ⅩⅩⅦ 潮汐固定編 中編
第1章。追加試験前夜(2)
第2章。追加試験前夜(3)
第3章。追加試験前夜(4)
第1章。追加試験前夜(2)
アバウト学院の一室。何の飾り気もない、事務的な机と椅子の空間は、
異様な緊張に包まれていた。
賓客として招かれたイルムとキョウショウの対面に、ハイヤーン老・バレン老・
ジンバラ老が座る。
おもむろに、ハイヤーン老が話し出した。
「お忙しいなか、当学院においでいただき、ありがとうございます。
クリルの隠形の軍師と言われたイルム將、伝説の創派のキョウショウ將、
ラティス殿、アマト準講師から、お噂はうかがっております。
一度は直にお会いしたいと、思うておりました。」
「こちらこそ、ハイヤーン老。その分野の泰斗と言われた、ハイヤーン老・
バレン老・ジンバラ老のご尊顔を拝す栄誉をいただき、ありがとうございます。」
つつがなく受け答えるイルム、《平にして、楚だが、卑にあらず。》と言われた
凛々しい、かっての姿が、そこにある。
「ハイヤーン老・バレン老、腹の探り合いは辞めませんか。
イルム殿、私が聞いたところによると、あなたは、時間がいくらあっても
足りない状態でしょう。いかがですかな?」
武人らしく、ジンバラが切り込んでくる。
「ご明察恐れ入ります。わかりました。こちらもその方が嬉しいです。」
華のような笑顔を浮かべるイルム。
キョウショウは三老の、無言の感嘆のため息を、聞いた気がした。
『さすがはイルム。天性のじじ殺しね。』
だがそれも一瞬であり、バレン老が、わざとのんびりした口調で尋ねる。
「ところで、イルム殿。セプティが、ゴルディール8世陛下の資格がある
という事は、確認してあるのかの?」
「セプティの本名は、ティシア=ウィーギンティ=ゴルディール。
玉璽の存在も確認しています。」
すらすらと答えるイルム。
「そうか、では力さえあれば、すぐにでも8世として即位できるよの。」
「いえ、まさか。ティシア=セプティ1世としての即位を考えております。」
「その理由を聞かせてもらえるかの?」
ハイヤーン老が、厳しい眼差しで、イルムに質問する。
「それは、当初の流れから説明しなければと思います・・・。」
イルムは語りだした。
アマトと暗黒の妖精ラティスの契約からはじまった新帝国への激流を。
まず、ガルスの街を追われたこと。
クリル大公国が、暗黒の妖精の消去とエリースの入軍を狙い、
アマトに刺客を送った事。
偶然か歴史の必然か黒き森での創派との出会い・合力の約束。
王帝位継承者たるセプティの保護。
元クリルの軍師である自分や暗殺者であるコウニン王国のルリの参加。
アバウト学院への干渉とフレイアなど3人の加入。
そして、今、テムス大公国との密約締結の準備中だということまで・・・。
・・・・・・
「まさに、神々の悪戯としか思えぬ仕儀じゃのう。だが、なぜ新帝国に拘る
この老いぼれ達にも、話してくれんか。」
ハイヤーン老が、更にとぼけたように聞く。
「まずは、武の礎、暗黒の妖精のラティスさんの存在です。
これを国として容認するには、双月教 国との決別の覚悟も必要でしょう。
これは、いままでの帝国では難しいと思います。
そして、創派にしても、テムスにしても、旧帝国との講和というより、
新帝国との和約の方が話を受けやすいでしょう。」
「それに、6世の狂気が帝国を没落させたように語られてますが、
目に見える形で現れてきただけであり、相当前より帝国は
土台から腐っていたのでは・・・。」
うなずく三人の賢老。
「旧帝国の帝政復古と言っても、あなた方アバウト学院の講師も、帝都いや
帝国本領の人々も協力しますまい。それより、新帝国の建立と言った方が
誰もが、未来を見る事ができます。」
「そして、最大の構想は、貴族制度の廃止、王帝の親政を考えております。」
そこで、一端、話を切るイルム。ジンバラ老が、せき込むように話をする。
「貴族制度の廃止じゃと!」
「今、帝国本領の貴族は9割以上脱落してますし、帝都には6世時代以前の
貴族はいません。テムス大公国も9割以上廃嫡しております。
創派にいたっては貴族そのものがいませんしね。」
「だが、イルム殿、6世みたいな王帝がまた現れたらどうする?
