ⅬⅩⅣ 分水の峰編 中編(4)
第1章 黄昏
第1章。黄昏
人が存在した以前から、この時間になると、太陽は白光から橙光へ装いをかえ、
山の端を目指し降りていく。
そして少し前まで、帝都に住む人々にとって夕陽は、
崩れいく帝国本領を象徴するものであり、
夜の時間に跳梁跋扈する闇の人間を避けるため、
家に戻れという、天の合図だった。
しかし今、帝都は、皇都と名を変え、昼のラティス様と夜のラティス様の
魔力のもと、平穏が保たれてきている。
神々の代理たる教皇による、遷都宣言も公布され、錆びれていくはずの光景は、
過去のものと化し、希望を取り戻し人々、新たにこの地にやってきた人々の
活気は、黄昏を、ただの一日の変化の、いち時間にかえている。
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「こんな気持ちで、黄昏をみる日がくるとわね。」
ツーリアは、背もたれ付きの長椅子に身を横たえ、窓際から、
沈むゆく夕陽に照らされた、皇都の風景を眺めている。
その邪魔にならないように、ラファイアは背後から、純度の高いエーテルを
ツーリアに注ぎ続ける。
「あなたと、ラティスそれにリーエ。三人の化け物級の妖精の争いを止める
白炎を放つことができる魔力を持つ私が、自分を維持する魔力を
使えないとわね。」
そう、呟くツーリアに、ラファイアは優しく語りかける。
「魔力にも、向き不向きがありますからね。」
「ほんとうに。人生ってうまくいかないものね。」
ツーリアは、透明な微笑みを、その素顔に浮べ、白光の妖精に言葉を返す。
「ん!!ラティスさんがみなさんを連れて、やがてここに到着するみたいです。」
ラファイアは、わざと普通の様子で、言の葉を紡ぎ出す。
「あんたたち、ほんとうに、天地をも滅ぼす闘いをおこなう敵同士なの!?」
不思議そうに、ツーリアが問いかける。
「ん~。そのことについては、この頃自信がなくなってきました。」
本当に困った顔で、ラファイアはツーリアに答える。
「ま、好きにしたら。」
「はい、好きにします。そうでした、ルリさんに香茶を淹れてもらったんです。」
どこからともなく、取っ手付きの香茶杯に、湯気の立つ香茶をいれて、
ツーリアにわたす、ラファイア。
「消えてしまったら、これが楽しめなくなるのよね~。」
その香りを楽しむツーリア。
そこにバタンと扉が開く。
なんともいえない表情を浮かべた、エリースとセプティ、フレイア、アストリア、
そしてエレナが、
夕陽の差し込む部屋に雪崩れ込んでくる。
長椅子に寄りかかるツーリアの姿を見て、言葉によらず五人は、
ツーリアの最後の刻を、感じ取る。
「どういうこと、ツーリア。お別れだなんて。」
固まる四人の代わりに、エリースがツーリアに言葉をあびせる。
「みんな、ごめん。もう無理みたい。ラファイアが純度の高いエーテルを
注いでくれているので、なんとか意識があるけど。」
透明な表情に、精一杯の笑いを浮かべ、ツーリアは友の真情に応じる。
「エリースに聞いたかもしれないけど、私は、火の妖精の創造体。
寿命は一年もないの。ラファイアとラティスがいなかったら、
もう分解していたかもね。」
その部屋の中に、暗黒の妖精ラティスが、静かにゆるやかにあらわれる。
「ラファイアさんにラティスさん、どうにかならないの?」
この空気に耐えきれずに、フレイアが高い声をあげる。
その声に、ラファイアは沈黙し、
「無理ね。わたしたちも万能の魔力をもっているわけではないわ。」
ラティスは、無機質の音声で、フレイアの問いに答える。
「フレイア、無理を言わないで。」
友を気遣う、ツーリアの言葉は、どこまでも優しい。
「そう、このまま意識を無くして、存在するだけなら、
もう少しこの世界に・・、いれるけど・・・。」
話をいったん止め、そしてまたツーリアは語りだす。
「私はあなた達に、喜び・楽しみ・悲しみ・怒りなどの感情を教えて
もらったわ。そして、私は・・、私の存在を記憶として、
どこかに・・、いえ、あなたたちの心に・・刻みたいの。」
「だから・・、魔力を使える最後の日の今日、私は自分にケリをつけるわ。
みんな見送ってくれる?」
ツーリアの顔に、なんの汚れたところもない、満面の笑みが浮かぶ。
「ツーリア・・約束はどうするの。認めないから・・、許さないから・・・!」
エリースは、ツーリアを涙にくもった目で、なおも睨みつける。
「エリース!」
友を抱きしめ、諫めるセプティの声も、涙色に染まっている。
「あり・・が・・とう、セプティ。ご・・め・・ん、エリース。」
窓から差し込んでくる夕陽が、いつの間にか、より優しい色に変わっている。
「たまには、私のこと・・、思い出してくれると・・うれしいな・・。」
「「ツーリア・・・・。」」
アストリア・エルナの声も、涙色に染まっている。
ツーリアは、長椅子から、弱々しく立ち上がる。
「私も・・、炎のエレメントに属するもの。引き際は・・鮮やかに・・
輝いて・・消えるわ!」
そして、命の残り火を燃やし、いつものツーリアの姿を再現する。
「ラティス、ラファイア、頼んだわよ。」
最後に、ツーリアは、ひとりひとりの顔を確認して、うなずく。
「みんな、ありがとう・・。」
まぶしい白光がツーリアを包み込む。
「「「ツーリア!」」」
友人たちの声に見送られ、人の想いを心にまとった、火の妖精の創造体は、
やわらかな光粒と化していき、
静かに、静かに、去っていった。
第64部分をお読みいただき、ありがとうございます。
こういう場面は、作者も苦手とするところです。
しかし、ラティスとルービスの今後の関係を考えると、
この1章は、やはり書かざるを得なかったかなと、思っています。