ⅬⅩⅩⅩⅨ 星々の大三角と大十字編 中編(2)
第1章。アマトの非日常の日常(1)
第2章。アマトの非日常の日常(2)
第1章。アマトの非日常の日常(1)
アマトは、イルムに呼ばれて、旧帝国の夏宮にある、新帝国の行政部に
来ている。帝都には、春・夏・秋・冬の四宮があるが、前戦乱によって、
冬宮以外は、多かれ少なかれ被害を受け、特にひどかったのが、
夏宮であった。
そこに、行政部、執政官室をおいたのは、イルムをはじめ新帝国幹部の
人となりを、あらわしているのかもしれない。
「なかなか、進みませんね。」
ラファイアは、同じく長椅子に座り順番を待つ、アマトに声をかける。
そう言いながらも、アマトに殺意・敵意を持つ人間には個別に、
複数同時 照準固定をしている。
少しでも妙な動きをすれば、なんのためらいもなく、
瞬時に魔力を発動させるだろう。
「それだけ、新政府が信頼を得つつあるんだろうね。イルムさん達には、
また執政官室泊まりの日々が続くことに、なるんだろうけど・・・。
僕達も昼前には会えるだろうから。」
ラファイアは、見かけと違い、待てる妖精さんである。
アマトにしてみれば、今日は妖精選択の珍しい、成功例となっている。
もうひとりの、某暗黒の妖精が付き添いだったら、この待たせよう、
今頃は、夏宮、いや皇都のほとんどが、消失していたかもしれない。
「21番の受付番号の方。」
受付の女性から声がかかる。
「ラファイアさん、行こうか。ユウイ義姉ェに頼まれた、お茶菓子を忘れずに。」
「ははは、忘れるわけないでしょう。ただ、執政官室にアマトさんを、
お届けしたら、私も少し用がありますので。」
「ラファイアさん、ルリさんのところはダメだからね。」
「ハハハ、行くわけないじゃないですか。」
アマトも、そこは期待してない、ただ言っただけである。
ラファイアにしても、ラティスにしても、
自由気ままに動く、伝説級の妖精さんである。
その気になれば、次の瞬間には、ルリの執務室に瞬間移動しているだろう。
アマトは、来客記録帳への、名前の記入を求められ、筆をはしらせる。
何気に、若い方の受付担当者が、来客記録帳のアマトの名をみて、
悲鳴を上げる。
それを、格好の隙と見たのか、数人の人間が、魔法円を構築するなど、
素早い暗殺の動きをみせるが、それまでであった。
次の瞬間、その暗殺者達とその監視者の全員の全身は、紫雷の如き炎につつまれ、
人間とは思えない悲鳴をあげ、人間松明と化した。
アマトは、その悲喜劇に、もう涙は流さない。
彼らも、自分でその生き方を選んだんだ。そこが本当にイヤなら、
そこから抜ける勇気を、なぜ持たなかった・・・と。
守備担当の騎士たちも凍り付くなか、もうひとりの受付の女性が
全身を震わせながら、それでも、声を絞り出す。
「アマ・・ト・・様、執・・政官がお待・・ちです。お・奥へどうぞ・・。」
「アマト。」「アマト。」「アマト。」「アマト。」・・・・・
そこにいる人々の口から、名前を意味する単語がこだましてゆく。
これが物語なら、英雄を讃える調べが部屋中に響いたというところだが、
現実は、あたりまえだが、あたりまえのことが起こっていく。
「あれが、暗黒の妖精ラティス様の、契約者・・・。」
だれかが、言の葉を、つむぎ出す。
そこにいた、大多数の人間は、目に写っている情けない姿の若者が、
単なる幻で、本当は、死の女神イピスの御使いが、
情けない若者の皮を被って、獲物を求めてこの世界を徘徊してるように
思えてくる。
嫌悪感と忌避感の合わさった、数多のまなざしを、
アマトは全身に浴びる事となりながらも、ラファイアと奥へ急いだ。
第2章。アマトの非日常の日常(2)
宗教的な象徴の紋章を刻んである、執政官室の分厚い木の扉を、
開けようとしたアマトを、ラファイアは呼び止め、
人差し指を光らせ、微かな魔力で、押し開く。
部屋の中、書類の山と化した奥の机には、イルムが座っていたが、
手前の応接用の椅子には、ルリとキョウショウも座っていた。
「やっぱりですか。」
ラファイアは、ため息をつき、短唱を口にする。
空いている椅子の上に、水の塊が現れ、一気にしぶきを上げ
落下する。
「なにをするのよ、ラファイア!」
ラティスは光折迷彩を解いて、姿を現す。
「ラティスさんこそ、何を企んでいたんですか?」
「それに水流は、床につくまでには、ちゃんと蒸発させてますけど。」
ラファイアの態度に、ラティスは白銀に輝き、ずぶ濡れの自分を一気に乾燥させ、