貴族なしでは、止めるのも難しかろう。」
バレン老が、当然の疑問を述べる。
「バレン老殿、私をお試しになられますのか?」
ニコリと微笑む、隠形の軍師。
「新帝は【君臨すれど、統治せず。ただ崇高なる義務は果たすもの。】との
雛形を考えております。」
「つまり権力と権威の分離か、しかし国家を揺るがす戦の時は、
最前線からの逃亡は許さんぞというところか。」
ハイヤーン老が、なかば呆れたように呟く。
「セプティが王帝として即位したら、アバウト学院初等部名誉寮長の肩書は、
必ず兼務させると言えば、女帝が即位した時の、立ち位置も分かりやすいかと。」
「國の母としての象徴かの?」
「そうです。」
「他に、内政・外交・軍事・治安のうち、特に内政・治安・軍事は、
世襲によらぬ優秀なものに、期間を区切ってやらせましょう。」
「無論、貴族の爵位も、一代限りの名誉職扱いとし、式典出席の栄誉ぐらい
残してもいいのかとは、思いますが。」
「あと、クリル大公国では頓挫しているようですが、【情実を排除した信賞必罰】
も必須かと思います。」
「やり方としては、信賞時に、信賞理由を必ず、事細かく開示させます。
そしてそれと昇格を認めた者の氏名も公開します。
無論昇進した者が邪な事をした場合、組織にとって害毒になった場合、
昇格を認めた者は降格を必ずさせます。
情実によって昇格をさせた場合、本人達の死を持って償わせるでしょう。」
「理念はわかった。現実としては、帝国本領の半分を、今後手にいれたとしても、
兵力の差により、よくてテムス大公国の傀儡国、普通なら吸収併合をされ
テムス大公国のほうが、新帝国へ進む未来が、みえるようだが。」
バレン老が、指摘する。
「現在、テムス大公国に野心はありません。大公位の後継者もいません、
アウレス4世陛下は、側室を置かれぬようですし・・・。」
「それでは、答えになっておらんぞ、イルム殿。」
ハイヤーン老が、イルムに迫る。
「ここから先の話は、【沈黙の掟】の、同意をお願いしたい。」
それまで、無言を貫いていたキョウショウが、初めて会談に加わる。
イルムの顔に、《キョウショウ感謝!》の表情が浮かぶ。
「なるほど、これは許されよ。実を言うと、アバウト学院のすべての講師が
この場所に『同席したい。』と言っておってのう。」
「つまりはじゃ、我らにとって新帝国の建国は、歴史の必然という結論に
いたっておる。セプティ陛下の新帝国が我らの想像を裏切らないものであれば、
同じ船に乗りたいのよ。」
「【沈黙の掟】、そんなもの、いくらでもしてやるわ。」
ハイヤーン老の激情に、2人の老勇が笑っている。
キョウショウは、反射的に立ち上がり、自分の失礼を三賢老に詫びた。
☆☆☆☆
「では、最後のフラグメントゥムをお話しましょう。」
イルムが襟を正して、話し出す。
「テムスのファウス公妃の契約妖精は、火の妖精ルービスです。」
「それは、・・・・・・・・。」
3人の賢老もさすがに固まる。ハイヤーン老が代表して、尋ねる。
「伝説の火の妖精という事かの!?」
「ラティスさんの話によればですが・・・。」
「その、頂点の力を持ちながら、今まで帝国の掌握をいたさなかったのか。
なるほど、野心はないわ。」
「しかし、アウレス4世なり、取り巻きなりが、心変わりをせんか?」
バレン老が、日頃の仮面を脱ぎ捨て、真摯に尋ねる。
「皆様が知る一つの事実の変更と、新しい一つの事実の追加にて、
彼らに、その冒険はできないと思います。」
「それは?」
「まず一つ目は、学院生のエリースは、風の超上級妖精の契約者であること。
妖精の名はリーエ。」
「「「ほお~。」」」
「そして、アマト君はもう一人の妖精とも、契約をしております。
名は白光の妖精ラファイア。」
白光の妖精の言葉の重さに、お互いに顔を見合わせる、三賢老。
気にせず、イルムの口から、話は続く。
「暗黒の妖精ラティスさんは常々、自分の魔力は伝説の妖精
ラファイスやアピスに負けぬと、豪語してます。」
「白光の妖精ラファイアさんは、その暗黒の妖精ラティスさんなみの
魔力は持っているという、妖精自身の言葉も、私は聞いております。」
「私も、キョウショウも、最上級妖精契約者ですが、ふたりの妖精の魔力の
深淵を確かめるのには、はるかに魔力が足りません。」
「・・・・・・・・。」
なんの、言葉も浮かばない。
