第三十一話 一族追放
婚礼の日を定め、津田宗達に媒酌人を頼むと、久秀は理玖を連れて越水城へと戻り、そのまま長慶のもとへ挨拶に上がった。
理玖の姿を見て、驚いたのは長慶である。
「理玖殿!? 理玖殿ではないか! いつ戻られたのじゃ? はっ、まさか……」
「なんだ、知り合いか?」
久秀が聞くと、理玖が笑う。
「同じ堺に住んどった同士やもん。あんなに小さかった千熊丸様が、こんな立派にならはったんやねえ、涙が出てまうわ。殿、私、斎藤理玖は、松永久秀の妻となります。これよりは夫とともに一心にお仕え申し上げますゆえ、よろしゅうお願い申し上げます」
そう言って理玖が頭を下げると、長慶は三つも四つも感情が入り混じったような複雑な顔で答えた。
「くっ、この果報者め、理玖殿を悲しませるようなことがあれば許しておかぬぞ」
久秀は何食わぬ顔で、長慶の許可に感謝を述べる。
まもなく近習の者が駆けてきて、長慶になにか耳打ちをした。
一転して緊張した面持ちで、長慶が言う。
「……理玖殿、早速久秀を取り上げてしまって申し訳ないが、案内の者を出すゆえ、先にお下がりくだされ。久秀、早速ですまんが、お主は残ってくれ。それから人払いを頼む」
久秀が理玖を見ると、理玖は頷き、すぐに下がっていった。
人払いを済ませ、久秀が長慶に問う。
「何だ? 敵襲か? 一揆か?」
長慶はそれには答えず、久秀に問い返した。
「弓介殿を覚えておるか?」
「ああ、伊賀殿(連盛)と謀反で連判した一門衆だろう」
「弓介殿より、火急の報せありとのことじゃ。このまま会う」
それだけ聞いて、久秀も大方を察した。
やがて三好弓介(長逸)が現れ、震える手で二通の書状を長慶に渡した。
一通目の書状には、摂津越水城を知行することを約束する旨の文言が記されている。
ただし宛先は長慶ではなく、三好伊賀守。
差出人は木沢長政であった。
文面から、先年に京で連盛が晴元方と小競り合いをしている最中のものであることがわかる。
「委細、使者申すべしと書かれているが、これは……」
久秀の言葉に、長慶がうなずく。
「うむ。間違いなく、内応の誘いであろう。私を切り、連盛殿に越水城を与えようという交渉であったようじゃ」
そして、二通目の書状に目を通す。
内容は明らかに、一通目の書状に対する応諾を伝えるものであった。
差出人は三好連盛である。約定の日は九月となっており、実際には六角定頼の仲介が素早かったために、木沢長政のもとへ届けられなかった書状と見られた。
「弓介殿、よく報せてくださった。が、これはいかにして手に入れられたものか」
長慶が問う。
長逸は、緊張のあまり息を切らしながら答える。
「い、伊賀殿の近習による、み、密告にて。命だけはお助けをと、請われ申した。実行されざる謀反なれば、なにとぞ、なにとぞ御慈悲ある御裁断を……」
「無論、臣に累は及ぼさぬ。しかし、伊賀守は」
長慶は、そこで一度言葉を切り、ぽつりとつぶやくように言った。
「切るか」
その声が、凍ったように冷えていた。
久秀が言葉を挟む。
「ご主君、しばし」
「久秀、私は冷静だ。しかし二度の謀反、許すわけにはいかぬ。取り逃がしても長政殿、宗三殿に侮られよう。三好利長は一族を統率できておらぬとな」
久秀はわずかの間、沈黙して考えを巡らせ、再び口を開いた。
「……弓介殿、この書状、受け取ったのはいつだ?」
問われて、長逸は即座に答える。
「今朝のことに。誰にも申しておりませぬ」
「ならば間に合う。主殿、確かに謀反は看過できぬし、逃げられては面目が立たん。だが切れば、主殿の名を傷つけるだろう。直ちに兵を動かし、追放とするが上策だ。兵は今すぐ出られる者のみ、わずかで構わん。おれがやろう、任せてほしい」
久秀の言葉に、長慶はしばし瞑目し、思案したのち、言った。
「わかった、任せよう。弓介殿、すまぬが久秀とともに行き、伊賀守家中の者共に投降を促してくれぬか。一門が行けば、応ずる者も多かろう」
長慶の声に、温度が戻っていた。
長逸は深く頭を下げ、拝命する。
「御恩情、痛み入ります。承りました」
久秀と長逸はすぐさま、わずか数十騎を率いて、伊賀守屋敷を包囲する。
屋敷を取り巻いたうえで、久秀が大音声で宣言した。
「伊賀守連盛、謀反の疑いこれあり! さるにても譜代の臣、その功に免じ、生害すべからずとの恩情にて、ここに追放に処す! 家中郎党、望むものは投降せば知行安堵いたすぞ!」
馬を駆り、屋敷の外周を巡りながら、同じ言葉を繰り返す。
兵たちにも声を揃えて叫ばせた。
「投降せよ! 投降せよ!」
通りには三好宗家の三階菱の旗があまた樹てられている。邸内からは、あたかも数百の兵に囲われたかに思われた。
たちまち屋敷は騒然とし始める。
長逸は武装した供回りを連れ、屋敷へと勧告に向かう。
その長逸に、久秀が耳打ちをした。
「弓介殿、もしあんたが切られそうになったら、この追放、おれの讒言によるものだと言ってくれ」
「なんと、何故に!?」
「あんたが悪名を被る必要はない。それに、連盛は単純な男だ。おれのせいだと思えば、あんたに刃を向けることもないだろう。あんたは、これからの三好家に必要な人間だ。ここで死ぬな」
長逸は感謝してうなずき、邸内に入っていった。
四半刻が経ち、数名の人間とともに屋敷から連盛が現れた。
連盛は馬上の久秀を睨み、呪詛するように言う。
「……下郎、因果は巡るぞ」
久秀はその言葉と視線を正面から受けて応じる。
「本望ですな」
連盛に付き従い越水城を出た者は、その妻子とわずか数名に過ぎなかった。
三好連盛のその後の消息は、翌年の天文九年、いずこかの戦にて親子ともに戦死したとのみ伝わっている。




