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ⅩⅩⅧ 潮汐固定編 後編

第1章。追加試験当日(1)  第5章。追加試験当日(5)

第2章。追加試験当日(2)  第6章。追加試験当日(6)

第3章。追加試験当日(3)  第7章。追加試験当日(7)

第4章。追加試験当日(4)  第8章。後夜祭

第1章。追加試験日当日(1)



 コウニン王国のシレトは、対外工作(暗殺)部南局の運び方で、暗殺者の

移動・逃亡の手助けの職責を担っている。

無論彼も、以前は暗殺を職責としていたのだが、風の中級妖精契約者の暗殺時に

相討ちとなり、瀕死の相手の最期の一撃(緑電)を頭部に受け、

暗殺者としての能力が削り取られた。だがしかし同時に、オリカルクム並みに

頑丈(がんじょう)と言われる催眠魔法も解除されている。

催眠魔法が切れたのがばれたら、南局の内部部署により処刑されるのだが、

そこは(うま)く誤魔化し続けている。


 今日はデナン公国領の初等学校の講師で、アバウト学院の追加試験の

受験の付き添いで来ているという身分(隠れ蓑)を纏っている。


数多くの暗殺に携わってきた彼でさえ、今回の作戦は胸糞悪いものだった。

暗殺者として使えないと判断した者で、見栄えのしないものに、全身に燃爆石を

まとわせ、(まと)に零距離で自爆させるというものだったからだ。


(まと)が、ノープル学院の入試とアバウト学院の決闘で、白光の球体が現れた後、

魔力や物理力による攻撃が効かなくなった事は、調べでわかっている。


ならばと、(ふところ)に入り込めば、うまく殺害できると上層部は目算を建てたのであり、

それでも、何らかの障壁や結界が、(まと)に張り巡らされていて無効化された時には、

()の効果として、次々に自爆させ、(まと)に対し、自爆者達の体液や内臓や肉片を

ぶちまけ続ける事により、アマトの心を殺してしまおうという狙いだった。


アバウト学院の門の前で、シレトは、自分の隠れ(みの)の引率者として、


「今まで学んだ事を十分に発揮すれば、決して悪い結果にはならないから。」


と色のない瞳の少年・少女の前で最後の演技をしてみせたとき、

自分では何の救いもできない力の無さを嘆きながら、このような作戦を

平然と実行する、コウニン王国上層部の破滅を心の底から願った。


シレトは、アバウト学院の門を去る時、もう一度校舎のほうを(にら)む。


『おれも暗殺を請け負う者として、人を殺しすぎた。

ここいらで帳尻をあわせてもよかろう。

頼むぜ、おれの死を無駄にせんでくれよ。』


と、心の中で(つぶや)いた。



第2章。追加試験当日(2)