「テムス以外の帝国の統一と、王国連合諸国の戦の勝利は可能という事かの。」
ハイヤーン老は、やっと人の言葉を、口にする。
「可能性としては。ですが、それより早く、コウニン王国が近い将来
滅びる事になるでしょう。」
「それはなぜだ?」
ジンバラ老が不思議そうに尋ねる。
「我らに、〖返り忠」をして仲間に加わったルリは、かって7世を
弑いております。われらに大義名分があると言う事です。」
「・・・・・・・・。」
自分らの知らぬ、歴史の裏側に、驚愕する。
それが事実とすれば、国家として放置はできない。
国の名誉・国家間の力関係において、他国によるその国の王や王帝の暗殺は、
仕損じたとしても、戦を避けられぬ最大の要因だ。そこに理屈はない。
青くなる三賢老をみながら、友の顔と、願いを思い浮かべるイルム。
ハイヤーン老が、言葉を選びながらも、話を続ける。
「歴史の予定表は、そこまで進んでいるということか。
だがイルム殿、ただ破壊するだけでは、何も生み出さんぞ。」
「それは、十分に承知しております。」
「最後に聞きたい。それを成し得た時、イルム殿個人は報奨として何を望む?」
「生き残る事ができましたら、そうですね、諸国民のための統一民法典をつくる
費用・人・時間が欲しいですね。」
「・・・わかりもうした。あなたは人としての器の大きさが、
我々とは桁が違われるようだ。」
「われわれアバウト学院講師も、新帝国の建国に尽力させてもらおう。」
第2章。追加試験前夜(3)
アマト達一行の中で、暇を持て余しているるものがいる、ラファイアである。
アマト、ユウイ、セプティの警護など、片手間の仕事にも
ならないのである。
アマトを纏って決闘をした時、念願の自分本来の姿になってはみたのだが、
いざ光折迷彩を脱ぎ捨てた後に感じた想いは、〖鬱陶しい〗だった。
『賞賛を受けるのはいいんですが、ラファイスと間違われてというのは
どんなもんです。』
『少なくとも、私は聖画のラファイスほど、不細工ではありませんし。
普通、別の妖精と、皆さん思うはずなんですが。』
少々おかんむりの、白光の妖精さん。
それで、次にラファイアが選んだお遊びは、警護は分身に任せての、
午前中は、大小の規模の関係のない、ギルド・店巡りのお散歩だった。
『建物・土地ギルドで、ラティスさんが、大歓迎されているんですから、
まあ、ラティスさんの恰好で、大人しくニコニコとして座っていたら、
他のギルド・お店でも、皆さん大目に見てくれるでしょう。』
と謎の超理論を展開して、好きなままに振る舞う、ラファイアさんである。
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「「本当にまいりました。」」
一群のものが、潰れた酒場に集まっていた。彼らは、表向きは大商人とか
ギルドマスターとかギルドの出資者とか、元貴族とか、宗教者とかの
きれいな顔を持つものである。
彼らがまいっていたのは、自分の店の店員や店主や顧客が、
ラティス(ラファイア)の襲来によって、その圧倒的な力と傾斜によって、
精神的に限界まで追い込まれ、次々といなくなったことではない。
ラティス(ラファイア)が、彼らのもう一つの顔を持つ者と知って来店し、
笑顔で警告にきているとの恐れである。
彼らのもう一つの顔は、戦争商人。戦争という国家の無駄遣いをさせ
己の懐を肥やすことである。彼らにとって、国家の尊厳も戦没者数も関係ない、
いくらの金貨を自分達にもたらすかが、戦争のすべてである。
「あのもののところに、元クリルの軍師のイルムがおる。
我らの正体がバレてないと思う方が、可笑しいだろうな。」
その場の議長格の老人が、皆の思いを代弁する。
「あの、クリルの女狐が!我らの商売の邪魔になる輩であった。
レオヤヌスとの切り離しにやっと成功したと思ったら、よりによって、
暗黒の妖精の庇護の下にくるとわな。」
無駄に太っている男が、憎々しげに語る。不相応な金をクリルにつぎ込んだが、
結果は最悪のものに引き継がれたことが、相当腹に据えかねているらしい。
「やはり、アマトとかいう小間使いに、今後も掃除人を送り続けるしか
ないのでは。」
「われらの正体を知られていると、思われるのにか。」
議長格の老人が窘める。
『いつもは、このような戯言をいう男ではないのだが。』
『己の喉笛に刃があてられていると想像するだけで、このありさまか!
