ⅬⅩⅡ 分水の峰編 中編(2)
第1章。さざなみ(2)
第1章。さざなみ(2)
その夜、レオヤヌス大公の秘命で、クリル大公国の重鎮たちが
秋宮の一室に集まっていた。
そこには、昼間、春宮の大広間で開催された、論功行賞に叙勲、叙爵、
騎士の叙任の華やかな雰囲気など微塵もない、
媒介石の燭光があかあかと部屋を照らしているはずだが、
重苦しい空気が参加者の心を覆っている。
先ほどから、沈黙を守るウーノ・レンリ両伯に、恰幅のいい男が口を切る。
「ウーノ伯にレンリ伯、クリルを代表する、貴公らふたりが公都にいながら、
新皇国なるまがいものに名を成さしめた、この体たらくはいかなることか?」
彼は、大公国の南部を統括する、通称クリル四天王のひとり、ビルーカ伯。
「まて、ビルーカ。先ずは、話の次第を聞いてからだろうが。」
同じく、東部を統括するリタラー伯が、ビル―カ伯を穏やかに諫める。
「その通りだ、ビル―カ。われらはふたりを詰問に、遠路来たのではない。」
西部を統括するルパール伯も同意し、
「それでよろしいな、リシューナ伯。」
と、北部を統括するリシューナ伯に確認をいれる。
「そうだな。」
そう答えながらも、扉の方をみるリシューナ伯。
「来られたようだ。」
その言葉に、リシューナ伯以外の5人も、一斉に椅子から立ち上がる。
・・・・・・・・
何の飾りもない扉が開き、レオヤヌス大公と、大公の弟ピウス侯爵、
それに、大公の末の娘のレウス公女が入室してくる。
予期せぬ入室者に驚く伯爵たちだが、表情は少しも動かさない。
「すまぬ。待たせたか?」
レオヤヌス大公は伯爵たちに声をかけながら、円卓の一方に座る。
侯爵と公女はその傍らに、それを合図に全員が席につく。
「下らぬ挨拶はいらぬ。ピウス、密議をはじめてくれ。」
レオヤヌス大公の言葉に、ピウス侯爵は肯き、おもむろに話し出す。
「今回のことは、大公国の将来にかかわる事。ラファイス湖の宣言の前夜に
集まって以来の、いや考えようによっては、状況はまだ悪い。」
「最初に、皇都のオルト子爵からの報告の概要を話させていただく。」
ピウス侯爵は、各伯爵を見回し、手元の書状から読み上げを始める。
「まず、暗黒の妖精の魔力の程度だが、皇都の北方の通称魔の双山を完全に
その魔力で破壊したとのこと。」
「これは伝説のアピス並みの魔力と、断定しておる。」
「それに、その暗黒の妖精の契約者の妹だが、最上級妖精との契約者と
推察されるとのことだ。」
ウーノ・レンリ両伯爵の顔に苦々しい表情が浮かぶ。
「さらに、白光の妖精ラファイスの契約者も存在するのではないかと、
書いてある。」
その一文に、伯爵たちの間にも、ざわめきが起こり、同時に緊張感がはしる。
そして、これ以上ないほどの重い空気が、伯爵たちを覆いつくす。
「だからこそ、双月教国を崩壊させ、教皇猊下を捕囚できたということか。」
と意図せずにでた、リシューナ伯のつぶやきに、すべての伯爵が肯く。
「同じ妖精の件で言えば、オルトは、テムスのファウス妃の契約妖精を
超上級妖精と見立てている。」
それから、ピウス侯爵は吐き捨てるように、話をつなげる。
「そして何より、猊下が旧帝都に滞在することにより、
旧教国軍からの離脱者が続々と皇都に集まって来ている。
それにどこぞに隠れていたのかは知らんが
400年前の創派の亡霊たちも、合流しておる。」
「ピウス侯爵、何万人集まろうが、分かち与える領土のほとんどなく、
旧帝国の財宝庫もカラのはず。それに、われらは通貨の発行権を
奴らに認めてないはずではありませんか?」
怜悧さを知られるリタラー伯が、冷静に意見をはさむ。
「見返りを与えられん皇国は、将来暴徒化する兵士を呼び込んでいる
だけであろう。ならば、食べごろになるまで、ほおって置けばいい。」
ビールカ拍が、つまらなさそうに、意見を具申する。
「リタラー伯に、ビールカ伯、あなたたちは、あの女狐のことを
低く見過ぎてはいませんか?」
美しく高い声が、緊張感が緩んだ部屋の中に響く。
・・・・・・・
見目麗しき公女は、微笑みを浮かべて、貴族たちの会話に割って入る。
「あの女狐だったら、すでにテムスと何らかの取引を成功させていると
考えたほうが、自然でしょう。」
伯爵たちは、大公の内心を慮って言えずにいたことを、
