ⅬⅩⅩⅠ 星々の合と衝編 前編(2)
第1章。恐うるべき者
第1章。恐うるべき者
アマトは、緊張した面持ちで、目の前で進んで行く、会議を眺めていた。
少し前なら、帝国史の生きる伝説、アウレス大公とファウス妃と、
この距離で向き合う事など、生涯、夢想だにもしなかっただろう。
あの日、暗黒の妖精ラティスさんと契約を結んだ刻から、
自分が歴史の渦に巻き込まれ、渦の中心に追いやられていることを、
目の前の景色は、十二分に教えてくれている。
そう、翻ってかんがえれば、皇都からの同伴者も、自分が干渉しなければ
違う歴史の流れにいたとアマトは思う。
セプティは、ルリさんに暗殺されてただろうし、
その際に自分が最上級妖精の契約者だと気付いていなかったイルムさんは、
同じ目にあったに違いない。
そのルリさんも、遠からぬ未来に、誰かに返り討ちにされてただろう。
ハンニ老・スキ二將ら創派の人たちは、黒い森からの離脱の是非に、
心を痛めるだけだったろうし、
結果、創派全員が、帝国か王国連合に滅ぼされた可能性も高い。
上座にいる、モクシ教皇は下級枢機卿のまま、双月教の腐敗に何もできずに、
良心を殺して、生涯を全うし、
カシノさんも、生国コウニン王国からの第一の命令のまま、元教皇ネテウ66世の
おもちゃにされていた・・・。
『ぼくは、このままこの世界の片隅で存在しても、いいのかもしれない。』
常であり得ぬ、二国間の刃の上でのような、外交のやり取りを聞いている中で、
アマトの考えが、いつもとは違う、ひとつの像を結んだとき、
かれは、ひとつの眼差しが、自分に注がれていることに気が付いた。
その眼差しの主は、テムス大公、生きる伝説のひとり、アウレス4世。
かれは、おもむろに口を開く。
「教皇猊下に、新帝国のかた方、話も進んだことだし、緊張で折角の
集まりを終えることもなかろう。隣の部屋にささやかな用意もある。」
「しばし歓談して、お互いの理解と信頼を深めようではないか。」
「だが、その前にこれだけは、テムスの大公の立場として聞いておきたい。」
その言葉で、その場の緩んだ空気が、最高の緊張感を持つものへ、変貌していく。
「アマトくん。なぜ世界をその手に望まない。」
☆☆☆☆
特に、テムスの出席者から突き刺すような眼差しが注がれているなか、
アマトは、ゆっくりと話だした。
「アウレス4世陛下に、つつしみて申し上げます。」
「アマトくん。堅苦しい物言いは不要だ。」
アウレス4世は、厳しい眼差しを注ぎながらも、君主としての器を示す。
「では、そのようにさせていただきます。」
「陛下の問いかけの以前、武国のカウシム元王太子からも、
『妖精界の頂にいる、ふたりの妖精の契約者たる君は、
この世界に何を望む!?』
と、問われたことがあります。」
「武国の凶虎だと!?」
予想だにしなかった人物の名に、アウレス4世は無意識に叫んでいた。
「陛下!」
たしなめるファウス妃の顔にも、さすがに驚愕の色が浮かんでいる。
「失礼した。アマト君、どうか続けてくれ。」
その言葉に、アマトはまた言葉を続けるが、握った拳は震えている。
「その焔のような問いかけに、その時のぼくは、何も言えませんでした。」
「でも、今なら言えます。ぼくが暗黒の妖精と契約したから、助かった命、
消えなかった理想が、数多くあるのです。」
「それがある以上、ぼくは今までのように、生きていきたいと思います。」
「それが、たぶん、今以上の人の、命と理想を助けることになるから。」
「それに比べて、ぼくが世界を望み手に入れたとして、
それによって集う喜び以上の哀しみを、世界にまき散らす事に
なるでしょう。」
アマトの言葉に、その場の人間は、黙り込む。
それは、彼らが無意識に信奉する、
【より力を持つ者が、善き心を持って、公正に、国家を統治する。】
との反主題に属する考えであることに、気付いたからだ。
「アウレス4世よ!」
突然、圧が膨張し、その美しく重々しい言葉とともに、
テムス側の執事の姿が変わっていく。
長身、燃えるような赤い髪、純白の肌、圧倒的な力、緋色の目、
超絶の美貌を持つ妖精に。
「私も保証しよう。その男に王帝になる野望は抱けない。
私が創造した分身体であるツーリアに、私は
『契約者がテムスを狙う人間であれば、なんとしても抹殺せよ。』
と、命じた。」
「だが、ツーリアはその少年を、消さなかった。近くにいる事ができたのにね。」
また、その語りに呼応し、新帝国側の執事も激しい圧とともに姿が変わっていく。
長身、白金の髪、白金色の瞳・大理石色の肌・圧倒的な力、
超絶美貌の妖精に。
「ハハハハ、世界を望む生き方ですか。それは無理ですね。
そんな事、あの、めんどくさがりやの暗黒妖精のラティスさんが
協力するはず、ないじゃないですか。」
美しいが、軽い声が部屋に響く。
「よくも言う。白光の妖精も、相当ぐーたらではなかったか。」
その、火の妖精の指摘に、
「ルービスさん、ラファイスさんの悪口は、言わない方がよろしいんでは。
皆さんが持つ女神のような虚像が、こわれますよ。」
と、白光の妖精聖ラファイスが、あたかもぐーたらと、とんでもない流し方をする
白光の妖精ラファイアに、
モクシ教皇が、
『ラファイア殿が、会談に加わってきた。これは放置すると、どこまで話が、
ぶっ飛ぶかわからん。』
と気付いて、左右を見渡し、
「アウレス陛下、いったん会談は閉めようでは、ありませんか。」
と極めて平凡な言葉を、その場に響かせた。
第71部分をお読みいただき、ありがとうございます。
本部分は、若干短めです。
しかし、やっとアマト君に生きていける意味を持たせることに
なりました。