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第四十五話 江口の戦い その1 池田家家督

 時代の歩みが早まっていた。

 その歩みにせかされるように、長慶と宗三は早くも対立することとなる。


 発端は天文十七年(1548)五月。

 舎利寺の戦いの前哨戦において、摂津池田氏が一時氏綱方についたことの責任を巡り、当主池田信正が自害に追い込まれたのである。


 一時敵方に降ったとはいえ、当主自刃は苛烈過ぎる処置である。

 晴元がこうした処断に踏み切ったのは、池田家の家督問題がその根本にあった。


 池田家当主、池田信正は三好宗三の娘を妻としている。

 そして、その妻との間に男児・太松(後に長正)を儲けた。


 晴元の婚姻政策の図式から言えば、この太松が家督を継承することで、池田家の取り込みが完了する形になるのである。


 ゆえに、この問題が発生する以前から、晴元は宗三を通じて信正に早期の隠居を要求してきた。

 そして今回の一連の事件を受け、改めて家督の譲渡を強く迫ったのである。

 追い詰められた信正は、腹を切ることになった。


 しかし、この晴元の目論見はあまりにも図式的過ぎた。

 国人衆の感情というものを、まったく無視していたといってもいい。


 信正の死後、宗三が一時池田城に入り、太松が家督を継承したものの、三月も立たぬ八月のこと、池田城内の反宗三派が決起した。

 宗三派の諸将を城中から追い出し、城を乗っ取ったのである。


 しかし、このようなことをすれば当然、晴元から討伐軍を差し向けられることは目に見えている。

 そこで、反宗三派の国人たちが一様に頼れる人物として思い描いた人物がいる。

 三好長慶である。


 この池田家反宗三派からの書状を前にして、長慶は久秀と議す。

 久秀は事情を聴き、納得したように言った。


「なるほどな、晴元殿は池田家の内情を読み誤ったわけだ」


「うむ。すでに一度は氏綱方に寝返ってしまうほどに、反宗三派の勢力が強まっていることを考慮して沙汰すべきであったろう」


「で、どうする。晴元殿の裁定を直接非難するわけにはいかんだろう」


 ゆるゆると扇子を使いながら、長慶が答える。


「単に池田家中においてこれを不服とする者があるというだけならば、そうだ。しかし此度、家督継承に当たって不始末の儀があった」


「不始末?」


「宗三殿にだ。なんと心得てか、宗三殿は池田城入城の際、池田家の家宝を勝手に接収し、これを我が物としたらしい」


 久秀は驚き、呆れた。


「何をやってんだあの人は……」


「宗三殿の意図はともかく、これで池田家の家督相続介入は、宗三殿の私慾によるものとして訴えることができる」


 ここに至り、久秀は長慶がすでに、池田家の訴えを代理すると決めていることに気づいた。


「だが池田信正はもう死んじまってる。家督継承はやり直せない。晴元殿に何を要求するつもりだ?」


「無論、宗三殿の追放を」


「晴元殿がそれを呑むとは思えないが……長慶、まさか」


 長慶はするりと扇子を閉じ、久秀の目をまっすぐに見て言った。


「もし呑まねば、兵を起こす。時の利、地の利、人の利、すべて揃うことは此度をおいて二度とあるまい」


 十年前、長慶は一度晴元に反旗を翻し、結果失敗に終わっている。

 あのときは国人衆の不満に押され、期せずしての蜂起であった。

 しかし今度は長慶にとって、満を持しての決起ゆえ、同じ失敗はせぬということであろう。


 久秀はそれでも重ねて問うた。


「今度は有利な条件で和睦とはいかんかもしれんぞ」


「さるにては、晴元殿を討つまで」


 久秀は大きく息を吸って吐き、長慶の顔を見た。

 気負っているようにも、復讐に燃えているようにも見えない。


 長慶は当年で齢二十六となる。

 久秀がまだ子供だと思っているうちに、いつの間にかこの男は、本物の王者の風格を身に纏うようになっていた。


「そこまで腹を決めてるんなら、おれが反対する理由は何もない。行きつく先がどこだろうが、おれはついていく」


「ふふ、当然じゃろう。久秀、おぬしが共に来ねば、たとえ天下を得たとて甲斐がないではないか」


 応仁の乱以来の大合戦とまで言われた舎利寺の戦い、その終結からわずか半年。再び戦乱の火種がここに生まれたのである。




 池田太松を擁立し、長慶は晴元に対して書状を発する。

 その内容は、君側の奸除くべしとして、宗三とその子、政生(宗渭)への誅伐を求めるものである。


 晴元は敏感に、長慶の謀反の気配を読み取った。

 書状を黙殺すると同時に、水面下で長慶方の諸将に調略の手を伸ばした。

 

 しかしその動きは、早くも長慶の知るところとなる。

 報せたのは、三弟、十河一存である。

 長慶は報告を受けると、一存に対し、調略に応じて敵情を視るよう申し付けた。


 久秀はこの報せを聴き、不安げに言う。


「いいのか? 又四郎殿というのは、相当な荒武者だと聞く。そうでなくともまだ齢十六だろう。晴元殿や宗三殿に言いくるめられちまいやしないか?」


 長慶は微笑して答えた。


「久秀はまだ又四郎に会うたことがなかったな。会えばわかる。こういうことにさとい奴じゃ。荒武者というのは……十河家の家風もあるが、まあ、奴なりの自己喧伝であろう」


 そして十月、十河一存の軍勢が宗三の拠る榎並城えなみじょうに入城するが、長慶はこれを黙認する。

 同じ頃、久秀のもとに一通、思わぬ人物からの密書が届いた。

 久秀は人払いした上で、長慶にこれを報じた。


「遊佐長教からの密書だ。お前と会いたいと言っている」


 遊佐長教といえば、先年長慶と死闘を演じた、細川氏綱方の主力大名である。

 晴元と長慶の関係が険悪化したと見て、早くも声を掛けてきたのであろう。


 これにはさすがに、長慶もしばし沈黙し、思案に沈んだ。


 久秀もまた、黙り込む。

 内心からすれば、久秀は遊佐長教を高く評価している。

 木沢長政との戦いの際に直接会い、その人となりを多少掴んでいるし、舎利寺の戦いで打ち負かしたとはいえ、極めて手強い相手であることを痛感している。


 しかしそれだけに、遊佐長教の立場、性情いずれから見ても、単独で長慶方に就くことは考えにくかった。


 すなわち、遊佐長教と手を結ぶということは、晴元方から氏綱方へと主君を乗り換えることを意味しているのである。


 長い沈黙ののち、長慶が言った。


「会おう。場を整えてくれ」


「……承った。長慶、何を選ぼうとおれはお前についていくが、そうはできない者たちもいる。言うまでもないことだが、それをよく考えて決めてくれ」


「わかっている。わかっているよ、久秀」

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