 いつもの時期ではない試験のためであろうか、初等学園の制服で来た受験生は

見当たらない。それどころか、服の(ほころ)びがある者も多かった。

恐らくは、帝国外から来た、いわゆる平民という階級の出身者達だろう。


彼らの多くは、【門地・出身地を問わない】という、アバウト学院の宣言に

新しい時代の風を感じて、集まってきている。

ここには、時期王帝候補もいる。

次世代のアバウト学院生になる、孤児たちを庇護(ひご)している。

何よりも、1000年の間、この世界に影すら見せなかった、

禁忌中の禁忌、暗黒の妖精が、現存しているのだ。

この世界の道徳たる、双月教の教義に反抗してこの場を選んだ覚悟は、

なみ半端なものではない。


・・・・・・・・


 追加学生試験は、講師・事務員だけではとても人手が足らないので、

実技試験の剣ではルリとフレイアが、槍・矛ではキョウショウ・アストリアが、

ジンバラ老の補助にはいっている。

ちなみに、ユウイ・エルナは受付でキノリの補助に、

イルムは面接官として、ハイヤーン老・バレン老と同席する予定だ。


 魔力試験の担当のラティスとラファイアは、筆記試験の終了待ちで、

名誉学長室で、まったりしている。


「ラティスさん。暗殺者から誘惑者、斥候(せっこう)者・潜入者から寄生者まで、

らしき人が、いっぱい来ていますね。」


ラファイアは、アマトとセプティの警護役として、早朝から学院に()めていて、

(ひま)つぶしに、校門前に分身を飛ばし、ほぼ受験者全員の確認を終了している。


「そうでしょうね。アマトにしてもセプティにしても、いろんな意味で

時代的な価値が高いからね。」


ラティスは、ボーッと外を(なが)めながら、ラファイアの相手をする。


「こんな試験なんてさあ、あんたが、一度に全員を相手にして、

あんたに傷のひとつでもいれた奴は、合格にすればいいと思わない?

だったらすぐに終わるし。」


ラティスは、近頃ミーちゃんハーちゃんら子供達の興味が他の方に向かい

お付き合いが減ったので、機嫌がよく、かつ怠惰(たいだ)になっている。


「また、そういうことを言う。ラティスさんが自分自身で、

『私が魔力試験者のすべてを相手する、これは神々の意思よ。』

なんて言い出して、試験官になったんでしょう。

いつの間にか、私も試験官に勝手にして、・・・」


「きのうも、受験生の魔力攻撃を受けるのみで、私達が(かぶ)った帽子を

吹き飛ばす事ができたら、即合格とか、言っていましたよね?」


ラファイアは香茶を飲みながら、まったりとした雰囲気に身を(まか)せながら、

質問する。


「一対一で、私達とやりあえるのは、あのツーリアとかいう(ゆが)みねくらの

()()(もどき)ぐらいでしょう。だったら、そのくらい有利な条件を与えて

試験をやればいいでしょう。」


「そのくらいでは、全く有利な条件になるとは思いませんが?」


「それにラティスさんの姿でなんて・・・。」


ブツブツ文句をいう、ラファイア。


「あんたこの頃、私の姿でいろいろ()()()()()いるんじゃない

借りは返しなさいよ。」


自分の姿を、勝手に使われたことには怒らない、ラティスさんである。


「わかりましたよ、私が先にいきますけど、どのくらいで交代するんですか?」


「何を言っているの。私はずっと、大きな日傘の下で、背もたれ椅子に

身を(ゆだ)ねて、冷えた果実水飲みながら、あんたを見守っているから。」


「え!?」


ラファイアは、さすがにラティスを凝視(ぎょうし)する。


「こんな日差しのなか、泥だらけになるなんて、

私のように、()()()()()()()妖精には、

似合わないと思わない。」


「ここは、あんたのような、火焼け寸胴樽(ずんどうだる)体形で二の腕ぷよぷよの妖精こそ、

その出番ではなくて。」


「!!!!!!」


ふたりの妖精の間の緊張感が、半端ないものになる前に、

学長室の扉が叩かれる。


「ラティス、お客さん。いや、イルムとルリが来ているわ。」


ふたりの妖精の、いつものやり取りを予想して、あえて空気と化していた、

エリースが声を上げる。


学長室を護る、ラティスの結界もラファイアの障壁もエリースの探知能力を

(さまた)げていないのに、ふたりの妖精もエリースも気付いていない。



第3章。追加試験当日(3)