これだから、最前線に行った事のない奴は・・・。
ま、単独で暴発しないだけ、マシと思うか。』
議長格の老人は、心の中でため息をつく。
「双月教の掃除人も、どうやら失敗した模様です。」
最も目立たない男が、皆の前で報告する。それに対し、ざわめきが起こる。
『すべては、テムスのアウレス4世を不動数と見誤ったのが始まりだったわ。』
・・・・・・・・
彼ら戦争商人は、国境を超え、帝国の融和国、中立諸国は勿論のこと、
敵対する王国連合、その衛星国まで、金で結びついている。
巷で、帝国と王国連合の戦は避けられない、という話になっているが、
10年以上の前から、情報を操作し、両国の和平派という人間を失脚させたり、
文字通り消したりも、彼らはしてきた。
今回の戦も、2対8の割合で、王国連合が勝つというあらすじで、
最も自分達に儲けがでるような形に、誘導している。
具体的には、王国連合が一戦に勝利したあと、帝都を含む帝国本領と
テムス大公国領の3分の2を占領したところで、
軍事物資の流通は滞る手筈になっている。
加えて補給路には多くの盗賊が出没し物資を略奪する事になるだろう。
王国連合に勝ち過ぎはさせない。その辺は抜かりない。
そして、レオヤヌス大公は戦死、内乱の末、ミカル大公国の
レリウス9世により、帝国は再統一され、大戦の10年後再戦が行われる。
その間、王国連合内は戦後の領土の取り分で動乱が起こる筋書きだ。
無論、王国連合の帝国支配地では、どこからともなく武器が供給され、
常に血なまぐさいことになるだろう。
それでも謀略の戦略の初期段階で、テムスのアウレス4世が変数化し、
それが6世を滅ぼすところまでいったため、
予定のもうけ額が相当に目減りしている。
・・・・・・・・
『これ以上帝都にいればまずいかもしれん。ここにいる奴らを通報して、
王国へ逃げるか。これから先の事は、影武者でもできる事だし。』
王国でも通り名を持つ、議長格の老人は、撤収の道筋を考えていた。
第3章。追加試験前夜(4)
午後からも、よく暇つぶしにお散歩をするラファイア。
これは絶対にミーちゃんやハーちゃんたちの、
『お外に遊びに行こう、ラファイアおばちゃん。』
の、おねだり攻撃に耐え兼ねての行動ではない。
誇り高い白光の妖精の辞書にも、逃げるの文字はないのだ。
名誉ある撤退のくだりはあるけど。
散歩の途中、英明なる白光の妖精さんは、謎の超理論的な展開で、
気付いてしまった。
自分が、ラティスさんの姿で、双月教の教会に行けば、
無茶苦茶ディスられるのではないかと。
その1000年以上にわたる、双月教教会の暗黒の妖精へのディスりの集積は、
自分がラティスさんをディスるのに、有効な言葉が当然あるはず。
〈善はいそげ〉とばかりに、思いついたその日に、双月教教会に
期待に胸ふくらませ、足を向けた、白光の妖精さんである。
☆☆☆☆
帝都双月教教会のギミヤ司祭補も、アマトと同じガルスの出身。
彼は貧しい商家の三男であり、初等学校卒業後は、独立しなければ
ならなかった。同年代の男子が騎士を夢見るのに対し、
彼は双月教の教導士を目指した。
なぜ?まず軍の、同行司祭にならなければ死ぬ可能性が少ない、
一生食いっぱぐれはないという消極的な理由だった。
むろん彼も、司祭・枢機卿になるには、実家の位や寄進の額で
ほぼ決まるという事は、十分心得ていた。
だから、実家の力もなく、寄進もできない彼は、教導士補にもなれず
教導士見習いで一生終わる可能性も高かった。
暗黒の妖精が、帝都を棲み家とすることがわかった時、
ワザク枢機卿以外のすべての枢機卿や司祭・教導士が、実家や寄進の力で、
帝都から異動し、出来ないものは逃亡した。
仕方なく双月教会は、ただガルスの出身というだけで、教導士見習いのギミヤを
