6切れ目
携帯を取り出して細川の連絡先を探しながら、どこで話していれば人から目撃される可能性を減らせるかと周りを見渡していた。
幸い病院の窓にはブラインドらしきものがかけられていて、中から外を見るということはあまりなさそうである。とはいえ、通りに面した駐車場にいるので、いつ人や車の往来があるかもわからない。
しかし、いざ誰かに目撃された時のことも頭に浮かんだ。どこかの物陰でひっそり電話してるだけでも場所によっては怪しいのに、何故かその人物の頭がスイカになっている…。人によっては怪人・怪物の類と思うかもしれない。下手すれば警察沙汰だろうか。そうなると、むしろ堂々とど真ん中で通話していた方が、かえって仮装と思われて、ちょっと目撃者と自分の間にある距離感を大事にされる程度のことで済む気がしてきた。
「もしもし。」
そんな考えが言葉にもならずに脳内を巡っている間に、細川の声が聞こえてきた。結局、大した移動はできておらず、近くに留めてあった車に心持ち寄っていった程度だった。上手いこと自分を隠してくれ…!
「もしもし。病院に着いたよ。」
「ああ、今駐車場にいるんだよな?
駐車場から病院を見た時に右手の方に入口があるわけなんだが、逆に左手の方に壁沿いに進んでもらうと通用口があるんだ。迎えにいくからそっちの方で待っててくれるか。」
「わかった。」
細川に言われた通りに進んで、電話で言われた通用口と思われるドアが見えたので近づいてみると、そのドアが開いた。中から細川が現れた。
「無事だったか。」
「特に騒ぎにはなってない…と思う。」
「よし。じゃあ、こっちだ。もうすぐそこが診療室になっている。」
普段、患者側としては中々見ることのできない場所だった。
珍しいものを見たな、という当たり前の感想が浮かんでいたが、そこに喜びは感じていない。
「ひとまず、お疲れ様、だな。来るだけでも大変だっただろう。」
診察室と思われる部屋に入るなり、細川が言った。
ここに来て細川の口調が緩んだのを聞いて、もしかしたら細川も僕をここまで招き入れるのに気が気じゃなかったのかもしれないと思った。
「正直、緊張したよ。でもトラブルらしいトラブルもなかったし、助かったよ。」
「何よりだ。じゃ、そこに腰かけてちょっと待っていてくれ。
荷物はそこの床のカゴ使ってくれて構わないから。あ、保険証は持ってるか?」
「あ、持ってきたよ。」
保険証を受け取ると、細川はどこか他の場所へ向かった。
室内を見渡してみると、一面白い壁と天井に覆われており、目の前には縁が曲線を描くテーブルがあり、その上にデスクトップパソコンと、レントゲン写真を貼るディスプレイ―たしかシャウカステンとかいう名称だと前に聞いた気がする―が置いてある。正面に広がる窓はすりガラスのようになっていて、外の様子はわからない。本来であれば、ここで病状やら服用する薬やらの説明が行われるのだろう。しかし今回は、医者経験豊かな細川センセイでも未知の分野みたいだし、この部屋でどんな話になるかも想像がつかない。そもそも細川はどんな検査をするのだろうか?
「待たせたな。それじゃ、始めようか。」
「よろしくお願いします。…ところで、一体、何を…?」
「別に特別なことは何もないよ。通常通りの検査をしてみるつもりだ。」
こちらの心配を他所に、細川は淡々と答えた。
そこからは細川の言った通り、大して特別なこともなく、普段の健康診断で受けているような内容がいくつか続いた。ただ、頭に聴診器を当てられたのは初めてのことだし、人がいないのを確認し、撮影室に忍び込むようにしてレントゲン写真を撮るのは妙にスリルがあった。いつも通りのようでいつも通りでない検査を受けながら、これからの自分の日常も、同じように少しずつズレたものになっていくのかと考えたら少し怖くなったが、順番待ちが無かったからか、検査はあっという間に終わった。
「おい、西川。これはどういうことだ。」
診察室に入ってきた細川が、眉間にシワを寄せたまま訊いてきた。
医者にわからないことを素人に訊いたって答えが出るはずもないだろう。
「どういうことってのは、どういうことだ。」
「ホラ、このレントゲン。見てみろ。」
「レントゲンの診方なんてわからな―」
細川がシャウカステンとやらにレントゲン写真を貼ったのを見て、細川の言いたかったことがわかった。
「…嘘だろ…」
そう呟くしかなかった。
レントゲン写真には、れっきとした人間の頭蓋骨が映し出されていた。