 「ゆっくり休んでいるところすまない。これを見て欲しいの。」


ルリが差し出した紙には、コウニン王国の今日の暗殺作戦と暗殺者の名が

列記されたものが書いてある。シレトという差出人名まで記入してあり、

宛先人はルリを指定してある。


「つまりは今日、暗殺計画があるという事ね。(まと)は、アマトということ。」


イルムは、何故か歯切れが悪い。


「初日から来るとわね。」


「けど、名前までわかっているんだったら、私とラファイア・・・・」


急に、淡い緑色の光を伴ってリーエが現れ、⦅私も!私も!⦆のポーズをしてみせる。


「・・・・とリーエで、全員消去すれば済む話じゃない。」


リーエは、⦅だからラティスさん好き。⦆のポーズをきめる。


「イルムさん、どうしたんですか。これは(わな)だと?」


ラファイアが、顔色の()えないイルムとルリに気付き、ふたりを気遣う。


「いや違うと思う。ただ、コウニン王国式の秘匿(ひとく)文字変換をすると、

《奴らを助けてくれ頼む》の文字が浮かぶのよ。」


ルリが、言いにくそうに、言葉を投げる。


「それが本当だったとしても、義兄ィの命と引き換えにはできないわ。

わかってるでしょう、ルリ!」


エリースが、極めて強い言葉で打ち返す。


「まあまあ、エリースさん。ラティスさんと私の魔力があれば

何とかできるかもです。」


ラファイアが仲裁にはいる。エリースも言い過ぎたと口をつぐむ。


「あんた、なに仕切ってるのよ、私はそんな面倒な話には乗らないわよ。」


ラティスは、ぶっきらぼうに話に割り込んでくる。


「ラティスさん、もし手立てがあるのなら、お願いできないだろうか。」


「私からもお願いする。」


ルリとイルムが立ち上がり、ラティスに頭を下げる。

ラファイアはラティスの目が、ほんのわずだが泳いだのに、気付いた。


「確か、御自身のことを、高潔と救済の妖精とか、のたまわって

いましたよね。」


ラファイアが含み笑いをしながら、ラティスを(あお)る。

しばし黙り込むラティス、けれど暴発したように、言葉を破裂させる。


「わかったわよ、協力するわよ。イルム、対抗策を考えるわよ。」


『『すなおじゃないんだから。』』


ラファイアとエリースの心の声である。


・・・・・・・・


今回の試験は、筆記⇒剣・槍⇒魔力⇒面接の順番で行われる。

コウニン王国の暗殺者の一群が、初級妖精契約者のみで、

魔力の実技試験はないので、面接への待ち時間を利用する。


面接の待合室に入る瞬間、ラティスの精神支配を浴びせ、別室に誘導

ラファイアの瞬間睡眠魔力で、試験終了時まで眠らせる事にした。

合せて、アマトが、補助面接官であるという偽りの案内も

行われることになった。



第4章。追加試験当日(4)



