ⅩⅬⅥ 使嗾編 後編(2)
第1章。偽りの祈り(1)
第2章。偽りの祈り(2)
第1章。偽りの祈り(1)
聖ラファイスの御姿が消えても、双月教教皇67世は、
祈りの姿勢をとり続けていた。
だが、カシノ教導士は、目の前の超上級妖精に視線を残しながらも、
意識は別の事を追う。
『先ほどの極上級妖精は、本物の聖ラファイスなのか?』
【すべてをまず疑え、そして常に疑いの目を忘れるな。】
4人の妖精と契約しているという、人間としてはあり得ぬ異能さ。
他人・国家に知られれば、どう磨り潰されるかわからない。
今日まで禁秘とし、精密検査を誤魔化し、他人と自分を偽り続けた人間の
処世訓であった。
しかし、疑いを持つことさえ許さない、あの圧倒的な魔力。
そう、単純にすべてを消し去るのであれば、目の前の超上級妖精にも、
或いはできるのかもしれない。
しかし、聖ラファイスらしき妖精は、選択的に、構築物を消し去ったのだ。
人も、木々も、服も・・・何の干渉さえしてない。
自分の全身に、かって経験したことがない寒気が襲う。
不敬を承知で言えば、目の前に浮ぶのは闘神、聖ラファイスらしきは光明神。
そして、今ここに近づいてくる空間すら歪ませているような揺らぎは、
たぶん、暗黒神と感じると思わざるをえない。
☆☆☆☆
「あんたが、双月教の頂点のおっさん。いや、じいさんというべきね。」
リーエは、ラティスのために、スーッと退き、場所をつくる。
「さきほどの天空の御方が、聖ラファイス様なら、あなたはアピス様ですか?」
モクシ教皇は、底すら見せぬ魔力を隠さない人外に、穏やかな口調で尋ねる。
「アピス誰それ!?わたしはラティス!!ま、暗黒の妖精である事は認めるわ。」
「ところで、じいさん。
あんた、ここにいても、殺されるしかないみたいじゃない。
だから、帝都に来なさい。寿命まで、生きる事ができるわよ。」
「ラティスさん、相手は教皇猊下だよ、もう少し・・・・」
情けない顔の若者が、オロオロと声を挟む。
「なにアマト。この世界で、わたし以上に至高の存在がいると言うの!?
ま、いいわ。セプティ、この場は譲ってやるから、早く話なさい。」
毒気を抜かれて、呆然としていた、皇帝陛下(仮)が、慌てて話し出す。
「教皇猊下、お初にお目にかかります。新帝国のセプティと申します・・・。」
慣れない奏上に、思いっきり言葉をはずす、セプティ。
見かねて、イルムが助け舟をだす。
「失礼いたします、教皇猊下。私はイルムと申す者。
新帝国で、セプティ1世皇帝陛下のもと、
軍師を拝命しております。」
「御挨拶がおくれました。セプティ皇帝陛下に、イルム將殿。
私が双月教教皇のモクシです。」
「で、イルム將殿。私はこちらの御方を、皇帝陛下とお呼びしました。
もう、私はいらないのでは、ありませんか?」
イルムは、目の前の人間が、ワザク枢機卿から聞いた以上の、聡明な人物だと
理解する。
「いや、それだけでは・・・・。」
イルムが語ろうとした横から、珍しくアマトが話に割り込む。
「教皇猊下。
〖人はパーニスのみで生きるにあらず〗という言葉があります。
ぼくは、双月教の教えのすべてを卑しきものとは、考えておりません。
ただ、宗教の輩によって、1000年を超える期間、
歪められてきたのだと。」
「帝国も、6世の狂気で歪んでしまいました。我々はそれを正すべく、
新たな国家を創ろうとしています。」
「教皇猊下も、私どもの国にいらっしゃって、双月教の教えに、新たな息吹を
お与えになりませんか?」
少しの間沈黙する、モクシ教皇。しかし、おもむろに口を開く。
「ふふ、アマト殿に、痛いところをつかれましたね。私もひとつだけ
あなたとラティス様に、お聞きしたい事があります。」
「あなたと、ラティス様。そして、もうひとり、どなたかが、いらっしゃるのでは
ありませんか?」
横で、警戒を解かずに聞いていたカシノ教導士は、その言葉の意味することに
ハッと気づく。
「あいつは、怠惰と手抜きを愛す、ポンコツな奴だからね。
今どこで、遊んでいるか、わからないわ。」
上空に、凄まじい光が集まりだす。
≪何を言っているんですか、今回めんどくさい事をすべて私に
押し付けたくせに。≫
空間を切り裂いて、巨大な怒りの圧を纏わせて、白光の妖精が姿を現す。
☆☆☆☆
「よきかな。」
モクシ教皇は、天を見上げ、想いを言漏らす。何とも言えぬ表情がその顔に浮ぶ。
「セプティ陛下。私が同道するにあたりまして、ふたつほどお願いがあります。」
「なんなりと。」
「ひとつめは、これでこの戦争の矛を収めてもらいたい。またこの戦いに
