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蛍とお星様

作者: 紅井さかな

閲覧ありがとうございます。

至らない点があるかと思いますが楽しんでいただけますと幸いです。


私が小学生の時のとある夏の話である。



私の名前は実花。当時、小学五年生だった。夏休みに田舎にあるママの実家に、ママと二人で来ていた。市街地から少し外れた場所にあり、自然に囲まれていた。おじいちゃんとおばあちゃんが住んでいる。


ギラギラと照り付ける太陽、どこを見ても山、山。虫が沢山飛んでいて嫌だったし、都会育ちの私は正直早く自分の家に帰りたかった。

 

しかし、ただ夏休みだからと言う理由だけでここに来た訳ではなかった。ママとパパが喧嘩しているのだ。「仕事、仕事ってパパはいつもそう!」「何だよ!ママだって!」と一昨日の夜に言い争いになっているのを私は布団の中で聞いていた。不安で、淋しくて、怖くて、暗闇に飲み込まれそうになりながら、ただじっと、言い争っているその声に耐えていた。

  



「ねえママ、いつまでここに居るの?」

「何、言っているの。夏休みの間はずっとここに居るって話したじゃない。自由研究に活かせるものなんか、いくらでもあるし、絵の宿題にもってこいの花や景色だってあるし最高でしょ?少し行った所にあるお家に確か実花と同じ年くらいの子も住んでるわよ」

「わかった……」


確かに宿題に役立ちそうな物は沢山あるし、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に居られるのは嬉しいけど、ママの言葉に私は納得がいかなかった。しょぼくれている私におじいちゃんが話しかけて来た。


「実花ちゃん、暗くなったらおじいちゃんと一緒に蛍を見に行こう。きっと綺麗だよ」

「蛍?うーん……」

「実花行ってきなよ。ママも小さい時によく行ったよ。自由研究それがいいんじゃない?」

「……わかった」


私は渋々蛍を見に行くことにした。元々、星や光るものには興味があったが、虫が大嫌いだった為、本当はあまり気が進まなかった。


田舎は時間が過ぎるのが遅く感じた。少しずつ空が赤くなり、そして夜を連れて来る。



「さあ、実花ちゃん行こうか」

おじいちゃんと手を繋いで歩いた。しわが沢山あるけど大きくて優しくてあたたかい。

「おじいちゃん、ここから蛍、遠いの?」

「すぐ近くだよ」

「ここの田んぼ道が、おじいちゃんの秘密の近道でね、ここを抜けたらすぐだよ」

「おじいちゃんすごいね。近道知ってるなんて何だか忍者みたい」

「ほっほっほ。ほら、見てごらん」


「うわー!!」

「今年も見事じゃ」


夢を見ているのかと錯覚する程美しい光が飛び交っていた。

そして、そこには小さな川がサラサラと流れ、川の流れる音もずっと聞いていられる程心地良い。

「蛍ってこんなに綺麗なのね」


ホワっと一瞬だけ光るものもいれば、光のリボンを描くように輝きながら舞うものもいた。そしてその光が水面に反射して、また別の美しさを放っていた。

「すごい……お星さまに囲まれているみたい」

「そうだろ。ほっほっほ」

おじいちゃんもとても嬉しそうだ。


この場所は近所では有名らしく、私達の他にも結構人がいた。おじいちゃんは私達の隣にいた人が知り合いだったらしく、楽し気に会話している。私は蛍を目で追う事に夢中になっていた。


「うわっ!」

 下をよく見ないで歩いていた私は石につまずいて転びそうになる。


「お嬢さんっ!危ないっ」

 その時、誰かが私を受け止めてくれた。とてもドキドキする。恐る恐る目を開けるとそこには高校生くらいのお兄ちゃんがいた。縦縞模様の浴衣を着ている。


「大丈夫?」

「う、うん!お兄ちゃんありがとう」

 私は恥ずかしさでそのお兄ちゃんの手を払い除けてしまった。

「なら良かったよ。お嬢さんは今日初めて蛍を見に来たの?」

 お兄ちゃんは変わらずニコニコしていた。


「そうだよ。私、実花って言うの。おじいちゃんと見に来たの。最初は虫嫌だなって思ってたけど来てよかった。お星様みたいに綺麗。あ、お兄ちゃんの肩に蛍がとまっているよ」

「本当だ」


お兄ちゃんは蛍をそっと手にうつし、草の上に返していた。

「あーあ。お星様も蛍みたいに捕まえられてらいいのにな」

「どうして?」

「だって、流れ星って願いが叶うでしょ?私、お星さま捕まえて、ずっとずっとお願いしていたい」

「何をお願いしたいの?」

「パパとママが仲直りできますようにって。もしかしたらリコンしちゃうかもしれないんだって。そんなの私嫌なの」


「そっか……実花ちゃんのその気持ち、パパとママに言った事ある?」

「まだ……」

「伝えてごらん。実花ちゃんはパパとママにとって蛍よりもお星様よりもずっともっとキラキラして大切な存在だから、お星様にお願いしなくても大丈夫だよ。わかってもらえるよ」

