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第十五話 蓮淳暗躍

 山科陥落から三ヶ月ほどが経ち、天文元年十二月。

 細川六郎と結んだ法華宗の進撃は続き、摂津における本願寺の大拠点、富田(とんだ)道場が陥落した。


 残るは大坂御坊のみ。木沢長政は法華門徒を結集し、大坂包囲を狙っている。

 蓮淳は遠く伊勢長島願証寺に蟄居中。幼い証如には残存勢力を糾合する力は無く、本願寺滅亡は目前と思われた。


 ――その頃。


「……伊勢から坊主が参ったと、城主殿に伝えたってや」


 摂津国島下郡(しましもぐん)三宅(みやけ)城に、一人の僧が訪れていた。


 常人の倍はある体幅。僧にあるまじき肥満。しかしそれらが不思議なことに、ある種の威厳を怪僧に与えていた。

 ただならぬ気配を感じ、門番は城中に走る。


 間もなく、城主自らが迎えに現れた。


「御坊、ようこそお越しを。三宅城主、三宅国村(くにむら)でござる」


 国村は、背の低い男である。

 いかにも人のよさそうな、武士と言うより百姓の長者のような雰囲気を帯びている。


「おおきに……あのお方は来てはりますか?」


 蓮淳の言葉に、三宅国村は小柄な身をさらに小さくすくめてうなずく。


「はい。どうぞ奥へ」


 国村は己の城だというのに人目を(はばか)りながら、蓮淳を城の奥へと連れて行く。


 三宅氏は摂津の一国人である。この三宅城も室町初期から代々三宅氏が継承してきた城だ。

 国村の父・国政(くにまさ)が細川高国に仕えて功あり、三宅城もまた高国の軍事拠点として、近年その縄張りを拡張された。


 ゆえに、広い。


 平城ながら本丸・二の丸を備え、周囲に堀を巡らした大規模城郭である。

 その本丸、奥の間に入ると、城主である国村は末席についた。

 上座から、男の声が聞こえる。


「……蓮淳殿、此度は御足労痛み入る」


「こっちこそ、落ち目の本願寺ィ見捨てもせず、よく会うてくれはりました。感謝申し上げる。細川……晴国(はるくに)殿」


 蓮淳が晴国と呼んだ男。


 彼は、細川高国の実弟である。

 そして今は、高国の後継者を称している。

 すなわち、細川六郎晴元(はるもと)と京兆家当主の座を争う、継承権者である。

 蓮淳は晴元に対抗すべく、細川高国の後継者に目を付けたのであった。


「落ち目はこちらも同じよの。三好元長に京を追われ、今は六郎に命を狙われる身である……近う寄られよ。高い声では話せぬ謀だ」


 言葉に従い、蓮淳は晴国の前へと進み、そこに座した。


「して、お味方はいかほどになりそうでっしゃろ?」


 蓮淳は図太くそう聞いた。

 細川家の継承権者とはいえ、それだけでは晴元に対抗できない。強力な味方が必要だった。


 晴国が答える。


「御坊の書状に従い、秘密裏に味方を募った。秘密裏にであるからして、声をかけたのも信の置ける者に限られておる。限られておるが、大物がついた。丹波(たんば)内藤(ないとう)国貞(くにさだ)である」


「ほう、内藤殿が」


 蓮淳の顔に笑みが浮かんだ。

 内藤氏といえば丹波守護代家であり、現当主国貞は戦上手で知られる硬骨漢だと聞く。強力な味方といえた。


「さらに、波多野(はたの)元清(もときよ)の子、秀忠(ひでただ)も我らに味方する。丹波一国味方についたも同然であるな」


「そらお見事。ご一族の氏綱(うじつな)はんはどないでっしゃろ? あの方なら、和泉(いずみ)の国衆も動かせるんとちゃいますか?」


 蓮淳が勢い込んで聞くと、晴国は苦い顔をする。


「氏綱は……臆病風(おくびょうかぜ)である。此度の戦には乗らぬらしい。あるいは高国の子として、私が京兆家を継ぐことに異論あるのやも。養子の分際で……」


「そら、残念ですなぁ」


 蓮淳が露骨に無念な顔をつくると、晴国はその落胆を打ち消すように言う。


「しかし、畠山尾州家(びしゅうけ)より稙長(たねなが)殿がご加勢くださる!」


「畠山稙長……なるほど。ほな、摂津はどないでっか?」


「摂津の調略はまだ進んでおらぬが、まずこの三宅、そして能勢(のせ)頼明(よりあき)が我が方についておる。和泉国衆が動かずとも、十分な戦力であろうが」


「ふーむ……」


 蓮淳は晴国の挙げた人物たちの勢力を脳内で反芻する。


 まず丹波の内藤・波多野は文句なしの最大戦力だ。晴国の言葉通り丹波一国、およそ一万からの軍勢を動員できるだろう。


 次に、畠山稙長。

 畠山尾州家はたしかに名門だが、現在は河内守護代の遊佐長教に実権を奪われていると聞く。

 遊佐長教は木沢長政と昵懇との風聞もあり、動員は期待しないほうがよいだろう。

 とはいえ、その名前は使えそうだ。


 意外なのは摂津国衆だ。

 もともと細川高国と敵対していた池田(いけだ)氏などはともかく、高国陣営だった伊丹(いすみ)氏などは晴国についてもよさそうなものだ。

 六郎の調略が思ったよりも早いのかもしれない。

 兵力は集められて数千といったところか。


 並べてみると、圧勝とは言えないがなんとか戦えなくもない、といった戦力であろう。

 敵方を見れば、近江の六角定頼は積極的に丹波や摂津まで兵を進めてくるとは思えず、晴元自身の戦力と法華宗が相手ならば、十分戦いになると見えた。


「……よっしゃ。ほんなら、じっくり兵を集めて挙兵してや。時期は、せやな、春ころがええんとちゃいますか」


「春とは、悠長ではないか? 急ぎ手勢をまとめて大坂本願寺に迫る敵を討つべきでは? 我らの挙兵を待つ間に、本拠地が落ちては元も子もあるまい」


「……はぁん?」


 蓮淳の顔が怒りに歪む。


「あんた、なんや勘違いしとらへんか? 本願寺はあんたらに助けを乞うとるわけやあらへんのやで」


「ご、御坊、落ち着かれよ」


 慌てて三宅国村が間に割って入る。

 晴国は蓮淳の怒気に怯みながらも、当然の疑問を返す。


「そうじゃ、落ち着かれよ! 悪気はない。悪気はないのだ。しかし、大坂が落ちては我らが盟も成り立たんではないか!」


「大坂御坊は落ちまへん」


 蓮淳は断言する。


「二年や三年囲われたところで、あっこは落ちひんのや。むしろ敵さんが主力を大坂に向けとることに感謝してもらわなあかんで。まあ見とれや、春には五分まで持ち直したるさかいに」


 蓮淳は不敵に笑う。

 その言葉は、間もなく現実のものとなった。

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