第十三話 山科炎上
京の街が、軍勢で満ちていた。
六角定頼率いる近江衆一万余。法華門徒一万数千。さらには京近郊の土民一揆勢が糾合され、合わせて三万もの数に及んでいる。
この大軍勢がそろって洛中を東へと進み、八月二三日、山科を囲んだ。
山科本願寺には、もはやこれに対抗しうる兵力はなく、焼かれるのを待つばかりであった。
その夜半。
「ほんで、どこが手薄かわかったんか?」
粟田口に蟠る膨大な数の法華門徒を見ながら、蓮淳が僧兵に問う。
「諸口固められておりまするが、敵主力の集まる東門粟田口は絶望的に。西門も六角勢が張り付き、鼠一匹通れぬ様子。土民の守る北門、やや手勢少き南門は、夜のうちならば……」
「土民か……よし、わしは南門から逃げる。宝物は北門から運び出せ」
「蓮淳様、しかし、一戦もせずしてこの山科を捨てるは……」
言いかけて、僧兵は青ざめた。
蓮淳がその目に怒りを溜めて、僧兵を睨み付けていた。
蓮順は僧兵に詰め寄り、低い声で言う。
「お前、本願寺にここで滅亡せいっちゅうんか」
「い、いえ、そのような……」
「証如ひとり大坂に遺してわしが死んだら、そこで本願寺は終わりや。けどな、わしには一発逆転の秘策がある。こいつをかましたるまで、死ねへんのや」
不思議なことに僧兵はこのとき、蓮淳という男を理解したように感じた。
蓮淳の言葉には、驚くべきことだが、少しも嘘がない。この男は本気なのだ。本気で、自分と証如さえ生きていれば本願寺は再興でき、そうしてそれこそが、すべての本願寺門徒にとって最も優先すべきことであると、そう信じているのだ。
「わしは(伊勢)長島に向かうが、証如は大坂御坊に入れろ。門徒、僧兵もほど良きところで大坂へ逃げよ。祖像も移せ」
そう言い捨てて、蓮淳は僧兵の一団とともに闇に消えていった。
主が消えたことを知らないまま、門徒たちは軍に囲まれながら、夜が明けるのを待った。
そうして、翌朝。
早朝から、法螺が鳴った。
法螺とともに、東西南北各方面で一斉に戦闘が開始された。
本願寺側は防戦したが、衆寡敵せず、まもなく門が破られる。
戦闘開始から約一刻ほどで、大伽藍に諸勢が乱入した。
寺内の堂塔といわず民家といわず、二十七万余坪ことごとく放火され、蓮如以来の山科本願寺は灰となって消えた。
法主証如は摂津遠征中により大坂御坊(のちの石山本願寺)に無事入ったが、宗祖親鸞聖人の祖像はしばしの間その行方がわからなくなる。
蓮淳は自身が住持を務める伊勢長島の願正寺に逃げ込んだが、証如を置いて逃げたことが不興を買い、大坂御坊から締め出されている……ということになった。
この戦闘の終結を受け、近江朽木谷の将軍足利義晴は朝廷に改元を奏上。
ときは天文に改まり、飯盛城の戦いに始まる畿内の混乱は終息へ向かうかと思われた。