「本当かな?」

「本当だよ。きっと大丈夫」

お兄ちゃんは優しく微笑んでいた。お兄ちゃんの笑顔を見ると、私は心のモヤモヤがスッと消えた気がした。


「私ね、もう一つお願いしたい事が出来た」

「何?」

「来年もまた、お兄ちゃんと蛍が見たいな」

「いいよ。来年もまた、ここで待ってる」

「いいの?」



「おーい!実花ちゃん」

おじいちゃんの私を呼ぶ声がした。

「おじいちゃんが呼んでる。お兄ちゃんも来て」

「僕はここで。またね」

お兄ちゃんは手を振っていた。もう少しだけお兄ちゃんと話したかったな。私の心にはまだ少しだけドキドキが残っていた。




「実花ちゃん誰と話していたんだ?」

「お兄ちゃんだよ。高校生くらいの」

「はて、誰じゃろう。このあたりに住んどったかな」

「でも、来年も一緒に蛍見るって約束したの」

「そうか、それは良かったなー。そろそろ帰ろうか」



 今度は満天の星空を見上げながらおじいちゃんと田んぼ道を歩く。

「ねえ、おじいちゃん。あの光ってる三つの星は何?」

「こと座、わし座、はくちょう座だよ。ベガ、アルタイル、デネブとも言うんだよ。夏の大三角形だ」

「そうなんだ。そういえば学校で聞いた事あったかも。なんか三つ繋がってるって、仲良しみたいだね。私と、パパとママも前みたいに仲良しに戻れるかな?」


「もちろん、戻れるよ。実花ちゃんは、あのお星様よりも蛍よりも、もっとずっとキラキラ輝いている大切な存在だからね。皆、実花ちゃんの幸せを一番願ってる。実花ちゃんに悲しい顔をさせるようなことはしないよ」

「それさっき、お兄ちゃんも言ってた」

「ほっほっほ」

「私ね、お家に着いたら、パパとママ仲直りしてって、ママにお話しする」

「おうよ。わしも協力するぞ」

「おじいちゃん、ありがとう」




 家に着くとママとおばあちゃんがご飯を作って待ってくれていた。とてもいい香りがする。私のお腹は「ぐー」っと鳴っていた。腹が減っては戦が出来ぬって言うしね。

「さあ、食べましょう!」

「いただきます!」

 

おじいちゃんとおばあちゃんが一生懸命に畑で育ててくれた野菜を使ったご飯は最高においしかった。特に私はトマトの味にびっくりしてしまった。太陽の光をそのまま閉じ込めたような甘い甘い真っ赤なトマト。まるでフルーツを食べているようだった。


 


夕食の時間が終わると私は恐る恐るママに話しかけた。少しだけ怖かった。

「ママ、あのね。あの、パパと仲直りして欲しいの……ママもパパも喧嘩しないで……私嫌なの」

「あのね、実花。実花はまだ小学生だからわからないかもしれないけど、ママ達だっていろいろあるのよ!」

「でも……」

「でもじゃないでしょ?」

 私の話は聞いてもらえないの?お兄ちゃんもおじいちゃんも嘘つき。


「こらやめんかい!!実花ちゃんはずっと悩んでいたんだぞ!もっとちゃんと向き合ってやらんかい!!」

おじいちゃんがママに怒った。今まで見た中で一番怖い顔をしている。ママは泣きだしてしまった。泣いているママを見るのは初めてだった。



「昔を思い出すな……いつもこうやってお父さんに怒られてたよね」

ママはそう言って私を抱きしめた。

「実花、ごめんね。ママ、自分の事ばっかりでごめん……実花の事が一番大切なのに……」

私の大好きないつものママだ。私は心がポカポカしてきた。

「いいよ。おじいちゃんとお兄ちゃんが言ってた事は本当だった。私はお星様よりも蛍よりもキラキラしてママとパパに大切に思われてるって」

「お兄ちゃん?」

「そう!蛍を見に行った時に会ったの!私の事助けてくれて凄くかっこよかったんだから!」


「ふーん。実花、そのお兄ちゃんの事好きなんだー」

 ママがニヤっと笑う。

「ち、違うよ」

「冗談よ!ねえ、実花。ママ実花の事、大好きよ」

「私も。ママ大好き」

ママはまたぎゅっと私を抱きしめてくれた。


「実花ちゃんが出会ったのは山の神様かもしれないね」

おばあちゃんが微笑みながら言っていた。

「神様……?」

 確かにお兄ちゃんは私を救ってくれた、神様だ。




そして一年後の夏が来た。

パパとママはすっかり仲直りして、以前よりずっとラブラブだ。今年の夏休みは三人でママの実家に遊びに来た。

 

私はまた、お兄ちゃんに会うのを楽しみにしていた。パパとママが仲直りできたよってお兄ちゃんのおかげだよって伝えたい。お兄ちゃんの名前を今度こそ聞きたい。そう思っていた。

 

しかし天気は雨続きだった。いつもは雨音が好きで雨が降ると嬉しいのに、この時ばかりは雨を恨んでしまった。今年は蛍を見に行くことは出来なかった。

 

お兄ちゃんにはやはり会えなかった。

 



――そして私はお兄ちゃんに会う事が出来ないまま大人になってしまった。


それでも私の中のその思い出は、お兄ちゃんのその言葉は、消えることなく今でも心の中で光り輝いている。


またいつか私の初恋の神様にどこかで会えると信じて。





最後まで読んでいただきありがとうございました。

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