レウス公女に見透かされて、お互いの顔を見合わせ、黙り込んでしまう。
「レウス殿下!」
さすがに、ピウス侯爵がたしなめる。
「叔父上、父上は最初に、『よけいな挨拶はいらぬ。』とおっしゃたのよ、
この場で、父上に忖度しようとするものがいたら、
大公国の進路を誤るわ!」
若い姪に正鵠をつかれて、黙り込むピウス侯爵。
伯爵たちは、
『レウスは、ワシをも超える才器よ。
あ奴が、枠下妖精の契約者でなければ、トリヤヌスを廃嫡にして、
我が後継者としたものを。』
との、レオヤヌス大公の言葉を思い返す。
「陛下は、皇国がテムスと組むなら、我がクリルはミカルと組めばと
考えていらっしゃるみたい。だけど、それこそ女狐の手のひらで、
躍らせられることに、なるでしょう。」
「と、申しますと?」
リシューナ伯が、穏やかに公女殿下に、その考えをうかがう。
「この場合、女狐の最高の策は、時間を味方にして、現状を固定することよ。
父上もいつまでも壮健であられるとは限らないわ。」
「わが公国が、もしミカルと極秘裏に同盟して、万が一のとき、兄上とその側近で
ミカルの餓狼の牙を折れるかしら?」
宿老たちは、ミカルのレリウス大公・トリハ宰相の姿を思い返す。
そして自分達の後継者が、とても対抗できぬだろうとの思いに至る。
「それで餓狼が、クリルを食い尽くすことができても、
餓狼も無傷ではすまないでしょう。」
「その時点で、テムス大公国と皇国が、クリル大公国とミカル大公国を、
ゆっくりと料理に取り掛かるでしょうけどね。」
「だけど、あの女狐の怖さは、その才だけではないわ。
若さよ、あの女狐はミカルの餓狼より若いわ。
似非皇帝も、暗黒の妖精の契約者もね。」
「賢しいな、レウス。」
それまで、自由にレウス公女に話させたレオヤヌス大公が、話を遮る。
その大公の言葉をなかったことかのように、
レウス公女は、表情を引き締め、レオヤヌス大公に奏上する。
「大公陛下、私をぜひ皇都に派遣してください。」
「教皇猊下へのご挨拶という大義名分があれば、
あの女狐もいやとは言えますまい。」
「私に策があります。皇国の中に内乱の種を、ばらまいてまいりましょう。」
・・・・・・・・
扉が開けはなたれた窓から、朝の香りを含んだ風が、吹き込んでくる。
侍女たちが飾ったのであろう花が花瓶にいけてはあるが、
妙齢の貴族の女性の部屋にしては、殺風景な雰囲気である。
≪どういう種をまくつもりか?≫
精神波が響く。
空間が歪み、レウス公女の前に、白色の髪・冥い瞳・白い肌・赤金色の背光、
超絶美貌の蜃気楼体の妖精が現れる。
「別に、考えていないわ。現地で決めればいい事よ。」
≪なんだ、ハッタリか。≫
「ふふふ、アルケロンあなたにも、その方が良かったんではなくて?」
≪ま、そろそろ退屈はしていたがな。≫
≪ただ、気を付けることだ。ラティスの奴は単純で扱いやすいが、
白光の妖精もいるならな。≫
レウス公女の表情に、小悪魔的な笑いが浮かぶ。
「アルケロン、あなたにも苦手な妖精がいるわけね。」
≪強がりは言わぬ。白光の妖精がラファイスなら何とか対応もできよう。
だが、その相手ラファイアなら・・・。≫
≪ラファイスが光りの表を象徴する力なら、ラファイアは光の裏を象徴する力。≫
≪その光の輝くところ、あらゆるもの生存を許さぬ。≫
「まあ、怖い、怖い。」
おどけてみせるレウス公女。アルケロンの背光が燈金色に変わってゆく。
≪ただ、われら妖精は、どうしても契約者の性格に、影響されてしまう。
今回のこちらの世界でのラファイアが、本来のあやつの性格と全く違うことも
十二分にありえるが・・・。≫
「アルケロンも、契約者の性格に影響されているの?」
「・・・・・・・・。」
何も答えずに、妖精の姿が消えていく。
強大な力を持つ妖精をからかい過ぎたかと、心の中で舌を出すレウス公女。
『ま、いいわ。クリルのために、わたしも出来る限りのことはやるつもり。』
『けど、もし運命の神々が私の前に道を開を示してくれたときには、
アルケロン、そのときは、やってくれるかしら?』
昨日と同じ朝の光が、窓辺に出たレウス公女の姿を明るく照らした。
第62部分をお読みいただき、ありがとうございます。
名ばかり登場のはずの妖精アルケロンが、小説に顕現しました。
今後はイルムさんみたいに、何回も出てくることになるのでしょうか。