当然の顛末
「何の騒ぎだ?」
国王陛下がやってきた。
背が高く、白髪の混じった髪はしっかり整えられていて、立派な口髭をたくわえている。
頭を高く上げ、毛皮のマントの裾を翻して歩く様は威厳に満ちあふれていて、見る者を圧倒する。
武力、教養、人望、全てを兼ね備えた国王陛下のお出ましとあってか、周囲の人々はサッとその場から離れて、国王陛下に道を譲った。
どうしてこの立派な国王陛下からあの王子様が生まれたのか。
本当にあの国王陛下の子か。
社交界ではそんな醜聞が飛び交っているのに、王子様は一向に意に介していない。
──本当に、どうしようもない王子様ね
マルグリットは王子様を軽蔑の眼差しで見つめた。
「聞いてください父上!他でもないあなたが決めたこの婚約者マルグリット・エレオスは、ここにいる男爵令嬢ジュリエット・ヴァノロス嬢に、数々の嫌がらせを行ったのです!!」
国王陛下が出てくるなり、王子様は訴えた。
「ヴァノロス男爵令嬢、エレオス嬢から受けた嫌がらせというのは、どのような?」
「たとえば…」
王子様が割って入って、口を開く。
「エクソリア!私は今、ヴァノロス男爵令嬢に問いかけている」
国王陛下が王子様をたしなめた。
──この王子様ったら、会話すらまともにできないのかしら?
「……ううっ、えっ…ええッ、こないだなんか…階段から突き落とされましたあ。わたし…酷いケガをしてしまって……ほんとうに怖かったんですう……」
ジュリエット嬢はまた、わざとらしい泣き真似を始めた。
それでバカな王子様は騙せても、聡明な国王陛下は騙されるわけがないのに。
「いつの話だ?」
「ううッ…1ヶ月前のことですう」
「1ヶ月前というと、はて?その頃は確か、マルグリット嬢は「挨拶周り」に出向いていたはずだが…」
「挨拶周り?」
王子様は鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をした。
──この王子様、本当に何も知らないのね…
未来の王妃となる令嬢は、結婚する1年前くらいから、国中の王侯貴族に挨拶をして周るしきたりがあるのだ。
その際には、国王陛下が選んだ監視官もついて来る。
どこの貴族に、どう挨拶したかを報告させるためだ。
建国以来、このしきたりは守られ続けてきた。
王族なら知っていて当たり前なのに、遊んでばかりの王子様は知らなかったらしい。
「挨拶周りをするには、各地を移動する必要がある。貴女に嫌がらせする暇はなかったはずだ。そんな大それたことをすれば、監視官から報告がなされるはずだが……」
「しかし父上っ!嫌がらせは他にもあったんだ!あの女が犯人に決まってる!あの女は、未来の王妃には相応しくない!」
王子様は引き下がらない。
意地でもマルグリットを悪者にしたいようだ。
「その嫌がらせの証拠はどこにある?まさかとは思うが、その男爵令嬢の証言のみとは言うまいな?」
「それの何がいけないんだ!俺はジュリエットを信じている!!」
王子様の悪あがきは止まらない。
王子様は真剣そのものだが、マルグリットは笑い出してしまいそうになるのを、必死で堪えていた。
本人が言うように、この婚約は他でもない国王陛下が決めたもの。
それを左右し、破棄できるほどのものなど、王子様の主張にも、ヴァノロス男爵令嬢の思惑にも、マルグリットの無実にもありはしない。
それを決めるのは王子様ではなく、王なのだ。
「論外だな」
国王陛下がハアと大きなため息を吐いた。
「父上、どういうことです?」
父王の思わぬ反応に、王子様はあからさまに戸惑ってみせた。
「ヴァノロス男爵だが、横領に密輸入、文書偽造などの容疑で、すでに取り押さえられていることを、お前は知っていたか?反論なら受け付ける。まあ、人的ならびに物的証拠はもう十分に備えているがな」
「え、そんな…嘘でしょう……⁈」
ジュリエット嬢が驚いた顔をした。
「え……ジュリエット?」
それ以上に驚いた顔をしたのは、王子様の方だった。
「ちがうのエクソリア様!わたしっ、本当にマルグリット様にいじめられて……!」
ジュリエット嬢はあわてて取り繕ったが、もう手遅れだ。
これではもう、実家の悪事を自ら暴露したようなものなのだから。
「ジュリエット嬢、お前がヴァノロス男爵の手先だということも、とっくに調べがついているぞ。あの男爵の放蕩三昧が原因で、お前の家は財政難ということもな。おそらく、王族たる我々と関わりを持って、また贅沢三昧をしようという魂胆だったのだろう?」
国王陛下がジュリエット嬢を睨んだ。
あの猛禽類のような瞳に睨まれては、生半可な出まかせなど通用しないことぐらい、嫌でも思い知らされる。
「ち…ちが……」
案の定、ジュリエット嬢は何か言おうとするが、何ひとつ言葉が出てこない様子だった。
「第一王子エクソリア、ジュリエット・ヴァノロス男爵令嬢。お前たちの処分に関しては、追って伝える。近衛兵たちよ、この2人をこの場所から退去させろ!!」
国王陛下の命令に従って、あっという間に近衛兵たちがドカドカと押し寄せてきた。
近衛兵たちはジュリエット嬢と王子様の腕を引っつかみ、パーティー会場から引きずり出そうとした。
「違う、違うわ!!わたしは悪くないわ!!……いやああああ、やめて!ちょっと、離して!離してよおお!!」
屈強な近衛兵3人がかりで掴まれては、か弱い乙女はひとたまりもない。
あっという間に外に出されてしまった。
「おい、何をするんだ!やめろ!無礼者どもめ!!俺は、未来の国王陛下だぞ!!」
王子様は「未来の国王陛下」という立場はもう過去のものということすらわからないらしい。
往生際悪く、最後の最後まで悪あがきし続けていた。
国王陛下の少し後ろで、王妃様が顔を両手で覆って嘆いているのが見えた。
王妃様曰く、あの王子様は小さい頃は体が弱く、それが不憫でつい甘やかしてしまったのだという。
未来の王妃としての最初の挨拶周りは、王妃様のもとへ向かう。
その際に王妃様は、マルグリットに向かって後悔の念を述べていた。
同時に王妃様は、こんな不甲斐ない息子だが、いつかは更生してくれるはず、真人間になってくれるはず、と今日まで希望を捨てずに生きてきたらしい。
その期待までも、あの王子様はキレイに裏切ったのだ。
何たる親不孝者か。
──それにしてもあの子、なかなかの役者ねえ
近衛兵に引っ張られて追い出されていく最中、ジュリエット嬢がこちらに意味ありげに目配せしてきたのを、マルグリットは見逃さなかった。