 剣や槍に自信の若者、特に帝国本領以外の出身者にとって、ジンバラ老と

剣や槍を交えることができるのは、試験とはいえ、望外の幸せだったろう。

生きた伝説と立ち会えたのだから。


だが悲惨(ひさん)だったのは、ルリ・フレイア・キョウショウ・アストリアが試験官に

なった受験生だった。全くの素人には、彼女たちも(キバ)をむく事は

なかったが、半端に剣や槍をかじった事のあるもの、彼女たちの見た目で

軽んじた態度をとったものは、即ヒール送りに叩きのめされた。


ルリの剣は、いかなる剣使いの打撃をも(かわ)し、急所に一撃をいれる

暗殺者のそれであり、

キョウショウの槍は、創派の部下たちを有無も言わせず力で従わせたものであり、

フレイアの剣・アストリアの槍はジンバラ老直伝とはいえ、どんな腕の相手でも

自由に寸止めできる程の階梯(かいてい)では、なかったからだ。


それ以上に(こく)だったのは、魔力試験の方だろう。事前に説明がなかったため、

闘技場に入った、だれもが、目を見開き、(つば)を飲み込んだ。

そこには1000年にわたって、強大無比の魔力をもつ人外として語られてきた

恐怖と破滅の禁忌である、暗黒の妖精が己が相手として、(たたず)んでいたのだから。


大気は凍てつき、高山の頂きから見下ろされるような、大海の深淵から

(のぞ)かれるような感覚のなか、共鳴の振動が彼方の空間から迫り、

自分が有象無象のひとりにも満たない、塵芥(ちりあくた)に過ぎない事を納得させられる。


そしてこの妖精ラティスは冷たく(うた)う。


「わたしの魔力は、暗黒の妖精アピスのそれを遥かに凌駕する・・・。」と。


なおも続ける。


「10人でも20人でもまとめていらっしゃい。それでいいわよ。」


と穏やかに。それは挑発ですらない。


受験生たちは覚悟を決めた。

周りを見渡す、皆と協力して、自分の最大の魔力を放つしかない、

受験生たちは呼応したように、同時に、魔法円や魔法陣を己が前面に

展開していった。


・・・・・・・


 ラティスとラティスの姿を借りたラファイアは、嬉々(きき)として魔力試験官の

役割をこなしていく。

日頃は、契約者であるアマトを()()(おもんぱか)って、自分達の魔力を駄々洩(だだも)れ状態に

しておくことはないが、これはふたりの妖精にとって結構めんどくさく、

あまり気持ちのいい事ではない。


この前の日に、アバウト学院の三賢老のみならず、他の講師達からも、

『ぜひ、そのお力の一片でも、拝見させていただきたい。』

と言われているため試験の当初から、ラティス様・ラファイア様、

全開状態なのである。


『いくら、{こちらから一切攻撃はしない。自分を足元の円の中から片足でも

外に出せれば、無条件に合格させてやるわ。}と言っても、

これじゃ試験にならないよなと。』


魔力試験の補助試験官としてその場にいるアマトは、心の中で(なげ)いている。

同じく補助試験官のセプティは畏怖の、エリースは(あき)れた眼差しで、

交互にふたりの妖精を凝視していた。



第5章。追加試験当日(5)



 ぼく、799899番は、この試験会場で試験を受けるためにニセトという

仮名を与えられている。

面接の待合室で、何度目かの燃爆石の仕様を確認をして、最後の(とき)

待ちながら、昨日の夜の事を思い返していた。


昨日はどうしても寝付かれず、宿の庭に出てみた。

暗くてよく分からなかったが、共に来た者達の何人かも外に出ているようだった。

家族の名、兄弟の名なのか、(しぼ)り出すように泣き声と共に聞こえてきた。

辛気(しんき)臭い!怒りにもにた感情で部屋に戻る。

終わりの時が明日という冷厳な現実に、催眠魔法が解けかかっている者も

いるのだろう。

誇りあるコウニン王国対外工作部南局員にあるまじき行為だ。

ふと、鏡にぼくの姿が写っているのに気付く。

泣いている、涙がとめどなくでている。


『ぼくも一緒か・・・。』


笑いが止まらない、そして涙も止められなかった。

当たり前だと思えたものが、手の平から(こぼ)れ落ちていく・・・。


ぼくは、現実に立ち返る。いまだに爆破音が聞こえてこない。

音がした方向に集まり、(まと)を道ずれに燃爆石を爆発させる、

極めて簡単な作業だ。

つまり、ぼくが最初の一撃目の栄誉に(よく)するんだろうか。


「ニセトさん、面接を開始します。」


受付の女性が呼びに来た。そういえば、受験の受付の女性は、神秘的な美しさ

だったな。そうか、もう二度と会えないのか・・・。

残念、軽い笑いが浮かぶ。燃爆石の引き(ひも)を確認する。


「はい。」


と返事をし、ぼくは、立ち上がり歩き出す。待合室を出た瞬間、全身に何かが

ドスンと(おお)(かぶ)さってきた感じがした、視界が暗転し色が消えた。

引き紐どころか、体が自由に動かない。

勝手に体が歩いて行く、何かの建物にはいった刹那(せつな)

目の前が暗くなる、意識が刈り取られて・・・・・。



第6章。追加試験当日(6)



