ⅬⅦ 水面下編 後編(3)
第1章。撤退(1)
第2章。撤退(2)
第1章。撤退(1)
会議から3日。陣にはアマトとラティスとラファイアの他は、
旧教国正規軍のソーケン將とリント將、部下の48名だけが残るだけになった。
わずか2日で、避難民も含めて、この一軍を撤退させたのは、
本人は認めないだろうが、イルムの軍師だけではなく、將としての器の非凡さを
指し示すものであろう。
教都ムランとこの陣の街道は、ラファイアが5体の分身体を飛ばして、
離脱者の逃げ道を確保しすると同時に、反乱軍の追撃を監視している。
旧教国正規軍の48名は、今日中に到着した人々をまとめて、明日、共に出発、
帝都までの街道で、地・火・風・水の妖精契約の騎士4人ごとに、
クァドラペルソナをつくり、拠点、拠点で、残留し、その後の離脱者の警備に
回る事になっている。
彼らは、陣から帝都への行程の5分の1を担当する。
無論、行程の残りの5分の4は、先発した本隊の方から派兵し、担当する。
盗賊の類はなかろうが、妖精契約前の子供は妖魔・魔獣にとって、
最高の食事になる。手を抜くわけにはいかなかった。
第2章。撤退(2)
教皇旗のはためくもと、ラティスは貴人用の長椅子に、横になっている。
隣でラファイアが、その有様を、呆れて眺めている。
「ラファイア、反乱軍ってやつは、どうなっているのよ?」
冷えた香茶を飲みながら、退屈そうに尋ねるラティスに、ラファイアの片眉が
ピクリと動く。
「ラティスさん、自分の探知魔力を使えばいいじゃないですか。
反乱軍の中に、風の妖精リスタルさんか水の妖精エメラルアさんとかがいて、
遊んでくれるかもしれませんよ。」
「だいたい、<撤退戦のしんがりこそ、いくさの華よ!>なんて言葉、
どこで拾ってきたんですか。」
悪意むき出しで答えるラファイアに、今度はラティスの手が止まる。
「ラファイア、あんたバカにしてない!?」
「まさか、バカにはしてませよ。」
ふたりの妖精の間に、鮮やかな笑顔と異様な圧が高まる・・。
旧教国正規軍の、副将格のソーケン將とリント將、配下の騎士達は、
伝説と違う、敵として対峙したときに想像したのとも違う、
妖精の姿に唖然とするものの、教都からの避難民の世話に
おわれているふりをして、見ぬふりをしている。
彼らも、戦士として、目に写る姿に騙されることはない、
そこに、深淵と無明の化け物がいることを十分に感じている。
と、同時に、そのふたりの妖精を抑えている情けない若者への
評価を、変えていく。
☆☆☆☆
そのアマトだが、ふたりの妖精に振り回されながら、会議の最終局面を、
思い返していた。
・・・・・・・・
「イルム殿、最も根本的な話を聞いておらんようだが?」
メライ老が切り出す。
「なんなりと。」
イルムは、彫刻のような表情になり、次の言葉を待っている。
「そもそも、なぜ、カウシム王太子が、新帝国を攻めると思うのか。」
その剣のような言葉にも、イルムはもう逃げない。
「天才は、横に並び立つ者を、許さないからです。」
「そう、戦略家としては、私。妖精契約者としてはアマト君、君だ。」
「そんな・・・。」
・・・・・・そう言ったもののぼくは、それは、なかば予定された未来であるとの
思いを捨てられない。
『では、アマト君。あなたが予告された者でなくても、
妖精界のいただきにいる、ふたりの妖精の契約者たる君は、
この世界に何を望む!?』
という、カウシム王太子の最後の言葉を思い出す・・・・・・。
・・・・・・イルムさんは話を続けていた、・・・・・・
「だが、カウシム王太子も、一国の為政者としての立場もありましょう。」
「こちらが、彼の考えの埒外にあると思わせたら、あるいは和平を結ばせる形勢に
誘導できるかもしれません。」
「つまり、今まで撤退しなかったのは?」
「2日前までに撤退したら、王太子に、教科書どおりの戦術と侮られましょう。
今日から3日後以降に撤退したら、『人道を重視するか、まあ融通が利かぬものよ。』と、
軽くみられましょう。」
「それ以上に、戦術としては、明日・あさっての撤退は、極めて凡手。
なんの意味すら、存在しえません。
しかし、その前に教国を瓦解されたことと、戦略上で連なっていると、
軍略の天才である、王太子は考えるはずです。」
「全く意味のない行動をして、天才を天才がゆえに、惑わせると。
それが、われらからの、撤退の要請に首をふらなかった理由なのか?」
「その通りです。凡人が天才に対抗する数少ない策をとるための。」
☆☆☆☆
アマトには、イルムの言った事が、戦術や戦略に基づいたものかどうかは、
わからなかった。
だが、自分が歴史の流れになかで、その他大勢のなかのひとりでいることが
できないのを、はっきりと理解させられていた。
第57部分をお読みいただき、ありがとうございました。
なんとか、GWの巣籠中に終わらせることができました。
次部分のサブタイトル、なかなかきまりません。