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実行

計画が整ったと同時に、ジュスティーヌは早速、エクソリア王子に接近した。

ヴァノロス男爵家は、王宮への出入りを許されている身分ではないが、エクソリア王子に近づくのは存外、容易なことだった。

エクソリア王子は無防備というのか、奔放というのか、護衛もつけずに娼館や下町に出かけて女漁りすることがしょっちゅうだった。

おまけに、寄ってくる女の誘いは基本的に断らない。

取り入るのもわりと余裕だった、とジュスティーヌは語る。

「まがりなりにも元婚約者のお嬢様の前でこんなこと言うのはどうかとは思うんですがね、あの王子様ときたら……会ってから半年も経たないうちにベッドインですよ?考えられます?婚約者がいるのにですよ?」

「別に気にしないわ。あの王子様なら考えられることですもの。私が書いた台本、なかなか役に立ったのではなくて?」

「ええ、まあ」

王子様に接近するにあたって、いつどこで、どんなセリフを言うか、どんな服を着るか、服装やアクセサリーまで細かく考えたのはマルグリットだ。

ファーストコンタクトは、王侯貴族御用達の宝石店。

自身を飾り立てることが大好きな王子様は、3日と空けずここにやってくる。

なので、毎日のように出入り口を見張っていれば、接近できると踏んだのだ。

その予測は、見事に当たった。



「あなたはエクソリア王子ですね?わたし、先日の式典のとき、勇ましく歩くあなたの姿を見て、一目惚れしてしまいました。それからは、何ひとつ手につかないくらい、あなたに焦がれて夜も眠れないのです。あなたに婚約者がいることはわかっております。でも、わたし、この思いを抑えられません。一夜だけでも構わないのです。どうか、ご慈悲を……」

こんな大して気持ちのこもっていないセリフを、王子様はあっさり信じ込んだらしい。

「王族さまってのは、もう少しガードの固いもんだと思っておりましたよ、アタシは」

ジュスティーヌが顎をぽりぽり掻いた。

「他の人は用心深いわ。あの王子様だけがおかしいのよ」

マルグリットがクスクス笑う。


──庶民の女にまで呆れられてしまうなんて、本当にどうしようもない人ね


「まあ、あの王子様に取り入るのはラクでしたけど、取り入ってからが大変でしたねえ」

それはそうだろう。

王子様は気が多いし、警戒心が薄く、ジュスティーヌが近づきやすかったということは、他の女も近づきやすいということなのだから。

エクソリア王子に近しい高級娼婦や下級貴族の女たちの中には、「あわよくばエクソリア王子と結婚までこぎつけて、王族と繋がりを持ちたい」と考えていた者も山ほどいた。

そんなわけだから、エクソリア王子が別の女に心移りして計画が頓挫しそうになったことが何度もあった。

そのたびに、ジュスティーヌは甘えて、泣きすがり、体ごと尽くすを繰り返して、なんとか王子様の心を繋ぎ留めてみせた。


そうして順調に関係を進めていき、あの婚約破棄騒ぎという終焉を迎えた。





「この件に関しては、本当に感謝するわ、ジュスティーヌ。おかげさまで、あの王子様と結婚せずに済んだし」

「とんでもない!2人のお嬢さまが困ってらっしゃるんですから、それに、あの騒ぎの後、アタシやジュリエットお嬢さまの生活の面倒を見てくださって、ホントにありがたい!感謝しなきゃならないのはこちらでございますよ!!」

あっはっは、とジュスティーヌが快活に笑った。

「ねえ、ジュリエットお嬢様は元気なの?今はイピレティスにいるのよね?」

「ええ、元気にしてらっしゃいますよ。よく働いております」

「働いてるの、立派ね」

貴族の令嬢は学や教養を身につけることが重要とされているので、家事雑用なんかの庶民の仕事をするとなると、相当難儀するのではないか、とマルグリットは心配になった。

過去に流行り病が猛威をふるって、使用人の何人かが体調を崩したとき、マルグリットは「たまには私がやる」と意気込んで洗濯や掃除なんかの雑用を代わってみたことがある。

結果は惨憺たるものだった。

洗濯物は縮んだり風に飛ばされたりするし、掃除道具はかたっぱしから倒してしまって、かえって散らかってしまった。


ジュリエット嬢だって貴族の娘だ。

そのあたりは大丈夫だったのだろうか。

「いやあ、まあ、なんです。ヴァノロス家はご貴族さまの中ではいちばん下の位置にいるでしょう?おまけに、ダンナさまの金づかいが荒いから、使用人を何人も雇うお金がなくて……だから、ジュリエットお嬢さまは自分のことは自分でせざるを得なかったんですよ。だから、働くことにはあんまし抵抗なかった見たいです。結構早かったですよ、仕事覚えるの」

「あら、そうなの」

父親がどうしようもない放蕩者で、自領が財政難となってしまったのは不幸としか言いようがないが、そのおかげで生活能力が鍛えられたのは不幸中の幸いだろう。

「ええ、先輩のメイドさんもお元気でございます。それと、イピレティスでいちばん金持ちでハンサムな男と、ちょっといいカンジなんですよ、ジュリエットお嬢さま」

「それはいいことね」

マルグリットはホッとした。

自分たちが企てたことで、慣れない場所に追いやり、要らない苦労をさせてしまっているのではと気を揉んでいたのだ。

「そのまま、その男と結婚して家庭におさまるかもしれないですねえ」

ジュスティーヌがうーんと考えむような顔をした。

「そうなったら、あなたどうするの?」

「なあに、そしたら、また元の居酒屋の女に戻りますよ」

ジュスティーヌはカッカッカと笑った。

そんなジュスティーヌを、マルグリットは冷静に見つめていた。

「そう……ねえ、あなた。この屋敷で働かない?」

前々から考えていたことを、マルグリットは切り出した。

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