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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

天まで、

作者: livre

つぶあんぱんさん[@2222anpan]、王子さん[@ojitw]、掃き溜めに鶴さん[@hakidamenoturu]との合同創作企画 #四題茶会 。


【11月お題】

・流されるまま

・三段のアイス

・馬

・落ち葉焚き


 隣の教室から、綺麗に伸びたソプラノが聞こえる。

何人もの声が重なっていてもわかる。素直な私の耳はあの子の声を逃さない。

歌詞にある「天馬」。ビブラートまでやってのけて、苦しさを感じさせないまま一番長く音を響かせられるのは、きっと学校中でもあの子ただひとりだ。

ほら。綺麗に響いている。

あの子は合唱部で、歌うことが好きで、その才能もあって、だからこんなに……

「ちょっと! あっちのことはいいから集中して!」

 指揮者の言葉で我に返った。けれど、私だけに向けられたものではないらしい。

「このままじゃ負けちゃうよ!」「最後なんだよ!」なんて言っているけれど、そもそもこのクラスにはこんな熱量を持った人間の方が少ないのだ。

そんなに盛り上がってるの貴女と取り巻き数人くらいのものだよ、と言ってあげたい。

学校行事で異様に張り切る人間はどこにでも居る。彼女はその代表格といったところか。

大体、知らない国の知らない河を讃える歌なんて誰が興味を持つというのだろう。というか、実在する河なのかも私は知らない。

そんなことを言い出したらあちらの曲にある「アンドロメダを西南に」もよくわからないけれど……。そこに何かがあるとは思えない。

 白けた空気が漂う教室から窓の外を見た。冷たい風に落ち葉が舞っている。

冷気と寒風は窓を抜けてセーラー服を抜けて、肌にも心にも刺さる気がした。

歌声も伴奏も止まったこちらとは対照的に、あちらではまた歌声が響き出した。

多分、あの子が無意識にクラスを先導している。あの綺麗なソプラノで。あの子はそういう人だから、張り切りすぎた叱責なんか必要なくて、ただ歌うだけでいい。

 それに私にとってはこんなものより、冬休み直前の行事の方がよっぽど大切なのだ。


 学校のクラス替えというものは、双子を必ず別のクラスに配置する……らしい。担任や学校側の生徒管理を円滑に進めるためという噂は聞いているけれど、誰かに確認したわけじゃあないから本当のところはわからない。

でも実際小学校一年生からずっと、私とあの子が同じクラスになったことはない。

 私たちは一卵性で、自分たちでもよく似ていると思うほどだった。

数年前までは二人して同じ長さのロングヘア。さらに洋服まで揃えてしまえば、一見しただけでは見分けがつかない。昔はそれで周囲の大人をからかって遊んだものだ。

 食べ物の好みも同じで、考え方や価値観も同じで……。

例えば、毎年夏になると近所のお店で頻繁にアイスクリームを買ってもらっていた頃の話。

私たちは必ず「みっつのやつがいい!」と言った。豪華な三段のアイスクリームだ。

けれどそれは別に「いろんな味が食べたい」わけじゃなくて、単純に「好きな味をたくさん食べられる気がする」のが贅沢に感じて嬉しかっただけだった。だから私は決まってチョコレート味だけを三段、あの子はイチゴ味だった。

結局二段を食べる頃には飽きていて、両親が残りを一つずつ食べるのがお決まりの流れ。子供は自由で身勝手だな、と今になって振り返ると思う。これを何年も続けていたというのだから、両親はさぞ迷惑したことだろう。

 他にも同じところはたくさんあった。好きな男の子、嫌いなクラスメイト、苦手な先生、何かに対するリアクション、言葉選び、エトセトラ。

むしろ違うところや合わないところを探す方が大変だったと思う。

あの子は私にとって、私はあの子にとって、もう一人の自分とも言うべき片割れだった。

 仲良しこよしでいつも同じ。その均衡を崩したのは私だ。


 小学校の卒業と同時に髪を切った。「ちょっと出掛けてくる」とだけ言って、数時間後に帰ってきたと思ったらロングヘアが肩につかないボブになっていたのだから、両親は大層驚いていた。

