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男爵令嬢のその後

後日、国王陛下は第一王子エクソリア殿下の廃嫡と、ヴァノロス男爵の爵位剥奪処分を言い渡した。


それから数ヶ月経った頃合いに、マルグリットのところへ訪ねてくる人がいた。

「マルグリットお嬢様、イピレティスから来たという女が、お嬢様に会わせて欲しいと言っているのですが、通してもよろしいでしょうか?」

侍女がマルグリットの自室までやってきて、確認してきた。

イピレティスというのは、エレオス家の領地の一部だ。

この本邸とは結構な距離があるから、訪ね人はここまで来るのに相当な苦労をしたことだろう。

「ええ、通してやってちょうだい」

もうすぐやって来る頃合いだろうと踏んでいたマルグリットは、快く訪問者を迎え入れることにした。

「あのう…本当によろしいんでしょうか?」

侍女が訝しげに聞いてくる。

「何か問題が?」

マルグリットは首をかしげた。

「いや、その女…何やら怪しげで……黒い服にベールなんかかぶってて、あまり話さないのですよ…なんだか気味が悪いですわ……」

「大丈夫よ。通して」

「はあ…かしこまりました……」

侍女は相変わらず訝しげだったが、マルグリットに言われた通りに客人を招き入れた。


侍女に連れてこられたその女は背が高く、裾がつま先まで伸びた真っ黒なドレスに身を包んでいて、分厚いベールで頭頂部から顎までを隠していた。

侍女の言う通り、たしかに怪しい。


しかし、マルグリットはそんな女の姿に少しも物怖じすることなく、自室へ案内した。

「いらっしゃい。どうぞ、こちらへ入ってくださいませ。ああ、しばらくは出払ってくれる?私、この人としばらく2人きりになりたいの」

マルグリットはドアを開けて、訪ね人を自室に入れた。

「かしこまりました」

マルグリットの命令を受けた侍女は恭しくお辞儀して、その場を去った。




「いやあ、マルグリットお嬢さん!お久しぶりですねえ!!」

部屋に入るなり、訪ね人は顔を覆っていたベールをはずして、ソファに勢いよくドカッと座り、高さ15センチほどのハイヒールを脱ぎ捨てた。

ベールの向こうには、地味ながら愛らしい童顔の丸顔が隠されていた。


そう、マルグリットを訪ねてきたのは、ジュリエット・ヴァノロス男爵令嬢その人であった。

いや、正確には、この目の前にいる女性は「ジュリエット・ヴァノロス男爵令嬢」ではない。


「ええ、久しぶりね。ジュリエット嬢…じゃないわね、えっと…」

マルグリットは言い淀む。

「アタシはジュスティーヌですよ、ジュスティーヌ」

マルグリットの態度に気を悪くした様子もなく、女性は名乗った。

「ごめんなさいね、あのときにあなたの本当の名前を聞きそびれてしまって……」

「いいんですよお、アタシごときのような底辺の女、本名なんかあってないようなもんですから!あっはっは!!」

パーティー会場でのしおらしい様子が嘘のように、ジュスティーヌは豪快に笑った。



この女ジュスティーヌは、言ってみればジュリエット・ヴァノロス男爵令嬢の影武者だ。

王子様はおろか、王侯貴族の大半は知らない。

マルグリットが存在を知ったのも、わりと最近のことだ。

本物のジュリエット・ヴァノロス男爵令嬢は、あの婚約破棄騒動よりずっと以前から、実家を出奔して行方をくらましていたのだ。



ヴァノロス男爵という人は、悪い噂の絶えない人だった。

賭博癖があり、女遊びが激しく、どうしようもない大酒飲み。

それに加えて召使いへの暴力や給金のピンハネ、後に国王陛下が明るみにした横領に密輸入、文書偽造も前々から噂になっていたのだ。

こんなふうにヴァノロス男爵が悪目立ちするからか、娘にあたるジュリエット嬢のことはあまり知られていなかった。


ジュリエット嬢は「体が弱いから」と理由をつけて、なるだけ外に出ないようにしていたのだという。

ジュスティーヌはこのことについて、あんな父親を持っているのが恥ずかしくて外を出歩きたくなかったのかもしれない、と述べている。

それに、あまり体が強くないのも事実だそうだ。

公の場に出たことのないジュリエット嬢の顔は、ヴァノロス男爵領の領民さえ、まともに顔を見たことがなく、顔を知っているのは古くから仕える老メイド1人だけ。

こんな有り様なので、「引きこもり令嬢」なとど不名誉なあだ名をつけられてはいたが、ジュリエット嬢を嘲ってのことではなく、同情を込めての名づけらしい。

それはそれで、失礼な気もするが。


しかし、そんなジュリエット嬢もたまには外出する。

老メイドと一緒に粗末な格好をして、農民の母娘を装って、自領の視察を兼ねたお忍びでのお出かけだ。

ジュスティーヌが見つけ出されたのは、まさにそのときのことで、ほんの偶然に過ぎなかった。


「そのときのジュリエットお嬢様ときたら…いきなり近づいてきて「あなた、わたしの影武者になってくださらない⁈」ですよ。この人は何言ってんだ、この女は正気なのかって疑いましたよお。いやー、驚いた驚いた」

そのときの様子を、ジュスティーヌは懐かしげに話す。

「それから、どうやって影武者になったの?」

マルグリットは、ずっと聞きたかったことを尋ねてみた。

「ホントのヴァノロス家のお嬢様なら、証拠を出してくれって頼んだんですよ。そしたらねえ、その人のおばあちゃんかお母さんだと思ってた女の人が突然、私はヴァノロス男爵令嬢に仕えるメイドだって言い出して…それで、エプロンのポケットから何か出したんですよ」

ジュスティーヌが片手を伸ばして、物を手渡すまねをした。

「その人は、何を出したの?」

「ペンダントですよペンダント。ヴァノロス家の紋章入りの。そんなの、ものすごーく高価で大事なヤツだってことぐらい、アタシだってわかりますよお。たまげましたねえ。メイドさんはそれをアタシによこして、あとでペンダントを持ってヴァノロス城を訪ねてきてくれって言ってきたんです。「これは大事なものではありませんか?拾ったので持って参りました」って言うように指示されてね」

「それで、行ったの?」

「そうですそうです。ニセモノつかまされたんじゃねえかとか、手の込んだサギなんじゃねえかとか考えましたけどね、イチかバチか行ってみたんです。そしたら、まあー…意外とあっさり迎え入れられましたね」

ジュスティーヌの話を聞いたマルグリットは、老メイドの機転に感心したと同時に、それからどうやって影武者になるに至ったのかが気にかかった。




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