参戦した者達に、ご慈悲を賜れんことを。」
皇帝陛下をおしのけ、ラティスが宣言する。
「はあ~、戦争?これは、最高枢機卿の奴らが、私とアマトに吹っ掛けてきた
単なる喧嘩でしょうが、今から助太刀する馬鹿がいなければ、上のポンコツも
これ以上何もしないわよ。」
それを聞いて、ラファイアは何か言いたげであったが、自称妖精界の理性派は、
かろうじて踏み止まる。
「喧嘩という事にしてくれますか。そうですか・・・。」
『この落としどころしかないのか。少なくともこの後の復讐の連鎖の原因は、
ひとつでも減らさなければなりません。』
為政者としては納得すべき事だが、信仰者モクシ個人としては、
辛い事実であった。
では、戦争にし続けるのか?その結果教都ムラン内外に住む、一般の教国民には、
未来において恐らく耐え難い爪痕を残すであろう。
この罪のすべては私が背負おう、そして神々の裁きに委ねよう。
自身を無理に納得させ、モクシ教皇はふたつめのお願いを口にする。
「教国から新帝国に向かう者達を、迎い入れて欲しいのです。」
「教国にも、現在のやり方に疑問を持つ、信仰者も教国民もいますので。」
「それは、このイルムが名誉にかけて、お受けいたします。」
返答に困るセプティに、イルムがすかさず、助けをいれる。
「猊下、私も御同行させて下さい。」
モクシ教皇の言葉に、耐えられなくなったのか、カシノ教導士が声をあげる。
「このまま、母国に戻られても構わないんですよ。」
「いえ、私は終生、猊下の側でお仕えしたいと思っています。」
「カシノさん。あなたも予告された人なのです。己の行くべく道を選びなさい。
ただ、その日が来るまでは、あなたの自由意思で行動するとよいでしょう。」
ふたりの会話のさなか、ルリが、かげのように現れる。
「イルム、教皇猊下用の鉄馬車は、用意ができた。
だが、ノマを討ったものの気配が、全く感じられない。」
「最後の仕掛けがあるという事も考えられる。
なるべく早く、この地を去った方がいいわ。」
隠形の軍師は、軽く頷く。
第2章。偽りの祈り(2)
紫の最高枢機卿は、ひとりで誰かを待っている。
窓も扉も開け放たれたその部屋には、うすら寒い風が駆け抜けていく。
「ここに、おいででしたか。」
紫の最高枢機卿は、みしった声に扉の方をみつめる。
「これは、王太子殿。」
「もう元かもしれません。祖国ではとうに廃嫡されているでしょうから。」
その男の後ろに、凛々しい女性と、全身鎧づくめの細身の騎士が佇んでいる。
「教国を、お暇したいと思いまして、お礼にと、お伺いしました。」
「他の最高枢機卿は、とっくに逃げ出しておられるようですが、
なぜここに?」
「暗黒の妖精に、討たれてやろうかとおもいましてな。」
「我が命をもって、新帝国のものに、講和の席についてもらえれば。」
「ほう、それは、それは。だが、貴方らしくもない。」
「どのような手立てを用いても、最後まで生残り、勝利を掴まれる方と
お見受けしてましたが。」
遠い目をして、紫の最高枢機卿が答える。
「何日か前までは、自分でもそう思うておりました。」
「やはり、暗黒の妖精ですか?」
「双月教徒としては、不敬かもしれませんが、1000年前に、
暗黒の妖精アピスが行なえし災厄、所詮は布教のためのおとぎ話と
思っていました。」
「失礼だな。あれはむしろ矮小化して伝わっている、不思議な事にな。」
「口を謹んで!」
さすがに、レティアは、騎士を嗜める。
「レティア、この世界でも、私より至高の存在などいるのか?」
そのやり取りを、気にもせず、元王太子は、話を続ける。
「暗黒の妖精の妖精たちは、教皇猊下を連れ、教都を去るようです。」
「紫の最高枢機卿、残念ながらあなたの命は、賞味期限が切れてたようですね。」
「馬鹿な・・・そんなことが・・・。」
愕然と元王太子をみつめる、紫の最高枢機卿。
彼は歴史の流れの中で、自分が取り換えのきく、大勢の中の1人であることを
強制的に理解させられる。
その醜態を涼しい目で観察しながら、尚も元王太子は話を続ける。
「双月教が禁書とした書物の中にも、私の求めるものはありませんでした。
だが、時代は白と黒と焔の伝説級の妖精を蘇らせた。
戦いの中にこそ、私の求めるものはあるかもしれません。」
「では、これにて、ご息災で。お世話になりました。」
礼を言い、踵を返し、部屋から消える3人の武人を、
紫の最高枢機卿は虚ろな目で見送っていた。
第46部分をお読みいただき、ありがとうございます。
(補足いたします)
パーニス≒パンです。