ⅩⅩⅩⅢ 欺罔編 中編 (1)
第1章。カシノ教導士
第2章。ラティス様の激発(1)
第3章。ラティス様の激発(2)
第1章。カシノ教導士
控えの間を離れたカシノは、再び教会の書庫へ向かう。
未然の教義書が書かれたと思われる時代の古語辞典は、
思ったより簡単に見つかる。
『ん、つけられている。いや、監視されているわね。』
基本的な分離型の尾行だ。カシノも贈呈者としての教育は国より受けている。
贈呈された者を殺すため、或いはその盾となって殺されるための。
『気付いてくれというばかりの、杜撰さね。』
いや逆に、見え見えにする事によって警告をしているのか。
自分も血筋だけは、コウニン王国先代王の娘であり、簡単にどうこうすることが
できないというのが、一番大きな理由だろうが。
・・・・・・・・
コウニン王国に限らずどの国も、王や王族の元に見目麗しい平民の娘を侍らせ
子供を産ませ、将来の人質や報奨として、他国や自国の功績のあった臣下に
贈呈するということがあたり前に行われている。
特に、コウニン王国は、その娘たちでさえ、工作員としての色合いが大きい。
普通の色仕掛けの工作員と違うところ、それは盾となる命を受け、
贈呈者の元にはいった場合は、贈呈者に恋愛感情を
持ってもいいとの教育されている事だろう。
所詮、お芝居は見抜かれてしまうもの、本心から愛しい者と思って犠牲に
なってくれた方が、後々コウニン王国への見返りが大きいと。
不思議な事に、コウニン王国創成期に始まった、このやり方が
いまだに生き残っている。
・・・・・・・・
「ふう~。」
自分の小部屋に入り、思わずため息がでる。
まず机の上に置いた本の底辺部分を延ばしていき、
あたる壁面部分を確認する。
出て行く前に延ばしたときにあたった、壁の染みから逸れる。
『誰かが家探ししたようね。』
思っていた通りの事が起こった事に、苦笑いが浮かぶ。
「物としては、何も残していないのにね。」
彼らも、教皇から誰かにあてた隠し文があるなど思っていないだろうけど。
これも警告か、お疲れ様なことだ。
気を取り直し、椅子に座り、古語辞典をめくってみる。
67世猊下がおっしゃった通り、現在は〖危機〗と訳されるクリーネンは、
【蘇生】という意味もあった。
『では、〖出現〗 そうエートスは、何?』
辞書をめくる音だけが、静寂の中に響く。
『【特徴】!?』
わからない。さらに【特徴】の中身を追いかける、時間が経つのを忘れていく。
日が陰った頃、答えに行き着く。
『フロネシス【智性】、アレテ―【美徳】、エウノイア【相手に対する好意】の
三語一体の別称ね。』
『さらに、それより古くは⦅出発させるもの⦆の意味もあったかもしれないか。』
当然というか、辞書には暗黒の妖精の記載はない。
ただ教皇の元から去る女弟子の話は、解釈に無理がありすぎる。
ひょっとしたら冗談。素顔は、結構砕けた人柄であられるから。
けれど、未然の教義書の主題、〖双月教の危機と暗黒の妖精の出現〗は、
ー暗黒の妖精は出発させる。
ー双月教の蘇生。
ー智性・美徳・相手に対する好意を伴って。
とも読み取れる。
『ホント、暗黒の妖精って何なのよ!?』
教都の奥の院にいるカシノには、あずかり知れぬ事だった。
第2章。ラティス様の激発(1)
「あんた、この頃、私の姿使い過ぎじゃない。」
ラティスが、ラファイアを問い詰めている。
午前・午後のギルドや店々の見回りだけでは、飽き足らなくなった
ラファイアが、夜の警戒行動(普通に言えば散歩)中に、
灯りのついている店々を覗いていたからである、
無論、ラティスの姿で。
それも、昼間とは違い、透明になる光折迷彩を纏ってリーエもいる。
2人が面白半分、(2人から言わせれば礼儀に則って、)自己紹介代わりに
全力で力を解放するため、店の中では、昼間のラファイアの
約2倍の圧と魔力が荒れ狂う事になった。
それで、相当にヤバイ店々からも、なぜかはわからないが、
『私共が悪うございました。お怒りをお鎮になるよう、お伝え下さい。』
と、学院のハイヤーン老達に、高級香茶の詰め合わせを持参して、
泣きついてきている。
「・・へ・・?何もしてませんよ。」
ラファイアが、本当に心当たりがない風情で、ラティスの顔を覗き込む。
そこにいたリーエも、⦅私知りませんよ!⦆のポーズをカッチリきめる。
『こいつら!』
『このまま、1対2でリクリエーションに突入したい気もするけど、
本当に意識してないかもしれない。』