新しくつくった司祭補という職責に特進させ、教都ムランから異動させた。
あと、帝都教会に残るの双月教の関係者は、去年教導士見習いとして地元採用し、
異例の昇進させた、孤児院出身の女性のヨスヤ教導士のみである。
・・・・・・・・
その日ギミヤは、説法を行っていた。ワザク枢機卿が辻説法をして
留守のため、自分が来教した信者の前で、説法をする。
暗黒の妖精の残虐非道な1000年前の行為を説こうとしたまさにその時、
教会の扉の外に、深淵を覗くような力とその傾斜が、襲来しているのに
気付かされた、息が止まり、話ができなくなる。
『これは、まさか。いや、・・・そうに違いない・・・。』
ギミヤの、生きたいという本能が、悲鳴をあげる。
ギイ~と、後ろの扉が開き、長身・緑黒色の長い髪・雪白の肌・黒い瞳・
超絶の美貌の破滅の根源が、死の笑顔を浮かべて、コツコツと足音を
響かせながら、教会の一番後ろの席に歩いて行く。
ギミヤの横で説法の手助けをしていたヨスヤも固まってしまい、
微かな動きさえできない。
信者達も、その圧倒的な力の意味するところを気付かされものから順に、
瞬間的に凝固していく。
死の御使いは、最も後ろの席に座り、両腕を長椅子の背に置き、
脚を組むのに、邪魔な前の長椅子を瞬時に消し、深く長椅子に
座った、人あらざる笑顔とともに。
・・・・・・
ラファイアは、双月教の教会前に着くやいなや、纏っていた光学迷彩を、
ラティスの姿に変化させ、同時に力を全開に解き放つ。
暗黒の妖精に対する、1000年間のディスりの結晶がこの中にあると思うと
自然と笑顔になる。
扉を魔力で押し開く、ギイ~と、予想もしない大きな音が鳴り響く
『扉の立て付けが悪いですね。年代物だし仕方ありませんか。』
小さい事は気にしない、白光の妖精さん。
中にはいる、静まり返っている厳かな雰囲気の中に、自分の足音が響く。
『これは、いけませんね、失礼ですね。』
微妙に、礼儀作法を気にする、ラファイアさんである。
一番後ろの席に座ろうとして、ラティスのいつもの姿を写した座り方ができず
前の席を、一瞬躊躇するも、流砂に融解させる。
『これで、ラティスさんのいつもの脚を組む、座り方できます。』
こういうところは妥協しない、誇り高い妖精さんでもある。
しばらく、ニコニコしながら座っていたが、暗黒の妖精へのディスりはおろか、
司祭から一言の言葉もない。
『失敗しました。今日は沈黙の祈りの日だったんですね。』
『ま、そういう事もありますね。』
≪【明日また来る!】≫
律儀に、ラティスさんを真似た精神波を四方に飛ばし、長椅子から立ち上がり
静かに退席する、前向きな白光の妖精さんであった。
・・・・・・・・
ギミヤ司祭補とヨスヤ教導士は、辻説法を終え帰ってきたワザク枢機卿の前で、
今日一日の事、特に暗黒の妖精の襲来を報告し、教えを乞うべく頭を垂れていた。
ワザク枢機卿は語る。
「お喜びなさい。使い古された言葉ですが、
神々は、越えられぬ試練は人に与えないものです。」
「神々は、あれから1000年以上にわたる、双月教の歴史において、
初めての暗黒の妖精との教会内での対峙を、他らなぬあなた方ふたりを、
選ばれたのです。」
「祝福されるかな、我が若き兄弟たちよ、私も明日は教会におりましょう。
もし暗黒の妖精が理不尽にも、悪しき力を振うなら、明日私も、
神々の御許にいきましょう。」
ふたりの若き宗教者の瞳に、決意の光がともる。
今、新しいふたりの信仰者が、この世に生まれたのであった。
・・・・・・・
ワザク枢機卿は、その日の朝から、若きふたりの信仰者の控えにまわり、
教壇の端にいた。
午前中は、信者は、ひとりも教会の中に入ってこず、
しかし教会のまわりを、十重二十重に人々が、遠巻きに囲んでいる。