 「これで最後の組ですね、エリース。最後まで緊張しますね。」


セプティが私に話かける。義兄ィにも、セプティにも、今この学院の裏側で

起こってる事に関して一切話してはいない。ただ、私も姿を消してるリーエも、

最大限の警戒を解けずにいる。


「まあ、あの2人が勝手に張り切っているだけで、この試験の結果で落とす

ということは、ないんだけどね。」


セプティに気取られまいと、どうでもいい事を語ってみせる。

何を知らないセプティが、笑顔で言葉をかけてくる。


「けど、あのお二方が暴走しないように、エリースが監視しているわけだし。

私なんかよりエリースの方が大変だったよね。」


前組の受験者のエレメント・級が自己申告と違わないか・加算・減点などの

留意事項を確認する。セプティが、最後の組の受験者の評価表を用意する。


「え、ツーリアさんの名前もある?」


セプティが、氏名(ツーリア)・出身地(テムス大公国)・エレメント(火)

・自己申告級(上級)の(らん)を見て驚く。


≪テムス大公国では、なんとかさんの知り合いで、人事を有利にする事は

ないわと、驚いている、横の8世さんに伝えて。≫


熱と重高音の精神感応が、頭に響く。当の本人はまだ会場に入ってきてない。

ラファイアの障壁も、無視されてるのか、透過されているのか。

しかたなくわたしは、セプティに説明する。


「へえ~。そんなもんなんですね。」


セプティが、密約時の取り決めをよしとしない、ツーリアの態度に

妙に感心している。


最期の受験生たちが、アマト義兄ィが開けた扉を通り、闘技場に入ってくる。

中央に仁王立ちして待つ、暗黒の妖精の姿・圧・激しさ・背光の円環に、

顔色がなくなる、背筋に冷気が走っているだろう。

それは祝い、それは呪い、わかるようなら、最上級妖精契約者レベルね。

あ、ラティス(ラファイア)が一歩前に踏み出した。


「聞け、受験生共。私からは一切攻撃はしない。私を足元の円の中から片足でも

外に出せれば、無条件に合格。」


「全員一緒でも構わないわよ。」


ラティス(ラファイア)が冷たく笑い、受験生たちに向かって宣言する。

ラティスの物真似を、完全に楽しんでいる。

ノリノリのラファイアに、義兄ィの事は忘れてないよねと、マジで心配になる。 


「暗黒の妖精様、ラティス様、一対一でお願いしたんですが。」


緋色の髪と瞳どこいでもいるような容姿の少女が、平凡な声で挑戦してきた。


・・・・・・・


「さて、他の皆さん終わった事ですし、ツーリアさんには、私自身の姿で

お相手しましょうか。」


ラティスの姿が薄れていき、ラファイア本来の姿が現れる。

流れるように、白銀の背光も、白金に変わり、さらに7色の光にわかれ、

49色のきらめきに乖離(かいり)する。


「待って、ラファイア。私が相手になる!」


思いもかけない言葉が、自分の口から転がり出てくる。

一瞬目を見開いて、ラファイアが私を見つめてくる。やがて、


「いいですよ、エリースさん。ただツーリアさんが認めてくれればですが。」


「やめろ、エリース。何のつもり?」


義兄ィが、私とツーリアの間に割って入ってくるけど、その姿は透けて見える。


「レアヘタレさん、野暮(やぼ)ですよ。男の人も(こぶし)を交わらせなければ、

理解し合えぬ事も、あるでしょう。」


ツーリアが受けてくれた。対角に立つ。震えが止まらない。


「ラファイア。後のことは、お願い。」


音が、心臓の鼓動(こどう)の音さえ消えていく。



☆☆☆☆



 勝負は一瞬だった。エリースが最高の電撃を放とうとする、ほんの(わず)かな瞬間に

彼女の体を、鋭い稲妻が駆け抜けた、それは紅の閃光(せんこう)

天を切り裂く激しい音程が、閃光を追いかけてくる。

エリースは、何もできず、地面に崩れ落ちた。

いつの間にか戻ってきていたラティスが、飛び出してきて、全力のヒールの光を

倒れたエリースに浴びせる。

眩いばかりの緑光に包まれた超上級妖精のリーエが顕現し、怒髪(どはつ)冠を()く勢いで、

激情の一撃をツーリアに放とうとする。


≪やめてリーエ。私は無事だから。≫


微かな精神感応を、エリースはリーエに(つな)げる。

リーエの顔は、ゆっくりと泣き笑いの表情に変わっていく。

時間の歩みが、いつものように戻っていく。

アマトとセプティも駆け寄ってくる。


『何もできなかったんだ、私。』


空の高さを全身で感じる。涙と、笑いが、エリースの顔に浮かんでいた。



第7章。追加試験当日(7)



