第五十一話 長慶暗殺
翌天文二十年(1551)、長慶は京を押さえつつも、六角氏も近江本国への侵攻は許さず、山城・近江間でのにらみ合いが続いている。
緊迫した情勢の中、しかし一人、場違いな空気をまとっていた者がいた。
三好長逸である。
長逸は正月、朝廷に上奏して御所庭園の拝観を願い出た。
長慶が命じたものというより、長逸の人柄によるところの行動と思われるが、情勢に比してあまりに穏やかなその申し出に、朝廷は好感を抱いたらしい。
拝観は許され、以降、長逸は三好政権における朝廷人脈との交渉において枢要な地位を占めていくこととなる。
そんな中、将軍義藤の幕府にとって致命的な事態が発生した。
室町幕府政所執事・伊勢貞孝が将軍義藤を捨て、長慶のもとへ出奔したのである。
室町幕府の政所執事は康暦元年(1379)以降、二百年近くにわたって伊勢氏が世襲してきた機関である。
政所は幕府の財政を管理し、また京周辺の訴訟における裁判権を司っていた。
伊勢氏の視点から見ると、京が権力の空白地帯であった義晴将軍期はともかく、長慶が京を支配してしまえば、伊勢氏の職掌は有名無実となり、その権力基盤も消え失せてしまう。
こうした状況にあって、伊勢貞孝は乾坤一擲、足利義藤を拉致し、その身柄とともに長慶のもとへ走らんとする暴挙に出たのである。
結果、義藤の拉致には失敗。
貞孝は配下の進士賢光らとともに京へと出奔、長慶に降る形となった。
ただでさえ人も物も金も足りぬ義藤にとって、これは痛打であった。
伊勢氏は政所執事としての財政、訴訟のみならず、幕府における礼法一般をも司っている。義藤にとっては名実両面で幕府の体面を維持し得るかどうかの瀬戸際に立たされたのである。
これを受けて、長慶は久秀とともに対応を議した。
久秀は山ほどの庶務を抱えながら、苦い顔で言う。
「しかし、とんでもないことになったな。こっちは京の煩雑な庶務で手一杯だってのに」
「そう言うな。これを利用せぬ手はあるまい。まずは京の権門に政所が降ったことを盛大に披露したい」
長慶が言うと、久秀は即答する。
「軍装華美にして勇壮なる武者千騎、すでに行軍の準備を始めている。伊勢邸への行軍路も調整済みだ」
あまりの用意の良さに、長慶が笑った。
「ふふ、庶務で手一杯ではなかったのか?」
「お前の腹心やって二十年だぞ。せねばならんことくらい、言われんでも分かる」
かくして三月、長慶は千兵を伴って洛中を巡行し、伊勢邸へと赴いた。
貞孝はこれを歓待し、返礼を約して宴を終える。
京の権門諸家に対し、政所ですら将軍を見限ったのだと喧伝したのである。
そして三日後、今度は貞孝が、長慶の在陣する東山の吉祥院を訪れる。
このとき、驚くべき事件が起こった。
一人の少年が吉祥院へと忍び込み、長慶と貞孝の居る宿所に火をつけようとしたのである。
少年はただちに捕縛されて詮議を受け、彼の仲間と見られる二人が召捕られ、三人が斬られた。
事件のあと、久秀が頭を下げて言った。
「面目ない。おれの手抜かりだ」
しかし長慶は、意外にも逆のことを言う。
「ふむ、いや、あるいは敵の失策かもしれん。五日後、再び伊勢邸に赴くゆえ、警備はほどほどにせよ」
長慶はそう命じ、再び伊勢邸を訪れる。
長慶は貞孝と面会し、伊勢氏の処遇および京の庶務について相談したのち、将棋を指し、酒宴を開いた。
事件後も伊勢氏と三好氏の友好が健在であることを内外に喧伝するためである。
この酒宴の最中のことであった。
長慶の酒盃に酒を注ごうと近づいてきたかに見えた進士賢光が、突然刀を抜き、長慶に切りかかったのである。
