タクシー
私の生まれ故郷は、山々に囲まれた小さな町である。私はこの小さな町が嫌で都会に出てしまい何年も帰らなかったが、母親が危篤という知らせを受けて、十数年振りに田舎に帰ることになった。
何時間もかけて田舎に帰ったが、車窓から見る景色もいっこうに変わっていなかった。
田舎の駅は、1日に5本の電車が止まるほどの小さな無人駅で、未だに廃線になっていないことにも驚いたが、駅舎も全く同じ事にも驚いた。
駅で降りたのは、私一人であった。
駅前にはタクシー乗り場があった。
スマホの電波の調子が悪く。近くにあった公衆電話からタクシー会社に電話をかけた。
「おや珍しい、1年振りかね。その駅にタクシーを回すのは。あいにくとウチは1台のタクシーでやってて、そっちに行くのに1時間かかるけど、いいかな。」
「待ちますよ。歩いたら、ふた山越すのに2時間以上掛かりますから。」
「わかった。なるべく早く行くように連絡するからな。」
電話を切った後、笑いが込み上げてきた。
タクシーが1台。私が都会に出た時から変わっていないが採算取れてんのか?
まあ、このあたりの人は山を持っているからタクシー1台でも充分やっていけるんだろうな。
私は長旅で疲れたので駅の待合室で仮眠を取ることにした。スマホでタイマーをセットしてウトウトしてるとあっという間に1時間が過ぎた。
タクシーはまだ来ない。
何か手間取っているのか?
そこから30分待ってもまだ来ないので、もう一度電話することにした。
スマホを見ると電波状態は良好だったので、スマホから掛けると先ほどとは別の若い男の人が出た。
「すみません、先ほど電話したものですが、タクシーが来ないんですが?」
「はい?どちらからですか?」
駅名を告げると、男は申し訳なさそうに
「すみません、すぐに回します。」
と言った。
それから5分もしないうちにタクシーはやってきた。
タクシーがやって来て乗り込んで走り出すと運転手が話しかけてきた。
「お客さん、あの公衆電話からウチのタクシー会社に電話なさいましたか?」
「あー、最初はそうでしたね。タクシーが1台しかないから1時間待ってくれって言われましたよ。」
「やっぱり。」
「何かあったんですか。」
「タクシーが1台しかなかったのは亡くなった先代社長の時の話なんです。
今じゃ10台は揃えてますよ。
田舎とは言え、都会からこちらに観光に来られる方が増えて来ましたからね。
今の社長は先代社長の反対を押し切って台数を増やしたんですよ。
ただねー、その先代社長は引退なさった後、都会に行く用事があって、その時にあの駅の公衆電話から会社に電話している最中に突然亡くなられたんです。」