていた。
三好宗渭の軍勢が、霧の中密かに接近していたのである。
総指揮官不在の中、陣中は混乱し、少数であるはずの敵勢に対応できていない。
石成友通と松山重治(新介)がかろうじて自らの手勢を率い、応戦している。
「恐れるな! 敵は少数である! 包囲されはせぬ! 敵は少数であるぞ!」
久秀は大音声で兵たちに呼びかけつつ、馬上で自ら槍を奮う友通に駆け寄る。友通は久秀を認めると、大声で叫んだ。
「御大将っ、殿軍仕る! 全軍の指揮を!」
「かたじけない、感謝する!」
久秀は兵をまとめ、京へと兵を退く。混乱の中、松山重治、石成友通まで討死したとの噂が流れた。
京に帰り着き、最後に殿軍の石成友通が帰還して、戦況を伝えた。
「大敗にござるが、兵の損耗は思ったより少のうござった。しかし……内藤備前守殿、お討死の由」
肩を落とす長頼を下がらせ、久秀は諸将に頭を下げた。
「すまぬ。おれの失態だ。諸将に罪は無い。これより大殿に委細伝えるが、決して各々方に咎は及ばせぬ。まこと、申し訳ない」
松山重治は首を振り、久秀のみの罪でないと言い、諸将をまとめて下がらせた。
ここまで大敗の無かった久秀が初めて味わう、大きな挫折であった。
「委細、承知した。対応はすでにまとめてある。すまぬが、甚助殿とともに急ぎ丹波に戻り、混乱を鎮めてくれ」
久秀が敗北を伝えると、長慶はあっさりとそう言った。
戸惑いつつ、久秀は問う。
「おれへの罰はないのか?」
「貴様を罰しておるような暇があるか。罪を悔やむくらいなら、急ぎ挽回せよ。それに、甚助殿には言えぬが、此度の結果はむしろ三好家全体にとって、有利に働くであろう」
そう言って、長慶は近況を説く。
まず、遊佐長教死後の河内国。
長慶は遊佐氏重臣の安見氏と萱振氏の間に婚姻を結ばせ、ひとまず家中混乱を治めた。
しかし安見氏の当主、安見宗房は辣腕家であり、遊佐長教暗殺の首謀者が萱振賢継であるらしいことを突き止めると、萱振氏をはじめ家中の不穏分子を次々と誅殺。
尾州畠山家当主に畠山高政を擁立し、河内国を治めつつ、長慶に恭順の意を示した。
和泉国では最大勢力の国人となった松浦守が、九条稙通の仲介により、十河一存の子、萬満丸を一門衆松浦盛のもとへ養子として受け入れ、これを松浦氏の後継とすることで、実質的に三好家の一門となった。
さらに、播磨国では別所氏の勢力拡大に押された赤松氏が、長慶を頼って使者を遣わして来た。
将軍追放後、長慶は各地の大名に包囲されるどころか、その勢力を急速に拡大していたのである。
「そして、此度の内藤国貞殿の死である。内藤氏の当主は、婿である甚助殿の子、千勝が継承するよう、氏綱殿の了承を得た。急げ、久秀。俯いて立ち止まっておる場合ではない」
そう長慶に叱咤された久秀は、弟長頼を伴い、再び丹波に入る。
敗戦の直後なだけに、丹波の国人たちは簡単には従わなかったが、長慶と氏綱がそれぞれに文書を発行すると、国人衆も内藤家の家督継承を認めたのであった。




