第四十八話 江口の戦い その4 榎並城
天文十八年(1549)一月。
宗三の調略に応じる形で榎並城に埋伏していた十河一存が、情勢の緊迫を読み取って離脱。
越水城へと入城した。
この緊急事態を受けて、越水城には、阿波から之虎と篠原長房、淡路から安宅冬康も参集し、三好四兄弟が集結する。
「すまねえ、一緒に入った加助は連れ出せなかった。榎並城にゃかなりの数の兵が集まってる。あそこを力攻めするのは容易じゃねえ」
一存は兄弟たちの前で榎並城の様子を説き、そう所見を述べた。
一存の証言から再現された城中絵図は、不明な部分も多々あるものの要点が押さえられており、それだけに城攻めが困難であることを如実に示していた。
宗三は榎並城に自らの長子である三好政生(宗渭)を入れ、大軍を与えてこれを難攻不落の要塞としている。
そのうえで、自身は遊軍を率いて丹波から北摂へと侵入、塩川氏や伊丹氏と合流し、南北から長慶方を挟撃する構えと見えた。
宗三の強みはその外交力である。
放っておけば、摂津の諸勢力を次々と懐柔し、包囲網を形成するであろう。
「やはり遊佐勢と同時に摂津諸城を攻略していくしかあるまい。榎並城への補給線を断ち、包囲して干殺しにする。宗三が後詰に来れば、これを叩く」
長慶が大略を示すと、冬康が課題を指摘する。
「そうなると、問題は近江の六角氏がどう動くかです。榎並城を包囲した時点で六角氏の大軍に後巻きにされれば、遊佐勢もろとも一網打尽にされかねません」
之虎が、ぽつりと呟くように言う。
「おそらく、六角は動かない」
「なぜそう思う?」
長慶の問いに対し、之虎に代わって篠原長房が答える。
「先年より六角定頼は病に伏し、軍権は嫡子・義賢に移っているとの諜報が入っております。定頼が没すれば、六角に頭を押さえられてきた北近江の浅井が牙を剥くと見られ、さらに浅井が東の斎藤や織田と結ぶようなことになれば、東西挟撃となりますゆえ、六角氏は決戦兵力を西に投入しづらい状況です」
「六角定頼の病については、こちらにも京の商人たちから同じ報せが届いている。事実と見ていいだろう」
久秀が長房の諜報を補強する。
一存がその分析に疑問を挟む。
「しかしよ、将軍や晴元の要請を六角が無視できるか?」
これに、之虎が答えた。
「軍は動かしてくるだろう。しかし、京より西には出てくるまい。六角氏は桂川合戦にて決戦を避けたことで家運を盛んにした。英雄たる当主定頼不在の軍にあっては、この成功が判断を縛る。少なくとも我らが標的を宗三に絞っている間は、決戦を避けるだろう」
之虎は舎利寺の戦いでもその読みを的中させている。
その発言には重みがあった。
長慶はこれらの意見を聴き、決断を下す。
「よし、兵を動かす。遊佐勢と連携し、榎並城包囲の手立てを進める」
かくて三月、三好勢は摂津諸城の切り取りにかかる。
長慶はまず摂津柴島城に侵攻、後詰に現れた宗三の軍勢を蹴散らし、勝勢に乗って榎並城に攻撃を仕掛けたが、やはり攻め難しとみて持久戦に移行した。
六角定頼は兵を動かさなかったが、和泉守護・細川元常と守護代・岸和田兵衛大夫および根来寺に書状を送り、晴元方への参戦を促す。
そして五月、戦局が動く。
きっかけは、晴元が軍を動かしたことである。
晴元は山城・摂津間の要害となる北摂の芥川山城を攻略すべく、讃岐国人の香西元成に兵を与えてこれを攻めさせた。
しかしこの香西元成の軍勢を、三好長逸の部隊が迎撃して撃破したのである。
内政・外交を主体に活躍してきた弓介長逸であったが、合戦においても指揮官としての才覚を発揮した戦いであった。
晴元方は出鼻をくじかれた状況をくつがえすべく、岸和田氏と木沢氏に命じて堺を襲撃する。
しかしこれも敵襲を予期していた長慶は、遊佐長教の助力を得て撃退する。
勢力間の連携においても、長慶方は晴元方を圧倒していた。
ここにおいて、摂津・河内戦線での三好方の優勢は明らかとなったのである。
「兄上、面白い報せだ」
六月半ばを過ぎたころ、之虎がある諜報を持って長慶を訪ねた。
長慶はその報せをうけて、直ちに会合を開いた。
「之虎の手の者によれば、六月十七日、宗三は榎並城の北、江口に城を築き、そこに兵を容れたそうじゃ」
長慶が之虎の諜報を示すと、一存が怪訝な顔をする。
「江口ぃ? んなところに城なんてあったか?」
「たしか江口村という村があります。村を接収して野戦陣地化しているのでしょう」
冬康が答えると、篠原長房がうなずいて言う。
「お察しの通り。江口という地は城にあらねど、淀川と神崎川の合流地点にて、北、東、南が川に面し、攻め難き地勢にございまする」
久秀が加えて言う。
「こっちにゃ晴元殿が五月末に三宅城に入ったとの報せが来てる。江口ってのは、三宅城と榎並城を繋ぐちょうど中間地点だ。六角勢が榎並城まで真っ直ぐ来れるように、連絡通路を確保する狙いだろう」
各員の言葉を聞き、地図を見ながら、長慶が言う。
「なるほど、連絡通路か。しかし、水上を封鎖すれば、籠の鳥だ」
長慶の言葉に、一存と冬康がうなずく。
淡路の安宅水軍と讃岐の十河水軍。
畿内において、この二人の指揮する以上の水上戦力は存在しない。
之虎が言う。
「虚実定かでないが、六角定頼が息子の義賢に進軍を命じたとの報せもある。攻めるなら、今しかない」
長慶はしばし思案し、そして決断した。
「冬康、一存は水軍にて江口の側背を封鎖せよ。封鎖が完了次第、本隊は榎並城の包囲を一部解き、江口を強攻する。宗三をここで討ち取るぞ」
「応!」
兄弟が口々に応じ、散っていく。
長慶は久秀を呼び止め、筆を取り、短冊にすらすらと歌を書き付けた。
川舟を とめて近江の勢もこず 問わんともせぬ 人を待つかな
謎のような歌である。
長慶はその短冊を久秀に渡して言う。
「久秀、これを間者に持たせ、江口の奥に置いてこさせよ」
「偽文書はいらんのか? これだけでは、何のことかわからんだろう」
「わからんほうがいい。効くかどうかわからぬ、呪いのようなものだ」
久秀はうなずいて退出する。
飯盛城の戦いからおよそ二十年。
ついに三好家にとって雪辱のときが訪れようとしていた。




