XCⅣ 星々の大三角と大十字編 後編(2)
第1章。霧幻の迷宮(2)
第2章。霧幻の迷宮(3)
第1章。霧幻の迷宮(2)
レリウス一行を取り巻いていた青白く深い霧は、エリースを中心にして、
烈風とともに、半球状に拡散しながら、あっという間に消えていく。
≪キサマ、何者だ!≫
怒りと驚きの精神波が、その場に響く。
≪あんたの聴覚能力で聞こえなかったの。暗黒の妖精の契約者アマトの義妹と、
名乗ったはずよ。≫
≪なるほどな。暗黒の妖精の名の脅しで、オレを退かせるつもりか。
クククク、笑わせる。≫
≪いいえ、それはないわね。わたしが、アンタを逃がすような
ヘマはしないからね。≫
≪ガキが・・・。お前もそのへらず口から、もう殺してくださいと
お願いするまで、いたぶってから、あの世へ送ってやろう。≫
≪さて、できるかしら?≫
エリースらの位置に、全方位から、氷点下の殺意が放たれてくる。
エリースがいる周辺を除いて、瞬時に木も草も大地も凍り付き、
その広大な盆地は白青の氷原と化していく。
天空は厚く灰色の雲に覆われていき、容赦ない冷気の刃が、
エリースのもとに吹き付ける。
もはや、氷と冷気の王国と化したその領域は、何人の生存も許さない
牢獄となったかに思われた。
いまや、大地の上に立っているのは、エリースの他にはいない。
レリウス大公もリリカ副宰相も、屈強なミカルの騎士達も、
震えながら膝をつき、あるいは意識を切り取られ俯き倒れ、
ほとんどの者が、魔力障壁を維持するすることさえできない。
≪どうだガキ、これが水の妖精の頂点たる、伝説の妖精エメラルアの魔力による、
氷結の世界だ!≫
今、ミカルの精鋭の戦士たちのなかで、ただひとり辛うじて障壁を維持する、
水の最上級妖精契約者のリリカは、同じエレメントに属する妖精と
契約しているので、この世界の凄さがわかる。
この氷床の世界は、何十人もの水の最上級妖精契約者が協力しても
できる事ではない。
創派の大乱の際、風の極上級妖精リスタルを、火の極上級妖精ルービスとの
ふたりで攻防したため、稀に水の極上級妖精エルメルアは、
その最高位の力を疑われるが、いざ現実に体感すると、
これは戦慄でしかない。
その魔力の高みは、果てなく遠い。
そして、リリカはもうひとつの恐るべき事実に気付く。
なぜ、目の前の少女は、伝説の極上級妖精の契約者と対峙しているのに、
涼し気な表情で佇んでいられるのか?
・・・・・・・・
≪これが、エメラルアの、伝説の妖精の魔力?笑わせるわね。≫
≪ガキが、なにを!≫
≪伝説級の妖精たちの魔力は、こんなまがいものではないわ。≫
≪見せてあげる。火の妖精ルービスの分身体にして、わたしの終生の友ツーリア。
その友がわたしに授けてくれた魔力・・・。≫
≪ー白炎の魔法陣ー、伝説級の妖精の魔力の片鱗を感じるがいい!≫
エリースは片手を天に掲げる。
指先に光が渦を巻き、ほんの小さな魔法陣が現れる。
その紅い魔法陣は、回転しながら拡大をはじめ、空間を蔽っていた凄まじい冷気を
打ち消していく。
急激に成長していく魔法陣は、触れれば切れるような張りつめた魔力で、
この全域を覆い尽くしていく。
その神々しくも爽快な魔法陣が完成した時、
大地を覆いつくしていたはずの氷床はすべて消え去り、
逆に、魔法陣より白炎の豪雨が降りそそぎ、一帯は溶岩の広大な湖と化していく。
その情け容赦のない炎は、透明化していたグゴール本人をもあぶり出す。
第2章。霧幻の迷宮(3)
白き炎により、薄い氷の膜で成立させていた、光折迷彩の障壁を剝がされ、
歪んだ猫背で、醜い容姿の男が、その場に浮かび上がる。
≪あんたが、グゴール?≫
エリースは、その男にそれまで通り、精神波で、鋭く問いかける。
≪おまえ・・・おれの姿をみたな。そうだ、おまえの前にいる、
この醜い姿がオレだ。・・・笑え・・・、笑えよ・・・!≫
その男の心の中にある狂気に気付き、エリースは口をつぐむ。
≪笑わんのか・・・。そうか、だが、茶番はこれまでだ。≫
その男は、両手を天にかかげ、叫ぶ。
≪ルコニア、ルコニア~!オレに真のおまえの魔力を与えよ!≫
グゴールの身体が、淡く青色の光を纏う。
それに応え、青色の髪・青色の瞳・白い肌・超絶の美貌の蜃気楼体の妖精が、
グゴールの背後の上空に顕現する。
それは、音も無く降下してきて、その輝きと魔力に満ちた姿が、
グゴールの背後に重なっていく。
≪なんとね。ふ~ん、それでも超上級妖精の契約者ではあるんだ。
それだけの妖精と契約しているくせに、なぜ偽りの名エメラルアを語ったわけ!?
ほんと下劣ね。≫
エリースの放胆な精神波が、空間に反響する。
・・・・・・・・
エリースの精神波を無視し、目の前の超上級妖精とその契約者の魔力量が
跳ね上がっていく。
最上級妖精契約者以下なら、その魔力量を無尽蔵とも感じるであろう。
だがそれ以上に、エリースと風の超上級妖精リーエの魔力量も、
彼らを上回る速度で増大してゆく。
さらに、エリースは冷静に佇んでいる。そのなかで感覚も研ぎ澄まされていく、
それは、相手の力量を見切ることにつながっていく。
『もうすぐ彼らの魔力量は限界に達する。これなら、膝を屈することもない。』
ハッとエリースは、真の意味で広大無辺の魔力を操る、闇と光の妖精に
常に力が磨かされていたことに気付く。
〖自分は、通常の超上級妖精の契約者では眺められない地平を、目にしている。〗
同時に、いとおしい義兄アマトの驚異にも、あらためて気づかされる。
≪なんの力も持たない義兄が、その自分という存在だけで、
闇と光の最上位の妖精をかしづかせている。≫
≪かしづかせている・・・?ちょっとというか、相当違うわね。≫
いつものふたりの妖精の、やることなすことを思い出して、
エリースの顔に自然と笑みが浮かぶ。
第94部分をお読みいただき、ありがとうございます。
本部分を書き上げましたが、
水の超上級妖精のルコニアと契約者グゴールの扱いを、どうするか迷っています。
風の超上級妖精リーエの隠し持っていた一撃で・・・という話の予定だったんですが。