『いや、意識してないね、これは。』
ラティスは、真剣に怒る事が、バカらしくなって、ふたりの天然の妖精から
目を背けた。
・・・・・・・・
「ところで、ラティスさんって、伝承では、
帝都の北にある、黒い魔の山から現れて、帝都を破壊して、
帝国に血の雨を降らせる予定に、
なっているんですね。」
「なによそれ?」
「ミーちゃんが言ってましたよ。大昔ラティスさんが、伝承ができるような事を、
やったんじゃありませんか。」
「はあ~?するわけないじゃない。私は豊穣と平穏の妖精なのよ。」
「そのような属性の妖精、聞いた事がありませんね。」
「なに、今日は絡むわね ラファイア。」
「けどその伝承と、学園に高級香茶の詰め合わせが、山のように届いたのと
まるっきり無関係なことじゃありませんよ。」
高級香茶を一口含んで、ラファイアが話を続ける。
「なんと、ラティスさんが北の魔の山から出てきて、悪さをしないように、
聖ラファイス祭というのが20年前まで、やられていたそうです。」
「その祭りは、聖ラファイスを写した聖旗を先頭に、帝都から魔の山に、
聖鈴・聖笛・聖琴などを鳴らしながら巡幸して・・・」
「・・・行列の2番目に、双月教のおっさん(枢機卿)、3番目に主役の
聖ノープルの役の美聖女・・・」
「なにあんた、その聖祭とやらを復活させて聖ノープルの役でもやりたいの。
別に私は、私を貶める祭りであっても、怒りはしないわよ。」
「ははは、ラティスさん。高貴さと美しさの点で全くの役不足じゃないですか。
私は慈悲と博愛の妖精ですよ。それがノープルの役なんか。」
軽やかに笑うラファイア。ラティスは呆れて目をつぶる。
『あんたが主役をはれば、静かな祈願の祭りが、わけわからん酩酊の騒ぎに
変わるでしょうが。』
それを精神感応にのせない、少し賢い暗黒の妖精さんである。
「800年前からやられていたその聖なる祭りが、今年から復活する動きが
帝都の裏の街であるらしくて・・・」
「ただですね、その帝都の裏の街の人が徴収する、強制の協賛金が凄い額で、
あわせてお金の大半は、どこにいくか、わからないらしく・・・」
「・・・それで、双月教のおっさんが首を縦に振らないらしいです。」
「なるほどね。その祭りの筋書に怒って、私が夜の店々に挨拶をして
回ったことになっているわけだ。」
「そのお詫びが、あの香茶の山とはねえ~・・・。」
「しょうもないわね。けど、白光の妖精の名を冠した祭りなんて、中身はそんなもんでしょう。」
その言葉を聞いて、ラファイアの笑顔が少し固まる。
「いやだな~ラティスさん、事実誤認ですよ。暗黒の妖精を封じる祭りだからじゃないですか。」
お互いに微笑み合うふたりの妖精、名誉学長室がガタガタと揺れ出す。
「ちょっと、私、考えが浮かんだのよ、ラファイア!」
「不思議ですね。私もそうですよ、ラティスさん!」
振動が激しさを増し、頂点に達しようとした時、ふたりの妖精から同じ言葉が
転がり出る。
「「北に魔の山があるのが悪い!!」」
え、そこ! 空気と化していた、風の超上級妖精のリーエが、⦅凍り付く⦆の
ポーズで固まる。
「リーエ、アマトとセプティを呼んできて。大事な話があるから。」
〈ーほんと触らぬなんとかに祟りなしですねー〉、とばかりにリーエの姿が
即座に、その場から消える。
第3章。ラティス様の激発(2)
ラティス様はアバウト学院の、最も高い塔の上に立っている。
ツーリアが創り出す、ラティスと北の魔の山の映像が、4ヶ所12個の平面に映り
空中に浮かんでいる。
それに映る、超絶の美貌と風に流れる黒緑の髪の妖精は、一幅の名画。
今回はラファイアも、口を滑らせたなどなど、かわいい程度ではなく、積極的に
6体の分身体も使い、帝都中に触れ回っている。
それで、アマト達だけではなく、学院のハイヤーン老の講師・
ノリア代理理事長以下
事務員達、みーちゃん・はーちゃんら子供達、
双月教のワザク司祭他2名、帝都の人々。
クリル大公国のオルト大使、テムス大公国のズホール大使、
ミカル大公国からはトリハ宰相が、そして各国の駐在貴族、
ギルド・大商人の連絡員、
暗殺・工作員御一行が空を見上げている。
この騒ぎの最高の被害者は、ツーリアとロンメル代理理事長と
聖剣エックスクラメンツだろう。
ラファイアの分身体から、平面映像の依頼があったツーリアは、まず呆れ
沸々とわいた怒りのあまり、アマトのところへ怒鳴り込み、