いつもの姿を回復する。
「水の妖精のエメラルアみたいなこと、するんじゃないわよ。
ほんと冴えない顔のくせに、魔力だけは器用なんだから。」
「は~あ~!おとといの後始末、ここでつけてもいいんですよ。」
ラファイアの姿が輝き、白光の妖精の姿に戻る。
輝きだす白金の背光が、好戦的に歪んでいる。
さすがに、ヤバイと感じたのか、アマトがラティスに、言葉をかける。
「ラティスさんが、光折迷彩を使用するなんて、
なんか深い意味があるんだよね?」
少し得意げな表情に変わるラティス、が、ラファイアが冷や水をぶっかける。
「アマトさん、単語の仕様が違いますよ。深いじゃなくて不快ですよ。」
ふたりの妖精のやりとりを、そろそろ終わりにしなければと、
見かねたイルムが咳ばらいをする。
邪魔をするなとばかりに、イルムを睨むふたりの妖精に、ルリが、
「実をいうと、香茶の調合を思い切って変えてみたの、この話が終わったら、
おふたりに、試飲を頼みたいんだけど・・・。」
その言葉に、ふたりの妖精は、一変に仲良しになる。
「そうよね、イルムも忙しいだろうし、待たせたらいけないわ、ラファイア。」
「ははは、偶然、私も同じ事を、ラティスさんに言おうと思ったんですよ。」
そのふたりの変貌を見て、キョウショウは、この分野は絶対ルリに敵わないなと、
考えを確固たるものにした。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「アマト君、無事だったか。」
今更だが、アマトを心配して、イルムは声をかける。
「いつものことですから。それにぼくも、覚悟はできています。」
イルムのやさしい言葉に、アマトは、はっきりと答える。
「そうか。君に、いくつかの話をしたいと思う。」
イルムは、敢えて、他人行儀な語り口で、話を始める。
イルム・ルリ・キョウショウの身内のいない三人にとって、特に祖国すら捨てた
イルムとルリには、アマトは凶悪な運命を押し付けられる、出来の悪い弟という
感覚から、離れることができない。
少しでも、その苦しみを、肩代わりしてやろうとも思う。
だが、運命の方で、アマトに照準を固定、追尾し、厄介事を
打ち込んでくるようにしか思えない。
「教皇猊下から、新帝国政府あてに、三通の書状がきているわ。」
「一通目は、アマト君を、禁書館の副館長にしたいという申し出だけど、
これは、全面的に同意したいと思う。」
「すくなくとも、新双月教と、アマト君、そしてラティスさんの間に、
信頼関係があるというのを、形で示せば、さっきの待合室のようなことは、
少なくなると思うから。」
ラティスは、そのイルムの言葉に、自分の魔力を疑われているのかと、
不快感を示す。
「まったく、わたしとラファイアで完全防御してるんだから。
たとえ、アピスやルービス、それにもしラファイスが来たとしても、
全廃棄してやるわよ。」
「いや、無駄な争いは少なくしたい。ラティスさん、こういうことを仕掛けてくる
バカ共に、わざわざ付き合う必要もない。」
キョウショウは、この場の空気を慮り、口を挟む。
「ほんと、キョウショウの言うように戦術としては最低だ。
ただ絶え間ない暗殺の試みは、特に新たに建国した国家の重要人物に対しては、
互いの【猜疑心】を醸成させるという点で、
極めて有効な戦略。」
「あとは、勝手に同士討ちを始めてくれるからね。」
ルリが、吐き捨てるように、過去の現実を描写するように話す。
「それは、あんたたちも、そうなの?」
刃をむき出しにした、ラティスの言葉に、ラファイアは唖然として、
暗黒の妖精を凝視する。
「ないわね。ユウイさんやエリースに責められシュンとしているアマト君って、
かわいくて、かわいくて。思わずお姉さんは、ギュっとしてあげたいくらい。
そのアマト君が、私の首を討ちに、寝所に忍び込んでくるなら、
別の意味で歓迎してあげる。」
それを聞いて、アマトは顔が真っ赤に変わる。イルムやキョウショウも、
耐えきれずに、下を向いて肩を震わせている。
ラティスは、期待以上の、とんでもない返事をもらって、あわてて、
「わかったわよ。わたしが悪かったわよ。あと2つの書状はなによ?」
と、言ってルリから、顔をそむけた。
第89部分をお読みいただき、ありがとうございます。
数字のローマ字表記は、90は思いっきりかわるんですね。
次の第90部分は、この小説にとっては、ひとつの岐路になりそうです。
どちらとの会敵?を先にするかで、話全体も変わっていくような・・・。