婚約者の王子様
「マルグリット・エレオス、お前との婚約は破棄させてもらう!」
本日はお日柄もよく、この国の第一王子エクソリア殿下が婚約発表を行う華やかなパーティーを行うには、うってつけの時期。
瀟洒な会場内には、やんごとなき人々がひしめき合って、王子様からの重大発表をずっと待ち構えていた。
そんな中で、地味な女性を傍らに侍らせて、マルグリットの婚約者たる王子様はこんなことを声高らかに宣言してきた。
「貴様の悪逆、統一国家エレウテリアーの第一王子たるこの俺様が、知らないとでも思っていたか⁈」
「悪逆?いったい何のことです?」
身に覚えのない罪を突然責められて、マルグリットはキョトンとした。
「とぼける気か?なんとまあ、厚顔無恥な女だ!」
王子様が、ご自慢の整った顔をひん曲げて、ハッとバカにしたように笑う。
「貴様がジュリエット・ヴァノロス男爵令嬢に対して数々の嫌がらせを行なっていたことは、とっくの昔に判明しているのだ!」
王子様はそばに立っていた地味な女性を、初めて授かった我が子のようにぎゅっと抱き寄せた。
「そうなんですう…わたしい、マルグリット様にいじめられて……うっ、ひっく…ううっ……」
ジュリエット・ヴァノロス男爵令嬢は、わざとらしくヒクヒク鼻を鳴らして王子様の胸にすがり、泣きマネを始めた。
背が低くて地味だが、よく見ると顔のパーツは整っていて、丸顔で童顔の愛らしい顔つきをしている。
女癖が悪く、王族出身の女性から下町の娼婦に至るまで、片っ端から女を食い散らかしているという噂のある王子様が入れ込むには、十分な要素を備えている。
背が高く、つり目気味で面長なマルグリットとは真逆のタイプだ。
「ああっ…かわいそうなジュリエット……あの傲慢極まりない悪女には、この俺が直々に正義の鉄槌を叩き込んであげよう!」
王子様は高級娼婦たちに受けの良い白い歯をこれ見よがしに覗かせて、ジュリエット嬢にほほ笑んでみせた。
「すみません…エクソリア殿下、話が全く見えてこないのですが?どういうことか説明してくださいませんこと?」
マルグリットは尋ねた。
実際、身に覚えがないのだから、そう答えるより他ならない。
「見苦しいぞ!この国の頂点たる王の伴侶となる者には、相応の振る舞いというものが必要なのだ!嫉妬にかられて、守るべき他者を虐げる女に務まるほど、王妃の座は安くはない!!」
未来の王の相応の振る舞いというのは、自国の女たちに手を出し続けることなのかしら、なとどマルグリットは内心呆れていたが、今はそれどころではない。
「違います。私は…」
「黙れ!見苦しいぞ!さっさと潔く罪を認めたらどうだ!!」
王子様が怒鳴り散らして、マルグリットの言葉を遮る。
そうしてジュリエット嬢から離れると、マルグリットに詰め寄ってきて、手首を掴んだ。
──殴るつもりかしら?
と思った矢先に、「国王陛下の御成りー!」という声が響いた。
本来なら、もう少し遅く着くはずだが、騒ぎを聞きつけてお出ましになったのだろう。
「ははっ!お前の悪事が父上に知れたら、お前はもう終わりだな!!」
これを好機と見た王子様は、マルグリットに向かってニヤリと笑った。
──終わるのは、あなたの方よ
マルグリットはうっかり口から漏れ出そうになった言葉を、グッと唇を噛み締めて堪えた。
しかし、マルグリットのほかに笑いを堪えきれない者がひとりいた。
王子様の後ろに立っている、ジュリエット嬢だ。