さよなら
「おや?なんです、突然……」
突然の申し出に、ジュスティーヌはキョトンとした顔をした。
「あなたほどに優秀な人材、なかなかいないわ。是非ともうちに来て欲しいの。報酬ははずむわよ?」
マルグリットがそう言うと、ジュスティーヌは即座に首を横に振った。
「申し訳ありませんが、アタシにはできませんや」
「どうして?」
「アタシがここで働きはじめたとしましょう。納得しない人が出てくるんじゃあないですか?」
ジュスティーヌは投げ出していた足を組み直した。
「納得しない人?」
一体、どういうことかとマルグリットは眉間にシワを寄せた。
「ここで働く人というのは、行儀見習いで来てる結構いいとこのお嬢さんばっかりなんでしょう?」
ジュスティーヌの言うとおりだった。
大貴族の使用人は、下級貴族や各領の地主、富裕な庶民などの子息、令嬢ばかりだ。
彼らは基本的に大貴族の元で一定期間働くことで上流階級の作法や教養を身につけると、地元に帰って家業を継いだり、別の家に嫁いでいく。
「ええ、そうよ。でも、納得しない人っていうのは……」
「このワタクシがなぜあんな賤しい庶民の女と働かなきゃいけないの!なーんて言われるかもしれませんよ?」
「そんな人、すぐクビにしてしまうわ。我が家に相応しくないもの」
「そしたら、他のいいとこから来た使用人たちとの間で揉めると思いますよ?マルグリットお嬢様は貴族や地主のワタシたちより賤しい庶民をお選びになるのか、なんということだ!ってね」
「……そう、それも、そうね…」
マルグリットは反論する余地がなかった。
ジュスティーヌの言うことはもっともであった。
そこまで予想できる洞察力は見事なものだと感心さえした。
「ええ、ですので、アタシはまたもとの庶民の女に戻るつもりです。そのほうがいいんじゃあありませんか?」
「あなたがそう思うなら、それでいいと思うわ。もとより、無理強いする気はないもの」
──残念だけど、仕方ないわね
マルグリットはそう自分を納得させた。
「心の深いお嬢さまで、実にありがたいことです」
ジュスティーヌが深々と頭を下げる。
不思議なことに、マルグリットはそのときのジュスティーヌが、誰より高貴な女のように見えた。
「また困ったことがあったら、いつでも訪ねてきてね。できる限りの援助はするわ」
「重ね重ね、ありがとうございます」
ジュスティーヌが再び深々と頭を下げると、ゆっくりソファから立ち上がった。
もう帰るつもりでいるらしい。
「あなた、これからどうするの?」
「ちょいとジュリエットお嬢さまの様子を見にいくつもりですよ。あの方は体を壊しやすいものですから……無事を確認したらサッサと帰ります」
ジュスティーヌは投げ出したベールをかぶり、靴を履き直した。
「馬車を用意しましょうか?」
「いやいや、結構です!アタシは鍛えられ方が違いますからね、長距離歩くのは平気でございます!!では、失礼しますねマルグリットお嬢さま」
ジュスティーヌはパン!と自分の膝を叩くと、そのまま部屋を出て行った。
「ええ、さよなら」
去っていくジュスティーヌの背中を、マルグリットは名残惜しい気持ちで見送った。
同時に、これほどに優秀な従者を持ったジュリエット嬢を、心底羨ましく感じた。