優しい商店街の美容室は、私のお小遣いだけで綺麗に髪を切ってくれたのだ。もしかしたら、店に入ってきた私の顔が必死だっただけかもしれないけれど。

そんな私を見るなり、あの子は「かわいいね」と言った。「短い髪もよく似合ってるよ」と。

嘘だ、と思った。本当は「どうして同じじゃなくしちゃったんだ」と怒りたかったくせに。私には、わかる。


 そうした理由は複雑なようで至極単純で、私はあの当時、ひたすら怖がっていたのだ。

 五年生の頃だ。何でもないある日の朝、顔を洗って鏡を覗いていた時に妙な胸騒ぎを覚えた。

いや、胸騒ぎというのは少し違う。高鳴り、だったかもしれない。

初めはそれが何を意味しているのかわからなかった。けれども謎の高鳴りは鏡を見るたび毎回起こり、私は理解できないながら、何かとんでもない道へ進んでしまっているのではと怯えていた。

「自分を見てドキドキするなんて……。」

私はナルシシストだったんだろうか。こんなのおかしいじゃないか。気持ち悪いじゃないか。

抑えたくとも抑えられない感情に葛藤する日々。

誰にも相談できずに、あの子にさえ言えずに、結局私は数ヶ月経って自力で答えに辿り着いた。

 辿り着いて、絶望した。

 おかしいのは事実だったし、とんでもないのも正解だった。

私は自分にときめいていたわけじゃない。鏡の中にいる〔あの子〕にときめいていた。

瓜ふたつと言っていい私たち。鏡に映った姿は私であってあの子でもある。

実際に、生まれ始めた感情に気が付かされてからはドキドキするのに鏡なんて必要なくなっていた。

この目があの子を捉えるたび、声を聞くたび、一緒に遊んで笑いあうたび。

もはや四六時中、だった。それこそおかしくなりそうだった。

 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。正しくない。まともじゃない。こんなはずはない。

だって有り得ない。私たちは姉妹で、双子で、なにより同性なのだ。そんなのおかしい。おかしいのは嫌だ。

これじゃいけない。このままじゃいけない。なんとかしなくちゃ。なんとかしなくちゃ。

お願いだから私を見ないで。私に話しかけないで、笑いかけないで。どうか私を苦しめないで。

 一年近く苦しんで、私はあの子からの決別を選んだ。

あのまま流されるままにしていたら、きっと私の人生は壊れていたことだろう。もしかしたらあの子の人生も、家族みんなの人生も。

それほどまでに私に芽生えた想いは良くないものだった。様子を見ようなんて悠長なことは許されない。

髪を切って〔同じ〕じゃなくしたのは、決意表明のつもりだった。


 そんな経緯で短い髪での春休みを終えて、私たちは中学生になり。

あの子は相変わらずの綺麗なロングヘア。私は丸いショートボブ。

髪を切ったあの日からなんとなく距離が生まれるようになって、進学後はそれがより顕著になった。

本当は、学校も離れたかった。でもさすがにそれは現実的じゃない。

小学校ではクラスが違っていてもべったり一緒に居たけれど、今はもう、各々のクラスでできた友達とばかりだ。

部活だって私はバスケ部に。あの子は合唱部に。なんの接点もない。

帰る家は同じだけれど一緒に帰ることはない。示し合わせていなくたって、あの子も私に「帰ろう」と声をかけてくることはなかった。

だって私たちは双子だから。言葉で話し合わなくても、ほら。息が合う。

 私の想いは今も燻ったままだけれど、そのうち別の恋をして、あんなのはただの間違いだったと思える日がくるだろう。

現実の恋は美しくない。少女漫画や恋愛小説ではないのだ。蓋をしなくちゃならない想いの方が、きっと多い。



 中学最後の合唱コンクールは、私たちのクラスが優勝した。

友人はみんな私を称えてくれる。「MVP!」なんて言って。

コンクールの成績はどうでもよかったけれど、合唱部の生徒としてやるべきことができたのは素直に嬉しかった。