「長慶っ、覚悟!」
不意の急襲である。
しかも長慶は刀を帯びていない。
十中八九、殺されてしかるべき状況であった。
しかし、長慶はまるで切りかかってくると知っていたかのように、その刀を躱す。
賢光はさらに一太刀、もう一太刀と切り込んだが、長慶の腕を軽く切り裂いた程度で、致命傷を与えられない。
なおも襲いかかろうとする賢光に、久秀が肩から突進し、濡れ縁まで突き飛ばした。失敗を悟った賢光は逃げ出そうとしたところで、駆けつけてきた警固の武士に切り伏せられた。
「長慶っ、大事ないか!?」
久秀が長慶に駆け寄ると、腕から血が流れていたが、命に関わるほどの深手ではなかった。
長慶は痛みを堪えながら、しかし冷静に言う。
「大事ない。しかし、生死はしばし伏せよ」
京ではたちまち噂が広まり、三好長慶生死不明との風聞が流れた。
同時に、丹波から宗三の子・三好宗渭、香西元成らが来襲し、東山一帯に火を放った。
しかし、三好方は少しも動ぜず、数日のうちに二万の兵を率いた長逸父子が逆襲。
宗渭らは難なく撃退される。
進士賢光は斬られたのち即死したため、証言は得られなかったが、三好宗渭らの来襲により、もはや暗殺の首謀者は明らかであった。
長慶は痛む腕をさすりながら、久秀に言う。
「将軍が暗殺を用いたとなれば、幕府の威信は地に落ちる。晴元殿のお立場、すでに危うかろう」
久秀は長慶の言葉を受けて、すぐさま立つ。
「なるほどな。ならば晴元は最期のあがきに出るだろう。兵を集めておく」
しかしながら、事態は思わぬ方向へと向かった。
五月五日、河内守護代であり、長慶の義父でもある遊佐長教が、時宗の僧侶によって殺害されたのである。
長慶はこの報せを聴き、愕然とした。
「晴元殿は、鬼畜に落ちたか」
そして軍権を久秀と長逸に任せ、自身は急遽、越水に一時帰城する。
無論、遊佐長教の娘である継室・照姫に事態を伝えるためである。
長慶の突然の帰還に驚きながら、照姫はまず京で「三好長慶生死不明」とされた噂について聞き、長慶の身を案じた。
長慶はあえて笑って答える。
「大事ない。照は健やかに過ごしておるか」
長慶がそう問うと、照姫はにっこりと笑ってみせた。
「はい、近頃は体が軽うございまする」
とても言えぬ、と長慶は思う。
ここから、そなたの父が死んだぞなどとは。
しかし、言わねばならなかった。
ここで言わねば、どのような形で伝わるかわからない。
「照や、わしはこれから、そなたに悲しいことを伝えねばならぬ。聞けるか?」
長慶が恐る恐るそう切り出すと、照姫はもうすでに激しく傷ついたような顔で聞き返した。
「離縁に、ございまするか?」
「違う。離縁などせぬ。何があっても離縁などせぬ。そうではない、そうではないが、同じくらい悲しいことじゃ」
離縁ではないと聞いて、少し落ち着いたのか、照姫は小さな声で答える。
「おっしゃってくださいませ」
「うむ……河内殿が、お義父上が、亡くなられた」
聞いて、照姫は胸を刃物で刺されたかのようにぎゅっと目をつむり、痛みに耐えるように呻き、それから問う。
「……病に、ございまするか?」
一瞬、嘘を吐こうかとも思われた。
しかし、後のことを思えば、この妻には常に正直であろうと、長慶は惨酷な言葉を発した。
「いや……刺客に襲われたのじゃ」
「そんな」
死の事実を拒絶するかのように首を振る姫を抱きしめ、長慶は言う。
「照よ、わしは必ずそなたを守る。安心せよ。何も恐れることはない」
長慶の腕の中で、照姫は歔欷を続けている。
夜が、永い夜が、深く沈むように更けていった。