「あんたいい加減にしなさいよ。あんたも契約者なら、
あの勝手気ままなふたりの妖精を、抑えなさいよ。
じゃなければ、白炎の劫火を、3度ほど浴びてみる!」
と、もしリーエを通して、事実を知ったエリースが慌てて駆け付けなかったら
白炎の洗礼を受けることになっただろう。
ロンメル代理理事長は、いつものお願いをラティスからされ
とうとう頭から湯気を立てて倒れてしまった。
現在はノリアが代理理事長を兼務している。
ー誰も引き受け手がなかったのでー
その中での一番の被害者?は聖剣エックスクラメンツかもしれない。
ラティスから睨まれ、
「今度は上手くやりなさいよ。今度失敗したら、アマトの下履きの専用の
物干し竿にするからね。」
と凄まれ、刃面を蒼白にさせ、滝のように、水滴を迸らせている。
それをみたラファイアが、
『ラティスさんの迫力に、聖剣が激しく動揺してるようにみえます。
やれやれ、ほんとうにいけない妖精さんですね。』
私は、この件に関しては部外者と、超然とした態度をとっている。
☆☆☆☆
その日、太陽が南中し、帝都の正午の鐘が鳴り終わる時、
ラティスは、両手を魔の山方面に水平にのばし、厳かに宣言する。
「いくわよ、ラファイア!」
『はいはい、お好きにやって下さい。』
と、言葉に出してはチャチャを入れない、お茶目な白光の妖精さんである。
しずかな重低音が響き、ラティスの周辺を暗黒が球状に覆い出す。
目標は、遥か彼方の孤立した二つの高い山。
中空の平面には、この異様な黒々とした姿も、写し出している。
そのうちに、暗黒に包まれた球の一方に、赤い光点が現れ、
周辺の光を巻き込み巨大化し、同時に、赤い螢火のような火花をまき散し、
円盤状に進化する。
≪放つ!!!≫
ラティスの精神波が轟いたと同時に、円盤が赤金色に激しく輝き、
魔の山方向に、赤白色の巨大な光の槍が発射される。
光の槍は、まず手前の、南魔の山の黒々した異様な山腹をぶち抜き、
北魔の山の直前で、7方向に分裂し山肌を破壊していった。
呆然とした人々が、ハッと気付き、暗黒の妖精をみると、
再び陽光に照らされた美貌の人外の周りに、
凄まじい陽炎が、立ち昇っている。
・・・・・・・・
そして次に、橙白色の光の槍、そして黄白色、緑白色、青白色、藍白色、
最後に紫白色の光の槍が手前の南魔の山の山腹を貫通し、
北魔の山に到達したと同時に、
南魔の山は、思い出したように、黒煙をあげながらゆっくりと
崩壊していった。
・・・・・・・・
「さて、仕上げといこうか。」
ラティスが、聖剣をとりに台座へ向かう。
息をのんで、沈黙している大人達と違って、子供達はお祭り騒ぎだ。
ここ20年あまり、大きな祭りがなかったのも、遠因かもしれない。
道々に露店が出ている風景を見るのも、初めてだろう。
この中で冷静にというか、呆れて見ているのが、
ラファイア・ツーリア・エリースと、姿を消してセプティらの警護をしている
リーエ。
ラファイアなんかは、
『今度で決めですかね、こういう場合、ラティスさんは、万に5001回は、
失敗しますからね。ま、私の分身6体を、あの山の後ろに待機させたので
外してもいいでしょうが。』
とあらかじめ、ラティスが失敗した時の配置で準備させている。
・・・・・・・・
最後の一撃のため、聖剣は帝都の陽光を己が一身に集め、そのため
帝都周辺は、薄暮のように陰ってくる。
そこから漏れ出た力は、白銀色の煌めきと化して、聖剣を彩る。
ラティスは聖剣を水平方向に打ち倒し、天に届けとばかり、
精神波を轟かす。
≪放て!!!≫
聖剣から放たれた光は、黒い虚球を隠したまま、凄まじい速度で魔の山に到達し、
まず崩壊させた前方の山を消失させ、辛うじて形を残している後ろの山に激突、
それらも瞬時に消滅させた・・・・・。
☆☆☆☆
おもむろに、ラティスが、塔の上で聖剣を天に掲げる。
その聖姿に、帝国の極寒の時代を暮らしてきた帝都の老人たちの中には、
目から涙を溢れさせ、ひとつの言葉を口の端にのせる者も多かった。
「われらのラティス様に、栄光あれ!」
第33部分をお読みいただき、ありがとうございます。
今まで、1万文字前後で投稿していましたが、長いとのご指摘があり、
今回から3~5千文字前後で投稿させていただきたいと思います。
ありがとうございました。
(作者からのお知らせ)
カクヨムサイトの方で、苦手な分野の恋愛(短編)小説に挑戦しております。
頑張ってみました。お時間のあられる方は、覗いてみて下さい。