 暗闇の底から、意識が急上昇していくのを感じる。

仮の人格のもう一人の自分が、真の自分の人格に吸収されていく。

本当の自分が目を覚ます。


 『表部隊は、失敗したようね。』


コウニン王国対外工作部南局に属するノマは、心の中で(つぶ)いていた。


『だが、爆死部員を数だけは30人はつぎ込んだはず、いかなる手立てで

防がれたのか?』


アバウト学院のなかを、ノマは悠々(ゆうゆう)と歩いている。

彼女は、作戦2へ自分の役割を移行させる。

相手からは不可視になる光折迷彩が、彼女を自由にする。


[暗号名ヘタレの殺害と、運び方全員の始末。]とにかく、急がねばならない。

今は、初級妖精契約者の受験生なのだが、いつまでも学院内にはいられない。

仮の人格の今日の一日の記憶を読み取る。見てないのは、中級妖精契約者以上の

魔力試験場か、標的暗号名ヘタレを、この手で屠らなければならない。


私は、上級妖精契約者としても上位にあるらしい。

そのためか、自分自身に強力な催眠(さいみん)魔法がかけられているのはわかっている。

ただ、外し方は分からない。

なにか何十の透明の膜が、体にも心にも(まと)わりついているのを感じる。

ひっきりなく汚物がかけられている感じだ。本当に気持ちが悪い。

敵地、周りは敵だらけ、命のやり取りをするヒリヒリとした感覚、

この時だけが膜が薄く一つなり、唯一 生きている感じが戻ってくる。


・・・・・・・・


「ここから先は、関係者以外は立ち入り禁止ですよ。」


え、思わず立ち止まる。

いや、見えても・聞こえても・そして匂いさえないはずだ。

振り向く、平凡な容姿の執事姿の女性が、微笑(ほほえ)んでたたずんでいる。


「珍しいやり方の光折迷彩ですね。自分のものにするまで、

ご苦労なされたでしょう。」


間違いなく見えている。反射的に電撃を放つ、緑の竜牙が虚空を穿(うが)つ。


『虚像?』


自分の背後に同じ姿が現れる。


『実体か?いや違う、本体はどこだ。全く(とら)えられない。』


「ラティスさんに言わせれば、『光折迷彩の使い手は性格が(ゆが)んでいる。』

だそうです。ほんと失礼だと思いませんか。」


耐えきれず、再び竜牙を放つ、また虚像だ。背後にまた同じ影があらわれている。


『力が違い過ぎる。完全に遊ばれている。』


背中に冷たいものが流れる。相手が力を隠すのを止めた。

相手の圧が私の宇宙を(おお)い隠していく。


「さっき、伝説の火の妖精ルービスもどきと、やりあえるかと思って

ワクワクしたんですが、エリースさんにかっさらわれてしまって

ほんの少し、むしゃくしゃして、いるんですよ。」


「人生って上手くいきませんね。」


『・・・・・・・・』


ノマは、全方位に緑の竜牙を放った。すべては虚空に消え去った。



第8章。後夜祭


 