あの子のクラスは成績がふるわなかったらしい。確かに、聴いていてもどことなく白けた空気が漂っていた。

けれどそんなものだろう。ああいうのに張り切るのはごく一部で、あの子はそういうタイプじゃない。

練習中も関係ないことばかりに気を取られていたんだろうな、と想像すると微笑ましかった。

あの子が気にするとしたら、そう、こんな行事じゃなくて……。


 小学校を卒業してすぐの春休み。

あの子はなんの相談もなしに、それまでずっとお揃いだったロングヘアをばっさり切ってしまった。

ほんの少しだけ驚いて、それから寂しかった。

でも、理由はわかる。きっとあのままじゃあの子は苦しみから抜けられなかった。

距離をおこう。蓋をしよう。決別しよう。

あの頃、そう考えているのはわかっていた。だって、私たちは双子なの。あの子のことはなんだってわかる。

「抑え込む必要なんてないのに……。」

思っても、私は何も言わない。何も言わないし何も気付かない。そうした方があの子が楽になれるというなら。

あの子がそれを望むなら、私はそれに流されるままに、あの子の望みを叶えてあげよう。

現実の恋が少女漫画や恋愛小説のように綺麗でなくても、心だけは美しくあったっていいでしょう?


 私たちが通っている中学校には、冬休みに入る直前に少し特殊な学校行事がある。

落ち葉焚き。

学内清掃で出た大量の落ち葉を、わざわざこの行事のため棄てずに保管しておくのだ。

クラスごとにグラウンドで落ち葉焚きをする。野外学習で行なうキャンプファイアーのようなものだけれど、一つだけ違うところがある。

それは、持ち込んだ要らない可燃物を一緒に入れて燃やしてしまえる、というところだ。もちろん事前に担任教諭に確認、許可を得なくてはいけないけれど。

大抵は悪かったテストの成績とか、みんなそんなものを燃やしている。

私はこれまで何かを持ち込んだことはない。きっとあの子もそのはずだ。

けれど今年は違う。あの子は、中学最後の今年、初めて落ち葉焚きで何かを燃やすだろう。

来年、高校受験はお互い別の学校を目指して、あの子はそれに乗じて家を出ようとしている。

その最後の、落ち葉焚きで。



「うん。これならまぁ大丈夫だと思うけれど……。

こんなの、本当に燃やしちゃうの?」

担任の言葉に「はい」と頷く。きちんと失くしてしまわないと、きっと先へは進めない。

「また必要になれば、最悪データが残ってますから」と嘘をついた。

データなんてない。全部消して、後はこれを処分したらお終いだ。

 合唱コンクールの時より幾分冷え込んで、女子たちはほとんどみんなコートを着込んでグラウンドへ出る。男子たちはマフラーだけ。寒そうだ。

ふと校舎を見上げると、窓際の席であの子がこちらを見ていた。一瞬だけ視線が交わって、私は慌てて目を逸らす。

あの子のクラスはこの後だ。

今年は何か、燃やすのかな。あの子にも敢えて失くしてしまいたいものがあるかもしれない。

 パチパチと音を立てて燃える落ち葉と小枝の小さい山。妙に騒ぎ立てる男子と、手を繋いで見ているカップル。さらにそのカップルを見て色めきたつ女子たち。

 これが燃えているあいだ誰かに見られるのは嫌だから、持参した封筒にそっと入れて順番を待つ。

出席番号から順番に、持ち込んだものがある生徒たちが小山の中に焼べていく。

見た限りでは、みんな何かの紙のよう。私を同じ類の物を持ってきた人は居なさそうだった。

そして私の番がきた。火に入れる前にもう一度校舎を見上げる。あの子は黒板を見ていた。

「見ててほしかったなんて思ってるようじゃ、まだまだ……。」

喧騒に掻き消されるくらい小さな声で言ってから、ふわり、と封筒を焼べた。

 私とあの子が〔同じ〕で〔仲良しな双子〕でいられた頃の何枚もの写真が、黒く煤けて燃えていく。

煙は昇って、昇って昇って。雲を抜けあの歌のように、アンドロメダまで。

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