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第三話 天王寺屋のCEO

 堺へ向かいながら、久秀は三好元長(もとなが)という男のことを考えていた。


 堺の支配者、畿内最強勢力の領袖りょうしゅうにして、今や洛中らくちゅうの誰もが知る男。

 驚くべきことに、彼はまだ年のころ三十を過ぎたばかりだという。


 元長は十代のころに父と祖父を殺されている。

 殺したのは、管領・細川高国(たかくに)である。


 高国は、京兆家の跡目あとめを弟、澄元(すみもと)と争った。この戦いの中で、弟側についた三好家は敗れ、元長の父と祖父も死んだ。

 結果、元長は十九歳にして三好家総帥の地位を受け継ぐことになる。


 壊滅的な敗戦から、本拠地である阿波あわに逃れ、七年の雌伏しふくののち挙兵。

 澄元の子、細川六郎(ろくろう)を擁立し、ついに父の仇である高国を破ると、自らを中核とする政権を堺に打ちてた。


 恐るべき軍才と政治手腕である。

 この男が次の天下を握ると、だれの目にも見えていた。


「三好殿の宝物ほうもつが見たい、やて?」


 夜、堺に着くなり久秀が頼ったのは、豪商天王寺屋(てんのうじや)の跡取り、津田つだ宗達そうたつだった。

 宗達は、きつねのような顔に細い目をいっそう細めて言う。


「顔の広い松永はんの頼みやさかい、叶えてやりたいけどな。今は折悪バッドタイミングや。やめといたがええんとちゃうか」


「なぜ?」


「今朝入ったばかりの裏ネタや。ほかに漏らしたらあかんで」


 そう念を押して、宗達は語る。


「宿敵、細川高国を滅ぼして、わてら庶民から見れば磐石サスティナブルに見える堺公方(さかいくぼう)やけどな、その実、内側は主導権ヘゲモニー争いでガッタガタなんや」


 堺公方内部での対立は、久秀もある程度、その事情を耳にしている。

 河内かわち木沢きざわ長政ながまさが元長と対立して挙兵したが、現在は逆に城を元長に包囲され、落城間近だという。


「ここからが企業秘密トップシークレットやで。実は、その木沢長政を操っとるのが、細川六郎はんやっちゅう話や」


「なんだって?」


 驚くべき話だった。

 細川六郎といえば、元長の盟友である。ともに幼少期に父を高国に殺され、阿波でともに暮らし、共闘して亡父の仇を討った。主君と家臣という以上に、強い絆で結ばれた存在であるはずだ。

 その細川六郎が、なぜ元長と対立するのか。


「阿波で育った堺の義維(よしつな)公を将軍にしたい元長はんと、すでに正統な将軍として全国に認知されとる近江の義晴(よしはる)公のもとで管領につきたい六郎はん。細川高国ちゅう共通の宿敵がおらんようになって、思惑がズレてきとるんやろなあ」


「そういうもんか」


「ともかく、六郎はんはここで元長はんを完全に排除すべく、秘密裡に山科本願寺やましなほんがんじを動かしたちゃう話や。元長はんは法華宗ほっけしゅう最大の擁護者やからな、一向宗いっこうしゅう総本山の本願寺にとっては目の上のたんこぶ。このまま元長はんが天下人ちゅうことになったら、一向宗は大弾圧を喰らうかもしれん。門徒数万を動員して、飯盛いいもりじょうを囲っとる三好の軍勢を、城の外から挟撃する密約を交わしたちゅう噂が聞こえとるで」


 そこまで聞くと、久秀はするりと立ち上がった。


「どないするつもりや?」


「飯盛城に行く。今の話を元長に売って、代わりに平蜘蛛の茶釜をもらう」


 これには宗達が慌てた。


「そな阿呆な、それができるんならわてが行っとるがな! 本願寺がその気なら、明日には門徒が結集して、雪崩なだれ打って飯盛城に殺到するわ。今から行ったら、思いっきり巻き込まれて殺されるんがオチや。九割九分、いや十割間に合わへん!」


「だから商人は行かないんだろ? なら、おれが一番乗りだ」


 久秀が笑う。

 この男は、笑うと少年のような笑顔になる。

 宗達はこの笑顔を見ると、なぜかたまらない気持ちになるのだ。


「ちょお待ち! 止めても止まらんやろから、せめてこれ持ってき!」


 そう言って宗達が取り出したのは、一振りの見事な刀だった。


「天王寺屋がいま激推プッシュしとる新しい村正、伊勢千子正真の試作品や。美術品としちゃまだ初代千子村正には及ばんが、切れ味は折り紙つきやで。いずれは押しも押されぬ大名道具ンなる一品や! いざとなったらそれ敵にほん投げて、命乞いしなはれ!」


 久秀は刀を受け取ると、礼も言わずに駆け出した。

 行き先は摂津、飯盛城。

 三好家宿縁の地となる城であった。

 この時代、将軍家は二つに分かれていました。細川高国が擁立した足利義晴と、細川六郎および三好元長が擁立した足利義維です。もっとも全国的な知名度は当時も足利義晴が圧倒的で、義維はまだ畿内の大名が味方し始めたばかりでした。とはいえ、三好元長が細川高国を破ったことで、義維が正統な将軍となる見込みが強くなってきた……次回、飯盛城での戦いは、そんな状況の中での出来事です。


参考文献:

『足利義輝・義昭』(ミネルヴァ書房)著:山田康弘    など


■TIPS

天王寺屋(津田)宗達:

千利休、今井宗久と並び称される津田宗及(そうぎゅう)の父。三好氏は阿波で産出した藍や木材を畿内に輸出することで商業的な利益を獲得したとされる。また、天王寺屋は茶人・武野紹鷗などとも関係が深く、長慶の代にさかんになる文化人との交流のハブとしても機能していたのではないだろうか。


河内国:

畿内の令制国のひとつ。現代の大阪府東部にあたる。室町期において令制国は分国として守護大名の支配下となったが、河内国は三管領の一角である畠山氏が河内守護を世襲。応仁の乱以降は畠山氏が分裂し、河内国は「畠山総州家」が支配した。

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