 「ラファイア、あんた話を聞いていた。こいつは違うでしょうが。」


ラティスがノマを指差しながら、ラファイアを(しめ)ている。

ただ、ラティスの口撃にも、ラファイアの笑顔が消えることはない。


「ま、そう言う事も、よくある事じゃないですか。」


形ばかりの面接が終わった後、ツーリアはそのまま学院に残っている。

彼女の察知能力も、今日、暗殺の作戦があり失敗に終わっている事を

十分に(とら)えていたからだ。


「いつもラファイアさんって、こういう感じなの?」


ツーリアが、イルムに(たず)ねる。イルムも苦笑いするだけで、返事を返さない。


「なるほどね。ところで、ルリさんと言ったかしら、見知った顔はあって。」


ツーリアが話を変える。


「彼女のみ顔は知っているわ。ノマといってコウニン王国の対外工作部南局

の工作員。四天王のひとりと、北局では(うわさ)してたわ。属性は私と同じ風、

たぶんね。」


ルリが丁寧(ていねい)に、ツーリアに返答する。


「ま、貴方ほどじゃないでしょうけど、名うての暗殺者ってとこかしら。」


横ではまだ、ラティスとラファイアが仲良く、言い合っている。


床に寝かせた、ひとりと30人にの中から、音にならぬ声が聞こえてくる。

目覚めが近いようだ。


・・・・・・・・


 「あんた達、催眠(さいみん)魔法は解いといてやったわ。じぶんの意思と感情で

今後を決めるといいわ。」


ラティスが、コウニン王国の()暗殺部隊の30人に声をかける。


ノマだけは、先ほどから号泣して収拾がつかない。

催眠が解けて、自分の所業が彼女を(むしば)んでいるのだろう。

再び、ラファイアの全力の力で、眠りに強制的に落とされる。

ルリが自分のときを思い返したのか、痛ましい顔でノマを見つめる。


ラティスに続き、イルムが冷静に、茫然(ぼうぜん)自失の彼らに話しかける。


「君達には二つの道がある。一つは、このままここを出て行って、

コウニン王国のものに失敗者として、八つ()きにされる未来だ。

失敗した暗殺者が口を封じられるのは当然のことだろう。

その道を選ぶのは君たちの勝手だ。(いく)ばくかの逃亡用の金も用意しよう。」


「だが、我々もゆっくり君たちの決断を待つ時間はない。

90拍の間にここを出て行ってくれ。この建物の左の方にいけば

裏門に突き当たる。そこで金を渡す。」


「もう一つの道は、残った者にのみ話そう。」


沈黙が若者たちを(おお)う。どちらを選ぼうが、あと少しだけ、終わりの時を

繰り延べることになるだけだろう。なげやりの気分が彼らに寄り添う。

時間がゆっくり進む。だれも出て行く者はいない。


「では、もうひとつの道を話そう。われわれは近い将来コウニン王国へ

攻め込む。そのときのための、われわれの同志となってもらう。」


イルムが、若者達に問いかける。


『『『!?』』』


若者たちの心が(ざわ)めく、


『『『なんだそれは!』』』


()帝国もたいがいに(くず)だったが、コウニン王国のレベルまでは()ちて

いなかった。君たちの国は金幽(きんゆう)貴族共が始めた、連帯保証の掟と、

シ・ネ保証の制度で国民は、一部の上級王国民と、多数の下級王国民、

それ以上の隷属(れいぞく)王国民に色分けされてしまっている。」


「他国の人間の暗殺をするのに命をすり減らすより、自国の金幽貴族を

滅ぼし去るのに、自分の命を使わないか。」


「君たちの国の勇者ルリも催眠(さいみん)を解かれた後、自分の意思で我々の同志に

なっている。」


「君たちは、アバウト学院の初級妖精契約者の合格者として、

学院の寮でこれからの生き方を考えてもらう。」


イルムはここで、一息いれる。


「最後に、連帯保証の掟で、君たちの大事な人が処刑されるだろう。

先にお悔やみを申し上げとく。」


自分達が失敗したこと、生き残ったことが引き起こす不条理さに、

あちこちから嗚咽(おえつ)がもれる。


今はまだ種にしか過ぎない。新しい世界への一歩は、果てしなく遠い。

しかし、彼らの想いが重なり合い、太陽が大地から顔を出すように、

時代と共鳴をおこしていくだろうと、イルムは確信していた。












第28部分をお読みいただき、ありがとうございます。

(補足します)

90拍=約3分

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