ワザク枢機卿は、いつものように巨大な扉を閉めようとせず、
開け広げていた。信仰者の覚悟を示したのである。
太陽が南中したと、帝都の街々の鐘が鳴り響く、そしてしらべが消えていく。
その瞬間、一陣の竜巻と白光の煌めきが、教会の前で発生する。
それが収まった時、圧倒的な力とその傾斜をもつ、超絶美貌の妖精が
顕現する。
いつものラティス様と違う何かに、教会を囲んだ帝都の人々は無意識のうちに、
胸の前に聖ラファイスの五芒星を描いていた。
「お待ち申しておりました、ラティス様。」
ワザク枢機卿は、ラティス(ラファイア)を教会の一番前の中央の席に
案内する。
ピーンと張りつめた空気のなか、ふたりの若き信仰者の説法が始まる。
1000年前の、暗黒の妖精の力とそれがもたらした虐殺と破壊の惨たらしさ。
人々の願いに、神々が〖白光の妖精〗をその地に召喚したいきさつ、
白と黒の妖精の、天地を揺るがす、戦いの激しさ。
戦いに勝利し、いづこえとなく去って行った、〖白光の妖精〗を讃え、
神々の愛と許しを祝福する。
その時間は、ワザクさえ過去に経験した事のない、入神の域に達したものであり、
ワザクはその場に、⦅白光の妖精⦆の息吹を、守護を感じたのであった。
暗黒の妖精は、薄い笑いを浮かべ、何もせず、教会から出て行く。
妖精が消え去る前、精神波で言葉を残す。
≪【しょせん、他人に頼るようではな。】≫と。
・・・・・・・・
ラファイアは、南中時間に、光折迷彩を纏って教会前に来ている。
昨日と違い巨大な教会の扉は開け広げられ、十重二十重に人々が
取り囲んでいるのを見ている。
『これは、何か芸の一つでもしてみせないと、後々ラティスさんに
馬鹿にされそうです。』
竜巻と白光を出現させるという小細工にも、力を抜かない妖精さん。
扉のところに、ワザク枢機卿がいて、自分を最前席の中央に、案内されたのを
『お、双月教のおっさんではありませんか。一番前の席への案内、
ラティスさんの姿を写すときには、脚が組みやすくていいですね。』
『なるほど、これが【人を見て法を説け。】という事の実践例ですね。』
と、少し誤解している、白光の妖精さんである。
説法の内容は、ラファイアにとって実りのないものだった。
白光の妖精への敬意は、気持ちよかったけど、求めていたのは
暗黒の妖精への直接の攻撃の言葉ではない。
ラファイアの求めていたのは、言葉上は褒めたたえていながら、
その実、蹴落としているという、しょうもない話し方である。
疲れた笑いを顔に浮かべながら、教会をあとにするラファイア。
つい、うっかり、ラティスに似せた精神波で、
≪【しょせん、他人に頼るようではな。】≫
との言葉を残してしまう。本当は、
『やはり、(ラティスさんをディスるのを)他人に頼るようでは、
いけませんね。』
と、呟きたかったらしい。
☆☆☆☆
教会を取り囲んでいた人々は、ラティス(ラファイア)が精神波で残した
≪【しょせん、他人にたよるようではな。】≫
との言葉に、深い意味を感じ取っていた。
帝都に、再び治安と希望を取り戻し、新しい国さえもたらそうとしている
暗黒の妖精ラティス。
双月教が、自らは堕落のしほうだいであり、それだけではなく、
帝国の腐敗を精神面で支え、助長させたのを、皆が口に出せないだけで、
認識している。
今回、ラティス様が、おっしゃりたかったのは、
『双月教よ自己改革をせよ、他人にたよるな。しばしの猶予は与えてやる。』
ということではなかったのか。
誤解が真理をよび、帝都のみならず、帝国本領全土へ広まっていった。
第27部分をお読みいただき、ありがとうございます。
(補足します)
・不動数=歴史に関与しない人物の動き
・変数 =歴史に関与する人物の動き⇒当然変化する